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友として・8

それからしばらくは父である先王の三年の喪が完全に明けるに際しての儀式やら、後宮での翁主たちの誕生祝やら、市中に出られない日が続いた。その間、私が二通手紙を送ると、スルギからの返事はすぐに届いた。だが、スルギの方から手紙をくれる事は無い。


 返事では日々の何気ない様子を知らせてきたが、相変わらず男の文の体裁を取っている。妓生達の懸想文の代筆をするほどなのだから、女らしい文も得意なはずだが、私はそうした文の受け取り手ではない……そう見なされているのだろう。


「恐れ入ります、主上殿下は何をお読みになっておられましたか?」


 喪が明けた翌日、昼食の後、私の居室に領議政の金恩成がやって来た。孫娘の昌嬪の生んだ明恵翁主の初誕生を祝う件についてだった。金恩成はかつて文科の最終試験である殿試で首席、すなわち状元で、歴代状元の親睦会である龍頭会の会長でもある。自分こそはこの国の最高の文官であり学者でもあるという自負心が強いようだ。だから、私が読んでいた本が気になったのだろう。


「春秋の解説書のそのまた解説か? まあ、そんな所だ」


 私の手にしていた本の題名を読んで、金の爺はちょっとばかり驚いたようだった。


「ほお!漢の何休が著した『春秋公羊經傳解詁』ですか。小臣は浅学非才の身で読んだ事が御座いません」

「科挙の出題にはまず関係ないから、それも当然かもしれんな」

「内容はいかがでございましたか?」

「全部で十二冊も有るからな、まあ、ゆっくり読もうと言う所だ」


 スルギがどうやらほぼそらんじているらしい書物なので、ぜひとも私もしっかり内容を記憶したいと思って、真剣に読んでいる。


「こちらは『韓詩外伝』ですか」

「最初の一巻だけ借りたよ。持ち主はどうやらそらんじているらしいのでね」

「はたまた『文心雕龍』とは」

「これも全部読めば十巻らしい。読めば多少は文章がまともになるかと、思ったのだ」

「斯様な本の持ち主とは、どこのだれで?」

「無位無官だが、それなりの見識の持ち主だな」

「科挙は受けませんので?」

「さあ、なあ。わからん」


 自分の読んでいない本を私が読むのが気になるらしい。全部スルギからの借り物だが、それを知られたらスルギの身が危ないかもしれない。以前私の子を孕んだ女が殺害された件に、この爺が絡んでいる疑いは晴れていない。それに昌嬪は嫉妬深い。

「王様がお気持ちを傾けそうな女は全て、可能な限り遠ざけよ」と金品を撒いて色々な女官に命じているとかいないとか……鬱陶しい話だ。スルギとの仲は清らかなものだが、私の気持ちが大いに傾いているのだから、その事を後宮の女に知られるわけには行かない。

 翁主の誕生祝いは祖父である領議政が仕切ればそれで良いのだし、私はただ出席すればよいだけの事だ。私は必要以上の事をこの爺に教えるつもりは無い。


「我が孫娘も……女腹ですかな」

「さあな。取り合わせというのも有ろうよ。


 領議政は年を食っている割に、裏表の使い分けが余りできない人だと内侍や女官どもが噂する。確かに機嫌の良し悪しも実に分かりやすい。名門の嫡出の長男で、殿試の状元、加えて出仕以来これという不都合もなく順調に上り詰めて領議政となったわけだが、孫の性別までは思うようにならない。更には正妻と側女がいがみ合い噂になっている。側女は別邸を与えられ、その女の産んだ息子の長女が昌嬪らしい。正室は王族で、私も大王大妃様の所で幾度か見かけた記憶が有るが……記憶に残るほどの不器量だ。正室の生んだ息子も側室の生んだ息子も、人物学識とも、パッとしない。

 そんなこんなで「金領議政の所は昌嬪が王子を産んで、その王子が世子にでもならない限りおしまい」だとも言われている。


 孫が二人続けて翁主を産んだのが不本意で不快なのだろうが、あきらめて貰おう。私としては、一応義理は果たしたと思っている。これ以上昌嬪が子を生む事も有るまい。無論そんな事は口が裂けても言えないが。


 だが、満一歳を迎える明恵翁主には何の罪も邪心も無いのだ。だから、誕生祝にはにこやかに同席してやろう。




※本当はかの国では状元という言葉は使わず、壮元と言いました。

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