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希望の光・8

 あの宗廟そばの浴室は、大妃様も入浴できるのだが、お使いにはならないようだ。ちなみに中殿や後宮の女たちはあそこへの立ち入り自体、許されていない。 


「お前と話をするようになってこの方、ずっと手を握っていただけ……だったりしたくせに、昨夜はその、あまりにいきなりだったので、判内侍府事も色々調子が狂ったのだろうよ」


 抱き寄せると、ごく自然に体が腕の中に収まってくれる。スルギと自分は契りを交わしたのだと実感できて幸せだった。


「名を呼んでくれるか? 私の名を」

「正邦様」


 自分の名が、スルギに呼ばれる。それだけで、天にも昇る心地だ。

 昨日の今日だ。無理をさせるのは慎もうと思い……手をつなぎ合っただけで一旦眠ったのだが、夏の早い明け方の光の中で目が覚めた。

 

「綺麗だな。本当に綺麗だ。私は幸せ者だ。これでスルギを妻と呼べたら、なお幸せなのだが」


 清らかな額に口づけると、スルギも目覚めたようだった。


「おはようございます」

「おはよう」


 嬉しくて、ついついじっと顔を見つめてしまう。スルギの顔は少し赤らんでいる。照れているのだろうか?


「先程は寝顔を御覧になってらしたのですか?」

「うん。綺麗だな。その……その……」


 普通なら言い出せないような、不躾な願いを口にしたものかどうか……


「何でも、出来る事なら致しますから、おっしゃって下さい」

「スルギの体をすっかり、見せてもらっても良いだろうか?」

「と申しますと……何も着ていない状態……ですか?」

「朝日の中で、すっかり目に焼き付けておきたいのだ」

「……判りました」


 スルギはスッと床に立つと、背中を向けハラリと衣類を脱ぎ捨てた。右の肩に空の『三ツ星』のように三つのホクロが並んでいるのが目を引いた。白い玉を刻んだような真っ白い肌が目にしみるようだ。


「前を……向いてくれないか?」


 右腕で乳首を隠し、左手には衣を握って足の付け根辺りを隠している。顔は恥ずかしげにうつむいている。


「お願いだ。全てを見せてくれ」

「はい」


 小さな声で返事をした途端、体中がさっと薄桃色に色づいた。そしてようやく全てが光の下にさらされた。まだ何処か熟しきらない乳房、小さく色づいた木の実のような乳首、臍の窪み、慎ましやかな陰り……全てが愛らしい、そして美しい。


「綺麗だ。本当に綺麗だ」


 気がつくと、そんな事を呟きながらスルギをかき抱いているのだった。それからは熱に浮かされたように口付けし、肌をまさぐり、気がつくと再びの交わりを遂げていた。


「済まない。無理をさせないで置こうと思ったのに、スルギが美しすぎて、つい……」

「私は大丈夫ですから、どうか、謝ったりなさらないで下さい」

「だが、本当に私は勝手な事ばかりしているな……朝食などはどうするのだ? 私は慣わしで大殿に戻らなくてはいけないのだが……そうなれば、スルギ一人になってしまう」

「穀類や幾つかの食材は頂いてきましたし、欲しい物は大抵、内侍府に伺えば頂けるようです。これまでもずっと自分一人で自分の食事は用意してきたのですから、一人でも大丈夫です」

「朝食はそれでも良いとして……日中はどうすごすのだ?」

「昨日の内に、高尚薬の所に弟子入りをお願いしてきました」

「高尚薬か……確かに名医だと聞いているが、医者の修行を始めるのか?」

「はい。以前から興味は有りましたが、せっかくの機会ですから」


 スルギほどの学識があれば、立派な医師になるのも案外すぐではなかろうか? そんな気がした。


「なるほど、確かに尚薬職に詰めていれば、毒を使うような輩からも身を守りやすいな」

「どうやら食うに困らぬ身分になったようなので、人助けができるようになりたいのです」

「そうか。スルギが本腰を入れて人助けをするなら、定めし多くの人の助けになるだろう……だが、私の事も忘れないでくれ」

「忘れるなど……そのような事、有りえません」


 確かに宮中に居れば王の事は意識せざるを得ないだろうが、私が知りたいのは無論そんな事では無い。王としてではなく、正邦としての私を想っていて欲しい。そう願うのはスルギに対してだけなのだ。そのあたりの事は賢いスルギなら十分承知しているだろう。だが、確かめずには居られない。


「そうか、有り得ないか。それは有りがたい。医師の修行に夢中になって、食事も忘れるかも知れないから、ちょっと心配だ。また、夜に来る事にする」


 見送ろうとするスルギを押し止めて、しばらく休むようにさせた。何しろ無理の連続だから……


 いつかスルギと一緒に朝食も食べられるようになりたいと思っていたが、それが実現するためには、随分と長い時間が必要だとは、思ってもみなかった。




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