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希望の光・6

「イヤではありません」

「私は……お前を幸せにする自信が無い。あのお前が書いた『大寿』の中の男達のように、お前に不幸と災いをもたらすだけなのかもしれない。だが、私はお前を好いている。言うのをやめておこうと幾度も思ったが、そう思えば思うほど、お前への気持ちが膨らんで、もはやどうにもならないのだ」

「私は卑しい身分の女ですが、それでも、あなた様をお慕いしてきました」


 私の勝手な言い草を、スルギは許してくれるらしい。何より私を慕ってくれていたと言うのが嬉しかった。卑しいなどと一度だって考えたことは無い。卑しいのは私、さもしいのは私の根性だ。スルギはまっすぐで清らかで綺麗なのに、そんな言葉を言わせてしまうのは、私の配慮が足りないからだ、おそらく。


「一度奴婢に落とされたとはいえ、士大夫の息女ではないか」

「いいえ、私は拾われた子、養い子なのです。実の親から貰った物はこの体とこの玉牌だけです」


 拾われた子だって、どこかの武官の娘だって、どうだって構わない。スルギはスルギなのだから。

 この時私は、この玉牌が恐ろしく上質な璧玉の半分のかけらである事など、これっぽちも気がつかなかった。ただ、スルギがそんな大切にしている物を私の着物の懐に入れてくれた、その気持ちが有り難くてうれしかっただけのことだった。この国ではこうしたいつも身に付けている飾り物を男女で交換するのは、互いを想い合う特別な存在であると言う約束の印であり、誓いの印でもあるのだ。だから私は父から受け継いだ紅玉製の龍の形の玉牌を腰から外してスルギに渡さねばと、少しあせった。


「頂けません。御手元にいつもの玉牌が無いと、皆様の手前、お困りになるのでは無いですか?」


 確かに私には中殿やら側室やら色々居るにはいるが、本気で好いているのはこのスルギだけなのだ。そのスルギから親の形見を貰いっぱなしなど、とんでもない。この国に唯一つと言う父王から受け継いだ逸品であっても、私の想いを伝えるのに十分とは言えない。どこまでも私の立場や事情に遠慮してくれているのだ。だが、それは有りがたくもあり、寂しくも有る。

 大体、あれらに私の腰の飾り物がどうなろうとあれこれ言う権利など有るものか。そもそもが、実家の都合でやってきただけの連中なのだし、互いに好いたの想うているだの言う事すら無いのだし……


「寂しい事を言ってくれるな。せめて玉牌の交換ぐらい、させてくれ」

「本当に、こんなに立派な物は、頂けません」


 闇でも見通すスルギの目には、紅玉の龍がどういった品物か見当はついているのかも知れなかった。


「お前が親の形見をくれたのだ。つりあいは取れている」

「でも……」

「受け取れ。受け取るのだ、スルギ」


 やれるものなら、なんだってスルギにやりたいのだ。今やれるものと言ったら、これだけだが。だから是が非でも受け取ってもらわないと、困る。

 いささか強引に口付けた。幾度も幾度も夢に見た愛しい女、世にも稀な佳人スルギのまさにその花びらのような口を強引に割るようにして舌を潜り込ませ、愛らしい小さな舌に絡ませる。最初は戸惑っていたようだったが、やがて情熱的に応じてくれるようになり、やっと自分が嫌われてはいないと確信が持てた。

 長いまつ毛が震える。私はやはりひどい事をしようとしているのだ。


「私はひどいやつだ。すまない」

「謝らないで、謝らないでください」


 スルギは私に体を寄せてきてくれた。本当に良いのだろうか? 理性はそんな殊勝な問いかけをするが、体の方はあからさまに欲望を剥きだしにしていて、爆発寸前だった。


 そして結局……私は男としての本能に忠実に振舞った。どこもかしこも美しい体は、窓から差し込む月の光に濡れてまるで仙女のようだった。

 感じやすく美しくしなやかな体に、私は天にも登る心地であった。だが、私は決定的な誤りを犯したと悟って愕然とした。なんとスルギは正真正銘の乙女であったのだ。あの男とは何も無かった……それなのに、スルギはこのような状況で私を受け入れてくれたのだ。ああ……


「すまない、許せ」


 申し訳ないと思った。やはり後宮に引き取り然るべき支度をしてから、男女の契りを交わすにふさわしい吉日に、こうしたことをなすべきであったか……一番大切な人を軽々しく扱ったような形になってしまった。


「本当に、すまない」


 私のものを受け入れる苦痛に喘ぐその痛みを少しでも和らげたいと、あれこれしてはみるものの、効果の程は自信が持てず、皮肉な事に私自身の快感はかえって大きく増すのだった。


「初めてであったのだな。すまない。その……男女の機微を色々と判っているようであったので、経験は有るのだとばかり、勝手に思い込んでいたのだ。すまない、本当にすまない」

「謝らないで下さい。いけない事をしたのだと思いたくありません」

「本当は、お前の身が危険だから私の手元に引き取る、そう言う話だけをするはずだったのだが、お前の顔を見ているうちに、他の男に取られたくないなどと思ってしまってな……」

「そんなに、危ないのですか? 」

「ああ。あの噂になっている高官達が、ここを嗅ぎ付けた可能性がある。だから、一緒に来てくれ」


 いつもなら何でも手早くしてしまうスルギだが、この時ばかりは腰の辺りが辛そうだった。



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