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希望の光・9

 時がたつのは早いもので、もう秋も終わる。

「スルギ、お前、やはり懐妊しているのではないか?」

「そうですね。明日、高先生に診ていただきます」


 こんなやり取りの有った翌日、懐妊がはっきりしたわけだが、本人はどこまでも自然体だ。生まれる運命に有る者ならきっと生まれる……とでも思っているようだ。出産ギリギリまで、これまでの日課を平常通りこなしたいらしい。

 夏に入宮して以来、スルギは妙に内侍府尚薬職になじんでいて、楽しげに医師としての修行に励んでいる。確かに名医である高尚薬の傍に居れば、よそに居るより安全だろうとは思う。気難しい高尚薬にしては珍しくスルギを心から受け入れているのが見て取れる。良い師弟関係だ。何やら実の祖父と孫娘の様な、穏やかでほのぼのとした雰囲気が有る。


「実に気の利く助手でして、もう何年も前からこの薬房に居た弟子の様に時折錯覚いたします。医学の事も良く学び、もともとの深い学識とも相まって、打てば響くような受け答えですから、実に楽しいです。承恩を賜りお子を懐妊しておいでの女人である事をつい、私も忘れてしまいます。ハハハ」


 声を上げて笑うこの老人を見たのは初めてだった。


 私は毎日、スルギと夜を共に過ごしていて、深く心地良い眠りが得られるおかげだろう、心身ともに健やかだ。ただ、隣にスルギがいてくれるだけで気持ちが安らぐ。

 一度だけスルギの月の物が来たので、気にしたスルギの言葉に従って、別々に眠ったが、どうにも寝つきが悪くて困った。以来、どちらかが熱でも出さぬ限り、同じ臥所で眠る事にしている。懐妊しても事情は変わらない。


 その日は朝食の最中に、取り急ぎ知らせる事が有ると判内侍府事がやって来た。最近は高齢のせいもあって、宿直は免じている。今ではスルギに会う為に夜、市中に出る必要が無くなったのも大きな理由だ。


「あの方がお持ちだった玉ですが、どうやら王家ゆかりの品ではないかと思われます。先々代様の頃までは確かに御物の中に存在した品物があの清との戦もございまして、いくつか紛失しております。開祖様より伝来の燔靑玉の璧玉と申しますのも、そうした行方知れずの品物ですが、かなり細かい特徴を書き記した台帳が残っておりまして、そこにはこのような絵図がつけられております。先日拝見した時のこの龍の模様と、双喜紋や雷紋の感じが、実にそっくりだと感じましたが、いかがでございましょうか?」


 示された台帳には、確かに私の今持っている玉牌と同じ模様が浮き彫りされた璧玉の詳細な絵図が載っている。

 判内侍府事はずっと引っ掛かりを感じていて、方々調べさせ、自分でも記録をあれこれあたったと言う。戦後の混乱で古い記録類が失われたり、本来有るべき場所から別の場所に紛れ込んだりしているようだ。そんなわけでこの台帳も見つけ出すのに、かなり手間取ったらしい。

 判内侍府事がまだ内侍見習いであった十代の頃、一時期御物の係をしていた事が有り、その折にこの台帳を見た記憶が微かに残っていたのだと言う。


「まさに、この品物の右半分のようだ。朱筆で但し書きが有るな」


 私の手にある現物と絵図を見比べて、まさに同じ品物としか言いようがなかった。


「はい。国宝の璧玉を割り、二人の公主様に先々代様が分け与えられた……そう言う事でございましょうね」

「うむ。ならば、大妃様なら、事情を御存知かもしれんな。ひょっとしてこれの左半分をお持ちかも知れんし……で、そちがこれを持って来て、その話を聞かせるという事は……寡人自らが大妃様に伺え、そう言うわけだな」

「はあ。それが一番確かかと……」

「そちには何も話して下さらぬから、な、恐らくは……あれに、禊のための浴室を使う許可を与えたのは……この玉の所為であったのか?」

「はい。先々代様の御長女は只今の大妃様なわけですが、御同腹の妹君に関しました記録は大半無くなっておりまして、その、何とも奇妙でございますので」

「亡くなられた……のではないのか?」

「この国においでにならないだけだと、そのように亡き先王様から伺いましたが、細かな御事情などは何も伺っておりません」

「外国にいらしたのか」

「そのようです。明、辺りでございましょうか?」 

「明の残党は南海の島々に今も幾つか根城を持っていて、商いなどをしているらしいな」


 ならば、スルギがこの国の最南端の海域で難破した船に乗っていた……と言う身の上話もつじつまが合う。もっともスルギ自身は難破して救出された八歳以前のこの世界での記憶は、一切無いらしいのだが。

 救出したのは当時県令として着任したばかりの金稔なる人物で、スルギの賢さと美しさに感じ入り,実の娘として夫人と共に養育した、と言う事のようだ。判内侍府事はわざわざ難破船が発見された土地まで人を遣わし、細かく調べ上げたようだから、恐らくは間違いの無い事なのだろう。


 もっとも……スルギと私が共有する異世界の記憶についてはお互い以外、誰も知らないのだが。



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