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友として・1

ようやく二人の接点が出来そうです。

 スルギのこの世界の父親は、清との戦で亡くなった武官の金稔キムニョムと言う者で、清との戦で戦死してすぐ正三品の位を与えられたが、その後一転して名誉を剥奪され戦争犯罪人扱いとなり、母親とスルギは官婢に落とされたらしい。逃亡して身を隠し、今日まで無事に暮らしてきたと言う。どうやら兄弟姉妹は居ないらしい。母親は都から離れた尼寺に居り、スルギは一人暮らしなのだという。

 父親につけてもらった名前は英秀ヨンスだそうな。


「……清との戦で戦死した父はお国のために尽くした武官でしたが、名誉をはく奪されてしまいまして、母と私は今は官婢の身の上です。逃亡奴婢ですから、本来は牢屋行きですが、色々付け届けなど致しまして、お目こぼし頂いて、生き延びております」


 あの戦の後、余りにも多くの戦死者が死後名誉を剥奪され、その家族が奴婢に落とされた。その一連のいきさつがどうにも奇妙だったので、私はひそかに命じて調査させたところ、官位・官職の売買をするものが、死んだ人間から取り上げられるものは取り上げて、不都合なものは奴婢に落としたようだ。官位官職の売買を禁じてずいぶん経つが、実効は上がらない。中殿の実家・沈家が中心になって不正を行い、蓄財していると推測できるが、まだ処罰するには証拠が足りない。


 スルギ達は、まさにそうした不正の被害者なのだ。本来は金稔の遺族に与えられるはずの名誉と財物を巻き上げて、自分たちの手下にやったのだろう。王として内心忸怩たる思いだ。


「そうか。あの戦の折に奴婢に落とされた武官や兵の遺族は、残らず『免賤』されるはずだ」

「そうなのですか?」

「ああ。確かな話だ」


 私自身の権限で特赦を出すのだから、間違いの無い話だ。

 スルギの場合はもともとが無実の罪で有るのだ。それなのに免賤、すなわち奴婢から身分を回復するためには、その筋に顔の利く人間に金品を送るのが一番確実で早いというのが、情けない事にこの国の現実なのだった。自分と母親の二人が無事に免賤されるためには、かなり高額の金品が必要らしい。スルギはその資金を用意するために商売を始めたという。


 スルギに免賤を請け負う連中の存在を教えられてから、私も改めて密かに調査させた。その結果によると、無実の罪や、親族に連座して奴婢に落とされたものから密かに金品を受け取り、免賤を請け負う輩が確かに居た。そ奴らは長い間『人助け』と称して、暴利を貪っていたのだ。

 全く……どうしてこうも、この国の士大夫は民を虐げ、不正に富を蓄える事ばかり考えているのか、情けない限りだ。


 スルギと話が出来るようになったのは嬉しい限りでは有ったが、正面切って私の名前を尋ねられて、困ってしまった。見え透いた嘘をつくのも嫌ではあるし、嘘をついてもこの娘なら見抜くのではないかとも思えた。


「そうよなあ。名無しと言うわけにも行かぬし。嘘をつくのもイヤだ」

「見え透いていなければ、嘘をつくのも『方便』で御座いましょう」


 いったいどこまでこの娘は私の身の上を察知しているのだろうか、ひょっとして私が王かも知れないと察しているのだろうか、とも思われたのだった。


「では、こうしよう。梅里と呼んでくれ。ごく親しい者しか知らないが、一応私の号なのだ」


 苦し紛れにほとんど誰にも教えたことのない、私の雅号を教えた。


 宮中では排泄物を梅雨メウとか梅花メファなどという。

 私は梅が好きなので、そうした表現自体、梅に失礼だと思ってしまう。だが、それだけに身分の制限を受けずに梅の字は名前に使いやすいのだろう。妓生には梅の字が付く者が多いようだ。

 判内侍府事は私が自分の乏しい才能を自覚して付けた一種の謙譲表現だと受け取ったようだが、そうではない。前世の微かな記憶によるものだ。あちこちを微行して回り、悪者どもを痛快にやっつけ貪官汚吏を懲らしめる、そんな高貴な身分の白ひげの老人の物語が有ったのだ。その老人の号が梅里先生だった。たしか。

 スルギはその辺の事情も察するかもしれない。


 月が雲から顔を出すと、並はずれて美しい顔がはっきり見えた。衣服は質素で、髪には赤い木綿のテンギ以外何の飾りも無い。うっすらと唇に紅をさした以外、化粧もほとんどしていない。それなのに後宮に居るどの女よりもはるかに美しい。

 話をしているうちに分かったのだが、スルギはこれまで横暴な士大夫に妾になれとか、酒の相手をしろとか、不愉快で厄介な誘いを受けたことが幾度となく有るらしい。私もそうした輩と似たり寄ったりと思われるのは、嫌だった。


「そのう……そのものどもと私が似たり寄ったりだと思われたくないのだが……」

「思ってはおりません」

「だが……私も正室がいるし娘もいる。いや、勝手だな。男は」

「そうお思いなら、お早くお邸にお戻りなさいませ」

「だが、そなたと話したい」


 厚かましいが、ここで食い下がっておかねば縁が切れてしまう。私は必死だった。





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