婚姻届
改めて書きなおしました。
「お忙しいとろころすみません。」恭輔が誠治に向かって言った。
「いいや、千晴も無事高校に入学できたし、美里の1周忌も無事に済んだし・・・それより恭輔くんの方がかなり忙しいと聞いていたけど」
誠治から「忙しい」と言われた恭輔の表情が一瞬歪んだ。それは忙しくなった原因を思い出しているように見えた。
「えぇ、予想外のことが起きまして、それは今回の件とは無関係なので」
千晴はどうしていいのか分からずに二人のやり取りをキョロキョロと見ていた。すると藍が視界に入った。藍は「早く本題に入りなさい」とでも言いたげに恭輔を睨んでいた。
藍の視線に気がついたのか恭輔の方も藍を見た。けれども無反応のまま千晴の方へ顔を向けた。
感情を表に出すことの少ない恭輔が時折見せる千晴の好きな穏やかな表情だった。恭輔の瞳の奥には真剣な感情が秘められているようで、千晴はただただ見惚れていたが、これから恭輔が言おうとしていることを思うと胸が苦しくなり両手を膝の上で強く握りしめていた。
この場にはやはり居たくないという気持ちが溢れだし「あのう」と言いかけた時、恭輔の声が重なった。
「千晴さんとの結婚をお許し下さい。」
え?
恭ちゃん、今間違えた?
千晴が茫然としていると恭輔が千晴の方を見て言葉を続けた。
「千晴がまだ高校生という問題もありますが、僕としては彼女の願いを叶えてやりたいんです。」
私の願い???
自分に一体何が起きているのか。頭の中がグルグルと回っている。誰かに助言を求めたくて藍を見た。
藍は声には出さずに「良かったね」と口を動かしている。
次に誠治を見た。
誠治の表情は困ったねぇとでも言いたげなもので、これは小さい時千晴がわがままを言うと見せる表情だった。だがこの表情をしている誠治が積極的に反対することはまずない。
千晴と目が合って誠治がほほ笑んだ。
ということは・・・・
誠治は静かに頭を下げた。
「ふつつかな娘ですが宜しくお願いします。」
いいのか?いいのか?
「では早速入籍を済ませてきたいと思いますので、この書類の証人の欄に署名をお願いします。」恭輔がジャケットの内ポケットから書類を取りだした。婚姻届だ。
隣りから覗き込むと既に恭輔の署名と捺印、証人の欄には恭輔の父の署名がある。
藍がテーブルを片づけて場所を作った恭輔はそこに婚姻届を広げて置いた。
「千晴が先に書いた方がいいわよね。」
藍がボールペンを千晴に渡しながら言った。千晴は茫然としたまま受け取った。
「それから千晴未成年なので、同意書が必要になります。」
「あっそれならもうパソコンで作ってあるから後はお父さんの署名捺印だけよ。今持ってくるわ。」
そんなものまで既に用意されているのか?
ちらりと恭輔を見ると「なんでこっちに持ってきてなかったんだ。」とでも言いたげに藍を睨みつけながら「2階に行くなら、さっき千晴に渡した紙袋も一緒に持ってきて」と言った。
言われた藍の方は「なんで私がパシリにならなきゃ行けないの」と言いたげに恭輔を一瞥してからリビングを出て行った。
千晴は婚姻届を改めて見た。
確かに恭ちゃんのお嫁さんになれるのは嬉しい。嬉しいけど、いいの?ここにサインしちゃっていいの?
役所に提出したら本当に奥さんになっちゃうんだよ。
千晴はボールペンを持って固まったまま自問自答を繰り返していた。
「時間はあるから慌てなくていいから」
恭輔の声が聞こえた。「慌てなくていい」恭輔の言葉が声が千晴を穏やかにさせる。
千晴は震える手で婚姻届に署名をした。