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BLUE in blue  作者: ゆほ
12歳の恋情
18/19

見舞い

「あの子はね。私達を幸せにしてくれるんだよ。」


知らない奴が見たらボーっとなりそうなくらい澄み切った明るい笑顔で言った。


だけどそのとき俺は思った。


だったら『あの子』は誰が幸せにするんだ?









「11月の軽井沢ってもっと寒いかと思ってたけど、行って良かったわね。」


恭輔の前に座って優雅にナイフとフォークを使う女性、「神部かんべ彩加さやか」は同級生の藍とはまた違ったタイプの美人で、その装いにはいつも隙がない。

休日である今日、休日出勤をしていた彩加はキャリアウーマンらしくなおかつ上品な仕立てのスーツ姿であったが生地の色が明るいためにレストランの中であっても充分に華やかな雰囲気を醸し出していた。


「そうだな。」


「ねぇ、お土産、大丈夫だった?やっぱり多すぎたかな?」


自分には不可能はないといつも自信を持って仕事をしている彩加だが、恭輔との交際が1年になろうとする最近恭輔の家族の自分への評価が気になってきていた。

今回の旅行で彩加は恭輔の家族、主に母親に色々とお土産を買ってきたが、それを受け取った家族の反応が気になって仕方がなかった。



「あぁ、お袋が友達に適当に配ってたみたいだから」


「そお。なんだか点数稼ぎみたいになっちゃって渡した後で恥ずかしくなってきちゃったのよね。」


お土産の中にあったジャムが三浦家に行っていた。

藍からは「デリカシーがなさ過ぎる」と苦情のメールが来ていたが、買ったのは彩加、受け取ったのは母親、恭輔にはどうこうする義務はないと思っていたが、本当にそうだったのだろうかと考えているところでもあった。

