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希望の光・2

 寝具を前にして明珠と成弘の不審死……いや、ほぼ毒殺と断言してよかろうが、二人の死について考えていた所、判内侍府事が一冊の本を持ってきた。このような深夜に王の部屋に出入りできるのは内侍か女官の中でも限られた者だけだ。


「これはあの方の最新作では御座いますまいか?」


 そう言って差し出された本の表題は『高南君逸話集』となっている。作者名は無名子だ。


「既に読んだか?」

「いいえ、ですが、私はもう一冊手に入れましたので、読むことに致します。なにぶん最新作ですので、読み終えた者は少ないようです」

「ほお。ならばこれから読むとするか。朝まで、眠らず読み続けるかもしれんが」

「明日は朝議はお休みと存じますが、朝のお食事は遅らせますか?」

「いや、いつも通りで良い。大王大妃様、大妃様への御挨拶は欠かせぬからな。その後、眠ければ眠る。中殿と側室達の所は回らないで置こう」


 主人公の高南君は権門の子息で、齢わずか七歳にして四書五経はおろか、万巻の書を読みこなし、大変な能筆で、顔立ちは美しい少女と間違われるほど優しい。武芸もなかなかの物で、弓と礫は百発百中、剣も小太刀を使い、馬はいかなる荒馬も乗りこなすと言う特技が有る。ただ、唯一の欠点は歌で、何を歌っても調子が外れてしまい、邸の皆に、何でもできる大天才にも不得手が有るのかと不思議がられている……そのような、人物設定だ。

 どうやらその高南君はこれまで未解決の事件を解決して、左右捕盗庁の役人達にも恐れられ煙たがられているらしいが、なにぶん見た目が愛くるしい子供であり、身分の上下を問わず女性に人気が有る為、聞き込みの際も大いに得をしている。そうした高南君に、国王から事件解決への密命が下る……そこから話の本題に入るのだった。


「なるほどなあ。いや、本当にそうであったかもしれん」


 話を読み進める内に、思わずそんな独り言が出てくるほど見事な推理で、実際の明珠や成弘の殺害のいきさつもこのようであったかと思われた。


 事件は幼い王子の不審な死を巡って、様々な思惑が絡み複雑な様相を呈するが、殺害を命じた犯人は娘を新しい中殿にしたいと狙っていると或る大監テガンであった。その罪を高南君は国王に報告するが、国王は朝廷で大きな勢力を持つ犯人達を今すぐ処罰できない無力さを嘆く。

「早く科挙を受けて出仕し、力になって欲しい」と願う王に対して、犯人達の勢力を削ぐ策を授け、王の命令があればすぐに犯罪捜査に協力することを条件に、三年間待って貰う様に願い、認められる。 

 高南君の最初の話は、以上のような内容だった。


「確かに……三年ほどはかかるかも知れんな」


 宮中から沈家の勢力を一掃するには、まだまだ幾つも試練が有るだろうと言う事は、想像に難くない。


 私と判内侍府事は無名子の正体をスルギだと、最初の作品を読んだ時から思ってきたのだが、再びゆっくり話をする機会は、季節が移り変わり夏になるまで訪れなかった。隠田の件も有り、梅の時期は思うように顔を合わせられなかったのだ。その間、手紙は五回ほどやり取りしたが、スルギの返事は相変わらず男の手紙の体裁を取った、何気ないものだった。


「それは……スルギ、危ないのではないか?」

「そうでしょうか?」


 やはり私の睨んだとおり、無名子はスルギの筆名だった。『高南君逸話集』の続編もあまりに面白そうなので、校正役を買って出て、印刷や紙の手配も援助した。さらにあの毒殺事件を扱った第一話を別個に冊子にして、都以外の場所に持って行き無料で配布もさせた。


 後から考えれば、この、私の勝手でした事が沈家に強い警戒感を与えてしまったようだった。



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