希望の光・7
明け方の光の中で私はスルギの体を拭き、改めて少なからぬ純潔を散らした際の出血を確認して、厳粛な気持ちになった。もう、私はスルギ以外、誰も抱かない。そう固く心に決めた一瞬でも有った。
「御正室様にはなんと言って? お怒りを買ったりして、鞭打たれたりするのは……」
そのような事、絶対にさせるものか。そう思った。
中殿も実家の沈家も側室達も、スルギにあだなすものは絶対に許さない。いや、許せない。だが、そうした私個人の決意は別にして、スルギの言うように正妻には他の女を懲戒・監督出来る権利がこの国では認められている。そしてそれは、なかなかに厄介な問題ではあるのだ。
「そこは、気の利いた者に目配りさせて、お前が罰せられたりしないようにする。何か有れば、私がすぐに善処する。その……最初はすまないが、召使と言う扱いになってしまうが、すぐに何とかする」
「それで十分です。あのう……御名前を教えてはいただけませんか?」
「正邦だ。これから、私をそう呼んでくれ。他の者にはそんな呼び方を許していない。お前だけの特権だ。迷惑かもしれないが、私の気持ちだと思ってくれ。……さあ、スルギ、私の名を呼んでみてくれ」
「正邦様……」
そうだ。他の者は私を殿下と呼び、私は相手を称号で呼ぶ。だが、スルギとは互いに名をよびかわす仲でありたい。そう強く願ったのだった。
スルギは私の名前を聞いて、たちどころに何処の誰か理解したようだった。そして二人一緒に朝日の中を私の馬に乗り、宮殿に戻った。後から思えばこの日を境に、スルギ自身だけではなく私の運命も、そしてこの国の運命も大きく変化し始めたのだった。
二人の道行きは思いの外すぐに終わった。
私は判内侍府事を信じてはいたが、自室の有る大殿に戻るときは身を切られるように辛かった。だが王としての日課はもうすぐ始まる。
「大殿内官が女官達の目をごまかしておりますが、そろそろ難しゅうございます。お急ぎください」
大殿内官は忠義一筋の真っ直ぐな性分だ。目的のためなら器用に嘘もつく判内侍府事と年のころは近いが、とっさに胡麻化すと言うのは苦手なようだ。女官の誰かが後宮の女に何か言われて朝食前にやってくる事も有るから、そろそろ危険な時間帯だ。
「くれぐれもスルギの事を宜しく頼むぞ」
判内侍府事は深々と頭を下げたが、私は心配でならなかった。
この時、一言伝えて置けばよかったのだが、配慮不足でスルギを気の毒な目に逢わせてしまったのだった。
スルギを気にかけソワソワした気分のまま朝議を終え、昼食を済ませた私の所に判内侍府事がやってきた。感情表現の乏しいこの男にしては、珍しく上機嫌だ。
「合宮はいつになさいますか? 本日、抜刀術・居合い・組み手・弓・馬術といったあたりを監察部の者たち相手に私と提調尚宮の前で披露して頂きましたが、見事なもので。科挙の覆試相当の物は軽々とこなされましたな。学科の方は高尚薬にも立ち会ってもらって、殿試相当の問題も出題してもらいましたが、立派な回答らしいです。私には難しすぎまして、訳が分かりませんでした」
しまった。私は肝心な一言を判内侍府事に伝えていなかったのだった。
「合宮なら、すでにとげてしまった」
「は? 」
身分有る者の家では、初めての床入りを合宮などと言う。王が女と夜を共にする場合、普通は日柄だの相手の女との生年月日時刻による相性だの、見てから日取りを決めるものなのだ。
「寡人がいつも下げていた紅玉の龍とこれを交換したのだ」
「……っ? さようでございましたか!」
「可愛そうな事をしたな。紛れもない乙女であったのに、無理をさせてしまった」
「で、では、今宵は?」
「共に過ごすつもりだ。無理はさせないが」
「承知いたしました。……その、璧玉のかけらですが、大変な逸品ですな」
「うむ。実の親の形見だそうな。武官の何某は養い親らしい」
「あの方は、高貴な方のお子なのでしょうか?」
「さあ……あれがどこの誰でも、寡人の気持ちは変わらないが、高貴な血筋の方が宮中での苦労は少ないな」
「その玉の模様に何やら見覚えが御座います様な……恐れ入りますが、もう一度お見せ願えませんでしょうか?」
「嫌だが、何やらお前が探り当てた事を寡人にすっかり教えると誓えるなら、見せてやらんでもない」
「はあ。それはもう、残らずすべて御報告申し上げます」
「何によらず、あれの希望は可能な限り叶えてやってくれ」
「はっ……そのように取り計らわせていただきます」
一日の予定を無事に済ませ、夕食後、急いでスルギのいる部屋に行ってみると、使用人は誰もいない。
「誰も付いていないのか」
「その方が気楽です。それに、私が宮中に入った事は隠しておいた方が安全なのだと思いますが」
「それはそうなのだが……今日は、色々と大変な目に逢わせてしまったようだな……その、私が判内侍府事に伝えておかなかったのがいけなかったのだ。辛かっただろう?」
初めて男と交わったそのすぐ後に、武術やら試験やら何やら、大変であったろう……
「大丈夫です。先ほどちゃんとしたお風呂に入れていただきましたし」
「どこの風呂に?」
「宗廟そばの王族以外、お入りにならないとかいうお風呂です」
「そうか、うるさい判内侍府事がよくもまあ許可を出したな。確かにあそこが一番良い条件の浴室だと思う」
このとき宗廟の禊のための浴室にスルギが入浴を許されて少々驚いたが、私が希望を叶えてやって欲しいと特に言ったからだろうか、と思っただけだった。スルギに貰った玉を判内侍府事に見せた事と結びつけて考えられなかった。こういうあたり、私は少し間が抜けているのだと、後で思い知ったのだった。