しかしお土産の一部が三浦家に行った件に関しては彩加は関係がないのでそのことについては何も告げなかった。



「ところで風邪はもう大丈夫なの?」


「あぁ薬飲んで寝てたら治った。」


「そっか、一人暮らしとかだったら看病しに行ったんだけどね。」


彩加が熱を帯びた瞳で恭輔を見つめている。

が、恭輔の頭の中にはベッドに頭を乗せてきた千晴が思い浮かんだ。

視線を足元に向けていたのでその表情は見えなかったが、小さな体はどことなく不安げでその時恭輔は千晴の頭を撫でてやりたいと思っていたことを思い出した。


「恭輔?聞いてる?」


「いや悪い。何か言った?」


「まだ風邪治ってないんじゃないの?・・・話してたのはね、また春になったらどこか旅行に行きたいなって話して・・・休みが上手く取れたら海外とかどお?」


「あぁ・・考え、!」


彩加の提案に答えようとした時恭輔のジャケットの内ポケットにある携帯が振動した。


「電話だ。悪い。」


取り出してディスプレイを見れば藍からだった。

藍が恭輔に電話をしてくるというのは滅多にない。

今の彼氏に惚れこんでいるということもあるが、基本的に藍と恭輔は仲良しというわけではない。

ただの同級生で共通の友人がいて母親同士が仲がいい。

ただそれだけだ。

急ぎの要件でなければ昨今はほとんどメールで済ませる。

だから電話をかけてくるということは急ぎでなおかつ重要な何かがあってのことだ。

そう思ったから恭輔は席を立つ前に通話ボタンを押した。


「今すぐ利息払ってよ!!!!」


叫ぶような声だった。

前に座っている彩加にも電話の相手が電話口で叫んでいることは伝わったようで心配そうな表情を向けてくる。

片手で大丈夫だとジェスチャーして恭輔は席を立ち店の外に出た。


「なんなんだ。」


低い声で恭輔は不快感を示した。


「今どこよ。」


「青山、メシ食ってる。」


「デート?」


「まぁそんなとこ」


「・・・・・」


荒々しかった声音も恭輔と連絡が取れたことで一言返す度に落ち着いてくるのが携帯越しの恭輔にも伝わってきたら、恭輔の方が少し譲歩してみた。


「用件は?」


「・・・・何時になってもいいから家に来て。」


明らかに藍の様子がおかしいと恭輔は感じた。

切迫した何かが起きている。

それをさっさと告げて欲しいのに藍は肝心なことは話そうとはしてこない。


「何が遭った?」


予感はある。


「千晴が木曜日に学校で倒れて・・・風邪で熱が出てたんだけどまだ熱が下がらなくて・・・」


今日は土曜日、3日も熱が続いているようだ。

誠治が医者だからそれなりに対応ができるはずなのに、藍が自分に電話をかけてきたことに意味があるのだと恭輔は理解した。


「一度切る。すぐにかけ直す。」


藍の返事を聞かずに通話を切った。

レストランの中では食事を止めて恭輔が戻るのを待っている彩加がいた。


「悪いんだが、すぐに帰ることにした。後の食事、一人で食べるか?」


既に恭輔は椅子にかけてあったジャケットを手に取り帰る支度を始めている。

恭輔に何かがあったらしいことをすぐに悟った彩加は首を横に振った。


「いいわよ。後はデザートくらいだから、また今度くればいいし、一緒に出るわ。」


彩加の回答を受けて二人は店を出た。






「このままタクシー拾って行くから。また連絡する。」


「何か手伝うことがありそうなら一緒に行くけど?」


店の外で恭輔が告げると、彩加は恭輔の体に己の体を寄せなが聞いてきた。


「一人でいい。」


彩加の同行を断っているとこちらに向かってくるタクシーが1台見えたので恭輔は片手をあげた。

タクシーは恭輔の前で停車しそのドアが開かれた。


「悪いな。・・・○○町まで。じゃあな。」


恭輔の一連の行動の素早さに呆気に取られた彩加は目を見開いたままタクシーを見送っていた。

青山の名のあるレストランの前で女性を置き去りにしてタクシーに乗り込んだ恭輔を運転手は一瞬不思議そうに見たがそれからは告げられた目的に向かってハンドルを操作していた。


