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友として・11

 物陰から女官達の噂話を聞くのはなかなかに興味深い。盛り上がるといささかかしましいが。だが、その時節の様々な話題をちゃんととらえている場合も多いので、侮れない。


「二人の見目麗しい男に思われているのに、不幸になって行くのね大寿テスって」

「美人は辛いわ~」

「でも大寿って男みたいな名前ね。身分卑しい女なら確かに変な名前が多いものだけど」

「でも……あの男二人の、それぞれの身勝手さと無神経さと鈍さ、わかるなあ」

「あら、あなた、身に覚えが有るの?」

「そう言うあなたこそ、どうよ」

「まあまあ、二人とも。どっちにしたって、夢中で読んじゃう面白さよね、あの話」


『大寿』は、無垢な貧しい娘が、豊かな士大夫の男と善意の人物である学者と言う性格も境遇も異なる二人の男に愛されていながら、次第に不幸のどん底に落ちて行く様子を克明に描いた作品だった。


「これを書いた無名子って、どんな人かしらねえ?」

「この話の士大夫か、学者、みたいな境遇の人じゃない?」

「凄く才能のある人なのは確かよね」

「何処かの権門の側女腹の坊ちゃんとか?」

「ああ、食うには困らないし、科挙は受けられないし、それってありえるかもねえ」


 女どもも、作者は無意識に男だと思い込んでいる節が有る。私はすぐにスルギを思い浮かべたが。

 いずれにせよ、正体不明の無名子なる人物の作品は、巷を大騒ぎさせていたのは確かだ。


 早い物で、スルギと言葉を交わすようになってから丸三年が過ぎ、今年で四年目になる。出会った頃は瑞々しい美少女と言う感じであったが、近頃は共に酒を飲んでいるとひどく艶めかしい風情を漂わす瞬間があって……困っている。てっきり林亮浩と所帯を持つと思っていたのに、あの男は相変わらず『兄さん』扱いだ。男の方はずっとスルギを想っているようなのに……一体、スルギはどう言うつもりなのだろう?

 

 久しぶりにスルギのやっている店で酒を飲んでいると、その『兄さん』が向こうからやって来た。


「梅里様、でいらっしゃいますね」

「確かにそれが私の雅号だが」

「あなた様は、一体全体どういうおつもりで、スルギと度々会っておいでなのでしょうか?」


 判内侍府事が割って入ろうとするのを、私は手で制止した。若者の目は真剣な怒りに満ちていた。


「まさか……スルギを戯れにどうこうしようなどと、お考えじゃありますまいね?」

「とんでもない。あれほど優れた学識・見識の持ち主なのに、ふさわしい場が無い事を惜しいと思っているのだ。大切な友だと思っている。決して傷つけるつもりは無い」

「そのお言葉、しかとまことでいらっしゃいますな?」

「ああ」

「あなた様がどこのどなた様でいらっしゃっても、そのお言葉が偽りと判明致しました時は、それ相応の報いが御座いますよ。お覚悟は確かですか?」

「ああ。それは当然だ」

「少なくとも私は……あなた様がスルギを不幸になさるなら……絶対に許せません。例えどれほど貴い御身分の方で有ったとしても……たとえ、主上殿下であったとしても許しませんから」

「肝に銘じよう」


 私の言葉に若者は折り目正しい一礼をして、無言で去って行った。


「御身分を承知しているようですな、あの男」

「そうだな」

「これから先、いかがあそばすのですか?」

「これまで通り、だな」

「失礼ながら、お出会いになって既に丸三年が過ぎております。あたら花の盛りをこのまま過ごしてしまわれるのでしょうか?」

「これまで、何のために私が耐えてきたと思っているのだ」

「はあ……それは、幾度も伺っておりますが……」


 判内侍府事が惜しいと思う以上にずっと、何倍も、私は花の盛りのスルギがこのまま歳月を一人寂しく送って行くのが惜しいと思っている。

 店に入った客の注文をテキパキとさばくしぐさの中にも、近頃は微妙に艶やかさが加わった。体の線も若竹を思わせるみずみずしい感じから、近頃はもっと優しい丸みを帯びてきた。胸も……いや、いかん。それこそ困ったことになってしまいそうだ。


「いかん。まずいな」

「どうなさいました?」

「今夜は二人で会うのをやめておこう」

「あの青年に、義理立てですか?」

「いや……ともかく止めておく」


 宮殿に戻って、寝具の傍らで『大寿』を読み返していた。随分と男女の機微が細やかに描写されている。ひょっとしてスルギは、一度ぐらいは男と寝たのだろうか……たとえばあの青年と……そして、満たされない辛い気持ちを抱えているのだろうか?


「どうすれば、良いのだろうな。お前を不幸にしたくはないのに」


 誰にもまだ、先は見えていなかった。

急展開は次回以降です。

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