希望の光・13
当座の資金を御協力いただいたおかげも有り、ともかくも腕利きの職人たちを掻き集め、突貫工事でオンドルが設置された。
朝廷の爺どもの中には「若い者が軟弱になる」とか何とか言って反対した者も有ったが、祖母と大妃様が率先して設置のために尽力なさると知ると、自分の懐が痛む話でもないので、反対の声は止んだ。だが、これまで疎遠だった祖母と大妃様が、なぜ今頃になって急接近したのか不思議に思っている者は多いようだ。
「御嫡流の公主で有られる嫁御は気位が高く何かと扱いが難しいと、以前の大王大妃様は仰ってましたが……不思議ですなあ」
「あのお二方にいったい何が御座いましたので?」
そのように直接私に尋ねる連中は、まだ罪が無い。一番恐ろしいのはお二方の急接近と、スルギの身の上を結びつけるだけの情報を持っていると思われる連中だ。特に沈家の者たちは一体どこまで真実を掴んでいるのかわからないだけに、恐ろしい。
沈中殿は感情が読み取りやすく考えも浅はかな所が有るので、父や兄が知っている事でも知らされていないことが多いように私には見える。昨日は昼食がてら、久しぶりに娘の仁恵公主の顔を見に行ったのだが、中殿の機嫌は最悪だった。
「誰ぞ新しい側室が増えますとか、どうなのでしょうか?」
「側室の話は随分以前に大王大妃様から伺った覚えが有るが、具体的な話ではないと思うぞ」
以前、王子が生まれない事に痺れを切らした祖母がそんな話をした事が確かに有った。
「なぜ、大王大妃様はそのようなお話をなさったのでしょうか?」
「今は王子が一人も居ないから、御心配なのだろう」
「後宮の誰かが懐妊したと言う噂もございます。誰ですか?」
「それは初耳だ。誰であろうな?」
スルギは後宮に入った訳では無いし、とぼけておかなくては中殿が何をしでかすかわからぬ。だが、一番恐ろしいのは中殿の実家の切れ者の兄・知宣だ。父親の右議政・守己は頭脳明晰だがむら気で、何事も緻密さに欠けるきらいがあるが、知宣は賢さをひけらかすことなく控えめに振る舞い、それでいて細かな所まで目配りできる、まことに敵に回すと厄介な人物だ。
中殿は年がら年中側室ともめ事を起こしているが、一番折り合いが悪いのは金昌嬪だ。また金昌嬪ともめているらしい。
「あれは自分の容色に自信がございますから、何かと傍若無人の振る舞いが多うございます」
「ならばそなたが中殿として毅然としていさめれば良い事だ。ともかく母親同士の揉め事に、娘たちまで引きずり込むで無い」
まあ、こやつには無理だろうがな。そう考えただけでうんざりした。
「そなたの手に余るようなら、大王大妃様か大妃様にお願いしてみよ」
すると何やらまだ文句を言う。大王大妃様は自分の様な不器量な女はお嫌いだとか何とか、大妃様はろくに口もきいて下さらないとか、その言い方がいかにも愚痴っぽくネチネチ煩い。
「不器量でも賢明で落ち着いた人柄なら、大王大妃様はきちんと話を聞いて下さろう」
すると中殿はワッと泣くのだ。
「やはり臣妾を不器量だと思っておいでですのね」
それは……誰が見ても事実ではないかと思ったが、何か言うとまた煩そうなので、仁恵公主を乳母の手から取り上げて、抱きかかえて建物の外に出た。
「そなたは、姉上たちと仲良うするのだぞ、良いな?」
柔らかな頬を撫でてやると、仁恵は嬉しそうな笑いを浮かべた。あの女が生んだ娘でも、娘は可愛い。抱いたまま庭を一回りして、再び仁恵を乳母の手に戻すと、私は足早に大殿に戻った。