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希望の光・1

「甥の亮浩ヤンホめが何か申しましたとか」

「誰に聞いたのだ?」

「判内侍府事から『甥御はずいぶんとまあ怖い物知らずな人ですな。王様の御身分を察しておいでなのに、いささかも遠慮なさらぬのですから』と聞かされまして。何かとんでもない御無礼を申し上げたのではと思いまして」


 大司憲テサホンを務める林誠哲イム・ソンチョルは無実の罪で死罪となった林正哲の弟だ。田舎に引っ込んで百姓仕事に励んでいたが、私が幾度も手紙を送って呼び寄せ、つい最近着任した。

「いらぬ事を。良い。気にするな。共通の友人をないがしろにしてはいけないと怒られただけだ」


 清との戦の前後のどさくさに紛れて、反対勢力に嵌められた無実の人々の名誉回復を行い、その中から有能な人材は意識的に引き上げている。


 恐らく、汚い手を使ったのは中殿の実家・沈家を中心とする勢力だろうとは思うが、今のところ沈家側からの積極的な反対攻勢が無いのは、沈中殿が懐妊中だからだろう。高名な占い師が胎内の子が王子だと断言したとかで、それを信じているのかもしれない。私は意識的に女が生まれるように気を配ったはずで、他の側室が懐妊した折も占いでは男と出たとか騒いでいたが、やはり女だった。だから、今度も失敗は無いはずだと私は信じていた。


 林誠哲は兄や甥より言葉遣いは柔らかだが、芯の通った硬骨漢だ。スルギに聞いて以来、私は秘密に隠田の調査を行っており、地方官の綱紀粛正を行う必要を強く感じている。全ての官吏の違法行為を監督する司憲府の長官である大司憲は、言わば改革の要の人事なのだ。


「それにしても……怒るとは、穏やかでは御座いません。それにその御友人とは、いかなる人物で」

「市井に隠れた知者だ。寡人なりに友人の幸せを願っているのだが、何をどうすれば良いのか考えあぐねている。何も宮中に出仕するばかりが人の幸せでもなかろうし……」


 林誠哲は私の顔を見て、何をどのように感じたものか……こう言った。


「その御友人が何やらうらやましゅうございますな」

 

 若く優秀な人材を慎重に選び出し、王直属の地方監察官である暗行御使に任命し各地に派遣しているが、彼らは一応司憲府に所属しているのだ。やがて関連部署の者達が集まり、隠田に関する調査結果の報告と分析、これからの対策について会合を行った。司憲府の他に王の秘書官である都承旨以下の承政院の面々、財政担当の戸曹、穀物などの市場価格を監督する平市署からも幾人かが参加した。


「八道全体で課税対象から外されてしまっている隠田の面積は相当な量に及んでおりまして、逃亡奴婢を囲い込んで耕作を行わせている場合が大半です。そこから上がる収益の全てを地主が独占しております」

「隠田の地主は地元の古い有力者である場合が多いのですが、例外無く都の権門の恩顧を蒙っております。当然そのためには、相当な財物を費やしておりますが、その実態までは掴めておりません」

「冠婚葬祭の折の贈答品や、招待客などを精査すればかなりの実態が浮かび上がる可能性が御座います」

「中殿の懐妊祝いが全国から寄せられたらしいが、それらの財源もこうした不正収入の可能性が高いな」

「恐れながら申し上げます……沈家の場合は通常の地方官にも書面を出して、それぞれの土地の有力者に催促するよう命じており、隠田だけではなく、本来国庫に収まるべき全ての税から何割かが恣意的に抜き取られていると思われます」

「これまでに判明した全国の隠田の大まかな位置を地図に色分けしてみましたが、赤い色の沈家がもっとも多く、それに次ぐのが青い色の金家と言う事がお分かりいただけましょう」


 幾つもの未解決の課題は含むが、問題解決のための糸口は見えてきたようだ。秘密の審議は一旦そこで終わったが、最後に無念そうにまだ若い同副承旨が呟いた。


「ですが、中殿様が王子様をお生みになれば、沈家を押さえるのはほぼ不可能になりましょうなあ……」


 彼の心配は無理も無い。


「案ずるな。公主だと寡人は信じている。子供ぐらいは本気で慈しんでやりたい故、そうでなくては困る」


 その言葉に、一同は息を呑んだ。


「今の言葉は、内密に願うぞ」


 だが、この言葉が回りまわって「王の御気持ちは沈中殿の上には、全く無いらしい」と言う噂になるであろう事は想像に難くない。だが、まだ、沈家との正面対決は避けねばいけないのだ。今の私には力が足りない。だが、いずれは沈家の勢力を一掃する時期が来るだろう。そして、明珠や成弘のカタキも取るのだ。


 やがて、三々五々、目立たぬように皆、席を辞した。


 この日を境に、私の中で沈家に対する姿勢が明確に定ったのだった。


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