お返し
ずっと恭輔を見ていたから、千晴はあるときから気づいてしまった。
恭ちゃんは藍ちゃんが好きなんだ。
だから、お母さんが入院中、藍ちゃんが看病に専念できるように、私の塾の迎えを恭ちゃんはやってくれてたんだ。
それに・・・・
昨年6月に恭輔はマンションを購入し、独立した。
実家からの通勤が不便だからと言って恭輔は引っ越して行った。偶然千晴の高校と同じ路線だったので千晴は何度か寄らせてもらったことがあるが、どうみても一人暮らしには広すぎる間取りだった。
しかも新築だったので、内装関係は事前に色や柄が選べるものがあり、藍が良く千晴に「どれがいいかな?」と聞いてきたのである。
このときばかりは、もう二人が付き合っていることを認めざる負えなかった。
それまでは藍が別の男性を付き合っていたこともあったから恭輔の片想いかなと思っていたのだが、いつの間にかそうではなくなっていることにショックを受けた。
お茶の支度が整ったのか、藍がリビングのテーブルを拭き始めた。
ここで「藍さんと結婚させて下さい」とかいうのかな?
そんな場面を想像したら千晴は胸が苦しくなった。
ここには居たくない、そう思った時千晴は夕べ親友真樹からのメールで「映画にでも行こうか」と言われていたのを思い出した。
「ねぇねぇ、藍ちゃんこれからちょっと真樹とでかけてきてもいい?」
藍は驚いたような顔をして反対した。
「何言ってるのよ!千晴がいなくてどうするのよ!」
いや、いなくても支障ないんじゃないの?そう思ったが藍の迫力に声にすることは出来なかった。
「まったくもう、お父さんも戻ってこないし」
言われてみれば父の姿が見えない。エクレア買った後どこへ行ったんだ?
「お父さんどこへ行ったの?」
そう聞きかけたとき玄関の引き戸を開けるガラガラという音が聞こえた。
藍と二人で玄関に迎えに行くと、「そこでばったり会ったんだ。」と千晴の父、誠治と恭輔の姿があった。
「もう、遅いじゃないの!」
手早く靴を脱ぎ玄関から上がってきた誠治に向って藍が言ったが、誠治の方は「心配かけたな」と呟くように言って藍の頭をポンと軽く叩いて奥のリビングへと行った。
千晴は恭輔から目が離せなかった。
やはり千晴の想像していた通り今日の恭輔は休日に着用する普段着ではなくスーツの正装であった。
恭輔が改まった話しをするつもりであることは明らかである。
今日、藍と恭輔のことを聞いたら自分はどうなってしまうのだろう?そんなことが頭の中を過りさらに胸が苦しくなった。
「千晴、これ」
中に上がったところで恭輔が小さな紙袋を千晴の目の前に差し出した。
「バレンタインのお礼。遅くなって悪かったな。」
「えっ、あぁ、ありがとう・・」
千晴がジュエリーショップのロゴの入ったそれを受け取ると、恭輔も誠治の後に続くように奥へ向かった。
恭輔を追う様に振り返ると藍と目が合った。
藍はどうしてか何か呆れたような表情をしてそれからキッチンへと向かった。
やっぱ、面白くないよね。モテモテでこれまでにプレゼントなんかたくさんもらっている藍ちゃんだって、自分の恋人が別の女の子にバレンタインのお返しにジュエリーあげるなんて。
いや、恭ちゃんがそんな恋人を不安にさせるようなことをするはずがない。これはきっと恭ちゃんママが持っていた袋をもらってきただけで中身は去年同様キャンディーか何かのはずだ。
後で藍ちゃんと一緒に開けよう。そうすれば藍ちゃんも安心するはずだ。
自分が失恋したことは辛い、けれど藍を不用意に悲しませるのも千晴は嫌だったのだ。
藍も恭輔も千晴は今も大好きなのだから。