希望の光・10
「ともかくも大妃様にお話を伺わねばな」
大妃様は三人の子を失くしておられる。そしてその不自然な死の影に判内侍府事が居ると感じておられて、今でも判内侍府事にはお会いにならないし、どこかで姿を御覧になっても一切言葉をおかけにならない。だが、私が最初の妻と長男を陰謀により失くして以降、私には心を開いて下さるようになった。
最初に祖母である大王大妃様、次に継母にあたる大妃様に毎朝御挨拶を申し上げる。これは、この国の王がずっと続けてきた習慣だ。祖母への挨拶もそこそこに、この日は大妃様のお住まいに急いだ。
「大妃様、この品物に御記憶がお有りでしょうか? これはこの台帳を見る限りでは御物であった璧玉の半分の様なのですが」
私は腰からスルギにもらった玉牌を外し台帳と共に、小机の上に乗せた。
「主上、これを一体どこで?」
大妃様は目を見開かれ、玉牌を御覧になっている。
「心から愛しく思う女子が出来まして、その者が懐妊しました。後宮の女たちは誰もそのことは知りません。殺害された成弘の二の舞はこりごりですから、慎重に事を運びたいのです。これは、その女子の親の形見だそうで、私の持っておりました紅玉の龍と契りを交わしました折に交換した品物です」
大妃様は衣服の襟に隠すようにして下げておいでだった錦の小さな袋を取り外された。更にそこから玉牌を取り出され、震える御手で私の置いたものにぴったりと合わせる様に置かれた。結果は明らかだった。
「大妃様、これは?」
「そう、あれは我が父君様がお亡くなりになる前日でした。その御物であった璧玉を我が父君様が真っ二つになさり、私と妹にお渡しになったのです。嫡流の公主の身の証として……」
「妹君はその後、いかが遊ばしたのですか?」
「許婚と明へ参ったようです」
それから、大妃様は妹君、そしてその夫君についてご存知の事を色々とお話し下さった。その日の午後、私は祖母の住まいと大妃様のお住まいの間を幾度か行き来して、内密に話を進めた。
大妃様は生前の妹君が外国から送ってこられた手紙類をすべて保存しておられ、その中にはスルギのあの右肩の『三ツ星』を思わせる三つのホクロについての記述も有ったのだ。実の御両親がスルギにつけた本来の名前は三星というらしい。
「妹らしい、変わった名前の付け方です」
そう大妃様がおっしゃるように、確かに風変わりな名前だが美しい名前だとも感じた。それを知ったスルギ本人は「どこかの家電メーカーみたい」と言って笑ったが、その意味が私には何となくわかってしまった。スルギと毎夜過ごすようになって、私自身の前世の記憶も多少は呼びさまされているのかも知れなかった。
スルギの事もスルギの懐妊も初めて知った祖母は驚いていたが、喜んでくれた。しかしあまりに高貴な血筋に、戸惑い、心配もした。
「沈中殿や金昌嬪の実家の思惑が……厄介でしょうねえ」
今の所、沈家と金家の派閥争いは朝廷でも後宮でも一旦停止状態だが、緊張状態にあるのは確かだ。ここに双方にとって邪魔なスルギの存在が知られれば、どうなるか……
やはり、残念だが当分はスルギの真の身分も懐妊も伏せておくしか無いのだった。
後宮の女たちの所にも行かず、なぜ王自らが幾度もお二方のお住まいの間を行き来しているのか、事情を知るものは、ほんの一握りであった。事情が事情だけに余人に任せるわけには行かなかった。数日後に祖母や大妃様との相談がまとまり、スルギとの対面が果たされた。
それにしても、唐衣を着たスルギはことのほか美しかった。
宮中に入ってからのスルギは昼間は内侍の恰好で、それでも夜はこっそりチマ・チョゴリ姿になってくれたが、簡素なものだ。後宮の女たちの追及の目を逃れるための方策ではあったが、身分にふさわしい衣装を着せてやれない事が、私には辛かっただけに大妃様の御心遣いが嬉しかった。大妃様は実の伯母君なだけに、スルギの衣装に対する思い入れは私よりもお強いのかも知れない。
唐衣は士大夫の夫人ならば大礼服、宮中ならば小礼服にあたるもので、このような金糸を用いた物は高位の女性しか着用を許されない。髪を王族の既婚女性に相応しく結い上げ加髢(付け毛)をつけ、金の畳地や珊瑚の簪の他、幾つもの見事な簪類を飾った姿は、堂々としていて気品が有った。
「まことに、まことに良うお似合いじゃ」
礼法にのっとった見事な礼をするスルギの姿を見て、祖母は感極まったと言う感じの声を出した。私も胸が一杯であったけれど、大妃様は声を放ち涙を流された。