恭輔は残された彩加を振り返って見ることはなかった。

携帯電話を取り出して藍に電話をかけた。


「今タクシーに乗った。道が混んでなければ30分くらいでそっちに着くと思う。」


「・・・分かった。」








三浦家の前にタクシーが停まり、運転手に恭輔が支払いをしているところ玄関の引き戸が開いた。

タクシーを降りてそのまま開けられた玄関に向かえば、表情の硬い藍がいた。


「千晴は今は。」


「寝てる。でも目が覚めるとずっと『恭ちゃん元気になったかな?』ってそんなことばっかりで。」


「邪魔するぞ。」


恭輔が靴を脱ぎ室内に上がったところで奥の部屋にいた千晴と藍の母親、美里が現れた。


「嫌だわ。藍ったら恭輔くん呼んだの?」


「だって、このまま水分も摂れないんじゃ良くないって、お父さん言ってたじゃない。」


「だから必要なら点滴用意するとも言ってたでしょ。何慌ててるの。」


「あんなに苦しそうな千晴、見てられなくて・・・」


「とにかく一度見舞いさせて下さい。起こさないようにはしますから。」


「分かったわ。ありがとうね。」


藍と恭輔は2階にある千晴の部屋へと向かった。





木のぬくもりがある勉強机や箪笥、ベッド等の家具は藍が千晴のためにと探し歩いたものだと恭輔は知っていたが実際に見るのは初めてだった。

可愛らしい小物が飾られたそこは千晴らしいと肌が感じた。

その藍が選んだベッドに横たわって眠っている千晴の息は明らかに苦しそうだった。

千晴の顔が見える位置に恭輔はすわりその寝顔を見ていた。


「解熱剤を飲めば少し下がるんだけど、またすぐ上がっちゃうんだよね。」


「点滴は?」


「多分今日持って来てくれるんじゃないかな?」


「・・・んん、ふぅ~・・・」


話し声が聞こえたのか、千晴が目を覚ましたらしい。


「藍、ちゃん?」


「うん、起こしちゃった?ごめんね。でも恭輔が来てくれたよ。」


「恭、ちゃ?」


「千晴。」


恭輔の声に反応した千晴は苦しげに首を声のする方に傾けた。


「恭ちゃ、げんき?」


「あぁ・・・」


「よか、たぁ・・・」


「少しでもいいから水、飲めるか?この前千晴が持って来てくれたみたいなゼリーとかアイスとかは?食べられないか?」


苦しげな様子に今なら藍が自分を呼びつけた気持ちが分かる気がして、自分に出来得る言葉をかけてみる。


「・・・いらない」


「なんでもいいから少しでも口にしないと治らないぞ。」


「・・・ふっ、いいよ・・なおんなくても・・・」


「なんでだ?ずっとこのままベッドに寝たきりじゃ、やりたいこともできないぞ。」


「・・・ないし、やりたいこと。」


「ないって・・・」


千晴にも今時の子供にありがちな冷めた思考があるのかと一瞬裏切られたような気もしたが、恭輔自身が千晴くらいの頃はどこか斜めに世の中を見ていたことを思い出した。

まして今千晴は高熱に苦しめられている、会話に譲歩する余地はある。

千晴が水分を摂ってみようという気になるきっかけがないか言葉を探す。


「大人になったらなりたいものとかもか」


「・・・・あるけど・・・むり」


「どうして無理だと思う。」


「・・・・だって・・・間に合わないから・・・・・」


「間に合わないって?」


「ちはっ」


恭輔の後ろにいた藍が反応した。

千晴の真意を理解していると感じられるそれに恭輔の心中は訳もなく苛立った。

けれど藍に問い質すことはしないで千晴の言葉を待った。


「ん、あのね、恭ちゃんのお嫁さんになりたいなぁって思ってるんだけど、無理じゃない。千晴が大人になる前に他の誰かと結婚しちゃってるでしょう?」


「!」


雷に打たれたような感じとはこのことなのだろうかと恭輔は思った。

千晴が今よりもっと幼い頃、自分と結婚したいとよく言っていたことは覚えている。

その頃の千晴には「結婚」の意味が分かっていなかったはずだし、恭輔も曖昧な返事はしないでいた。

気がつけば千晴がそのことを口にすることはなくなっていたので、自然と恭輔は忘れていたが、千晴が「結婚」の意味を理解し、自分と恭輔との年齢差では可能性が低いことを悟っていたのだ。

実際、恭輔の過去の彼女の内の何人かと千晴は体面している。

その時千晴はどう思っていたのだろうか?

先日藍から送られた「デリカシーがない」というメールの本当の意味を恭輔は理解した。

きっと千晴は泣いたのだろう。

否、藍の前では泣かなかったのかもしれない。

恭輔は千晴を見つめた。

恐らく美里が言っていた通り、この後千晴達の父誠治の処置により千晴は高熱から回復するだろう。

そのことに心配はいらない。

けれど、彼女の心の内が抱える苦しみはどんな名医にかかっても取り除かれることはない。

その方法はだた一つ・・・・・

恭輔だけが知っている。

否、藍と恭輔だけが知っていて、恭輔だけが行える。


あと数カ月で13年となる、あの疑問に今答えが導き出される。




「たかが3年だろ。待っててやるよ。」


意味が分からないとばかりに、その答えを聞きたいと恭輔を見る千晴の瞳に力が籠る。


「いいか。日本の法律で男は18歳にならないと結婚できないが、女は16歳で結婚出来るんだ。千晴、お前は4月生まれで今が12月だから16歳になるまでにはあと3年と少しだ。それくらい待っててやるよ。」


「16歳になったら結婚できるの?」


「あぁ」


「いいの?」


「いいさ。だから早く風邪治せ。少し食え。」


恭輔の心はいつになく晴れやかだった。


「ん――――。アイス食べようかな。」


「私下から取って来る。」


即座に藍が反応して部屋を出て行っき、カップのアイスとスプーンを持って来た。

藍が千晴の口元にスプーンですくったアイスを運ぶ小さく口が開いたところで口の中にスプーンを入れる。

熱が高いのかアイスはすぐに溶けているようで「あまぁい」小さな声で呟いていた。

その時口の端にアイスが少しだけ零れた。

恭輔は親指の腹でそのアイスを拭った。

2口ほど食べた千晴はもういらないと言って眠ってしまった。











「馬鹿にしてるの?」


「何が?」


「千晴の気持ち。高熱でうなされてるから夢見たくらいに思うだろうって軽く見てるの?」


怒りに震えるような声で問いかける藍を無視し、恭輔は胸ポケットに入っている携帯を電話を取り出した。

ボタンを何か所押して耳に当てた。

藍は確かめるようにその様子を黙って見ていた。


「佐伯です。さっきは悪かったな。」


電話の相手が『彼女』と理解した藍は壁に背中を預け眉間ししわを寄せ鋭い視線を送っている。


「本当は改めて会ってから言わなきゃならないんだろうけど、神部とは別れる。」


「きょ・・・!」


「理由は・・・」


一瞬、藍を見た。

そして・・・


「すぐじゃないけど、結婚することに決めたから。

今まだ出先だから長話しできない。それに神部の方にも言いたいことあるだろうから都合のつく日をメールしてくれ。場所も任せる。じゃ。」


「恭輔?」


電話の相手に何も言わせないほど意思なのだと、藍は痛感したが、返ってそれでもいいのかと不安を感じてもいた。


「帰る。またな。」


恭輔は三浦家を後にした。

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