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友として・3

 どうやら平市署提調(ピョンシソ・テジョ)を務める洪敬徳は日ごろから関心を持って、スルギを観察していたらしい。


「並はずれて美しい娘だから、というだけでは有りませんで」


 洪敬徳が言うにはスルギには男にも珍しい志が感じられるのだと言う。


「あの娘のポジャギを作り出す技も意匠も、御覧になったように優れております。ですが、あの娘の並はずれておりますのは、その技を惜しげもなく女たちに教え、戦で稼ぎ手を失い困り果てている者たちに生計たつきの道を示してやっている事でしょうか。優れた縫い手には、店ののれん分けをしてやるようでございます」


 浄水装置の作り方も、目新しい料理の作り方も、読み書きを教えてやるのも、周りの皆の暮らしが少しでも良くなるように考えて行っているものらしい。


「並みの娘なら多少蓄えが出来れば身を飾る事に使いましょうが、あのスルギと呼ばれている者は『皆で手を携えて貧しさから抜け出すべきだ』と市場の仲間たちに説いております。衣類が絹物ではないからと言って恥じる事は無い。襟が汚れ黒ずんでいるのを放置する事こそ恥じるべきだ、とまあ、このような事を常日頃申しているようです。その言葉を実際に耳にいたしました時、若い娘ながら天晴れな見識と感じ入りました。近頃、市場の道から見苦しいものを片づけ、掃除をする者が次第に増えてきておりますのも、あの娘の言葉を受け入れ、その行いに共感するものが着実に増えている証拠です」


 確かにスルギの衣類は綿や麻の質素なものだが、襟はいつも清潔で真っ白だ。そして私自身東市場の通路に、ごみや馬糞が落ちているのは見た事が無いのも事実だった。都の他の場所では公道にそうしたものが落ちているのも珍しくは無いのだから、特筆すべき事なのだろう。


「不逞の輩は身分にかかわらず見事な腕前で懲らしめますし……いやあ、美しい娘の姿をしておりますが、あれは立派に一個の士大夫だと言えるかもしれませんな」

「そちの話にいちいち合点がいった。あれは見事な剣の腕前で寡人の命を救ってくれた恩人故、そのつもりで便宜も図ってやってほしい」

「やはり御心が動きますか」

「引き付けられるな」

「ですが、あの娘は後宮に入るより、市井に有ってこそ、本領が発揮できましょう」


 洪敬徳は私に釘を刺したかったのかもしれない。『王の女』となるより、世のため人のため力を尽くす方がスルギには相応しいのだと……


「確かにその通りであろう。故に寡人は、あれを友であると考える事にした」


 そう言った瞬間、胸の奥が少し痛んだようだった。


「主上殿下が御友人とは、あの娘も大したものですな」

「そうだ。寡人の友をよろしく頼むぞ」


 皆が引き下がってから、私はスルギとやりとりした手紙を取り出して眺めていた。


 私は紅梅の枝を描き、こう書き添えて送った。

けい姿只合まさようだいにあるべきに、誰ぞ漢城に向いて処処に栽うる」


 通り一遍な解釈なら、こんな所か……元の漢詩に「江南」とあった部分はこの都を指す「漢城」とした。


「玉のような美しい姿をした梅花は月の仙宮にあるべきなのに、誰がこの梅の木を都の処処に栽えたのだろう」


 だが、私がこの言葉を書き付けた時、宮中を月の仙宮になぞらえ、そこに玉のように美しいスルギを引き入れたい。適う事なら朝夕身近に、スルギの姿を見ていたい。そんな願いが胸に有ったのも事実だ。スルギは、どう思ったのだろう?


「寒依疎影蕭蕭竹  春掩残香漠漠苔」

(寒中に竹は蕭蕭として梅枝の疎影により添い、春の名残の香をかくして苔が一杯についている)


 私と同じ漢詩の一部から、この部分だけを名高い学者か官吏かと思うような謹厳で見事な楷書で書き添え、私の描いた梅の枝の周囲に、竹林と月を風情有る様に描いたスルギの意図はどの様なものであったのか?





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