友として・5
硯と筆に手紙を添えて贈ったその日の夕方、返事が戻ってきた。
「毎日、落ち着く時間もろくにありません」
そう書き添えられているその絵は、忙しいスルギの日常を示していた。四つの場面に区切られた絵のそれぞれにごく簡単に一言が添えてある。
「開店しました」
新たに何か食べ物の店を開いたらしい。
「持ち逃げされました」
それに使用人が一時的に金を持ち逃げしたようだ。
「なぜか戻ってきました」
さらにその者が戻って来たらしい。
「千客万来ですが……」
店は大繁盛で、朝から晩まで忙しく、他人の飯を作っていたくせに、自分の飯を食べ忘れたり、大忙しだった……と言った所らしい。その店が見てみたいものだ……
「判内侍府事、微行の準備だ」
私は居ても立っても居られない気分になった。馬に鞭を当て、道を急いだ。
スルギの新しい店は大繁盛だった。
「入口に植えこみですか。このような店は初めて見ますな」
「まるで宮中の一部の様に床に石を張っているのですね」
すべての料理の値段がはっきり明示されていて、入り口で料金を先払いし、料理名を記した木の札を受け取る。席には店の者に案内されてから座ることになっているのだ。簡素ではあるが清潔な椅子と卓子が置かれ、前の客が席を立つとたちまちに清潔に拭き清め、次の客を案内する仕組みになっている。
「給仕たちの真っ白い前掛けと頭巾が清々しいですな」
「ほおお、豆乳でこのような汁物が出来るのですか」
ん? なぜか見た覚えが有る料理だ。何の前触れもなく『ほわいとしちゅー』と言う言葉が頭の中に浮かんだ。やがて、スルギがあいさつにやってきたので、声を潜めて訊ねた。
「これは『ほわいとしちゅー』か?」
「左様でございます。御記憶にありますの?」
「いや、この料理を見たら言葉が浮かんだだけだ」
「本来は牛の乳を用いますけれど、この国では王様でも無い限り、めったに手に入らない食材ですから、豆乳で似たような味を目指して作ってみました」
「美味い。非常に美味いと思うぞ」
「まあ、宜しゅうございました」
「店はいつ終わる?」
「食材が無くなりましたら、閉じます」
「……そうか。ここで待たせてもらっても、悪いな……」
「お酒をお持ちしましょう。しばらくお待ちいただけましょうか?」
本当は私の勝手で待つわけだが、スルギの言葉はあたかもスルギ自身が私が待つ事を期待しているかのように聞こえる言い方だ。こちらに気まずい思いをさせ無いための心配りだろうが……つい、それ以上の気持ちを期待してしまう。我ながら勝手だと思う。
スルギは店の仕事に戻り、水で溶いた小麦粉に細ねぎとイカをのせて焼いたものが酒と一緒に出た。他にも和え物が三種ばかり添えてある。どれも美味い。
「店の主より、本日のお礼でございます」
そう口上を添えて酒と料理を運んできたのは、まだ子供と言ってもよい様な少女だった。普通この国の料理屋は引退した妓生などが経営者で、客への給仕もする事が多い。その点でもこの店は変わっている。
「夜遅くまで務めは辛くないか?」
つい、そんなふうに尋ねてしまう。
「こちらのお店ほど良い条件の奉公先は他に御座いません。食事も部屋も十分気を使っていただいておりますし、御主人様は文字や帳簿の事まで教えて下さいます。私はここに来るまで読み書きができませんでしたが、おかげさまで今では簡単な手紙のやり取りぐらいでしたら、できるようになりました。私以外の者も、皆そうです。御主人様は使用人に落ち度が有りましても、お打ちになりません。いつも至らなかった点を私たちに分かるように、やさしく教えて下さるのです」
主であるスルギに心服している様子が見て取れる。確かに、何かと言うと自分より身分が下のものを鞭やら杖やらで打つのが当たり前なこの国で、使用人を打たないというのは大変珍しい。
大抵の料理屋は客は男だけであったりするものだが、ここは妻子連れで来る者が多いのも珍しい。
「ここは何でも綺麗に美味しく作ってあって、気に入っているの」
「今度は息子の嫁を連れてきましょう」
そのような事を言っている年かさの夫人達の一団も有った。こうした夫人達は寺か互いの家で集まるのが普通だろう。従来の料理屋の客層とは違う人たちにもこの店は好まれているようだ。
活気に溢れた店の情景を観察するのは飽きなかった。おかげでスルギが店じまいするまでの時間も、予想より短く感じられたのだった。




