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BLUE in blue  作者: ゆほ
12歳の恋情
17/19

看病

千晴12歳のお話です。

学校へ行く前の鏡に映る自分が大嫌い。

どうして?

どうしてまだランドセルを背負っているの?


せめて、年齢だけでも恭ちゃんに釣り合えば良かったのに・・・・・







師走に入ったばかりの日曜日、三浦家は静かだった。

千晴の父誠治の職業は勤務医で勤務先は近所の総合病院だった。

今日は休日の救急外来の担当日のため出勤していた。

母美里は介護ボランティアで老人ホームに出掛けていた。

12歳年上の姉の藍の職業はキャビンアテンダント。

昨日帰ってきて今日は休みだと千晴は聞いていた。

千晴の部屋と藍の部屋は隣り同士、宿題をしている今、隣りの藍の部屋からは物音がしないので、おそらく藍は1階にいるのだろうと千晴は思っていた。

宿題も一区切りし、喉が渇いた千晴は1階へ降りて行った。

藍がいるであろうと思い何気なくリビングを覗いて見たが無人だった。

リビングにあるローテーブルの上には何故だか藍の携帯と財布が置かれているのを千晴は発見した。

そして今その携帯のディスプレイが電話の着信を告げて煌煌と光っている。


「藍ちゃーん。」

千晴が呼んでも返事はない。

既に出掛けてしまって家にはいないようだ。

千晴が再度ディスプレイを凝視すれば着信者の名前が「恭輔」となっていた。

それを確認した千晴は反射的に通話のボタンを押していた。


「恭ちゃん!」


「誰だ?」


酷く掠れた声。

たった一言だったがけだるさがはっきりと分かる喋り方、千晴は恭輔が体調が悪いということが分かった。

「千晴だよ。藍ちゃん今いなくて・・・」


「・・・・これ藍の番号か?」


「どうしたの?」


「・・・いや・・・風邪引いて熱があるらしくて、かったるくて・・・家に誰も居ないみたいだから、とりあえずリダイヤルしてみた。」


「ふ~ん。」


つまり恭輔が今現在最後に通話をしたのは『彼女』ではなくて藍だということらしい。


「・・・ママ達いないの?」


「あぁ、玲もいねぇ。薬探すのしんどいから誰かに買ってこさせようと思って・・・・」


それで適当にリダイヤルをしたのだと千晴は理解した。


「私、薬買ってきて届けようか?」


「・・・大丈夫か?」


「うん、藍ちゃんはいないけど、藍ちゃんのお財布があるからそこから借りて行くよ。あっ大丈夫だよ。ちゃんとメモ付けておくから。」

千晴が持っている現金で薬代が足りるかどうか分からなかったが、恭輔を安心させてたくて千晴は答えていた。


「勝手口のドア開けておくから、そっから入って来い。あとこっちについたら金は返すからそのことも書いておけ。」


「分かった。」

千晴は通話を切ると出掛ける支度を始めた。









恭輔が言った通り佐伯家のキッチンにあるドアの鍵が開いていた。


「お邪魔しま~す。」


誰かが帰宅していないかと念のため声をかけるが返事はなかった。

恭輔に頼まれた風邪薬以外に、スポーツドリンクと栄養ゼリーとアイスを買って来た千晴はそれらを冷蔵庫と冷凍庫に仕舞った。


風邪薬と飲み水を持って2階にある恭輔の部屋と向かった。

静かにドアノブを回し部屋をのぞくとベッドで寝ている恭輔を確認した。


美里は思うことがあったのか、千晴が生まれてまもなくすると介護ボランティアを始めていた。

極力誠治が休日の日に行っていたが、時折どうしてもと頼まれた時は幼い千晴を佐伯家に預けて出掛けて行くこともあった。

そのとき千晴が昼寝に借りていたベッドが恭輔のベッドだった。

恭輔の母は千晴のために買った絵本を恭輔の部屋の本棚にしまっていた。

しかし千晴を寝かしつけるために恭輔に読んでもらったの一度だけだった。


「話しに興奮して寝ないから。」


恭輔に本を読んでもらえることが嬉しくて返って寝られなくなってしまったらしい。

今の千晴は覚えてはいないが、恭輔の部屋はそんな思い出の残った場所だった。


パソコンが置いてある机の隅に水と薬を置いて、ベッドの脇に膝まづいて千晴は恭輔の寝顔に見入っていた。


鼻の頭がツンとして目頭が熱くなった。

いくら自分が好きでも、今の恭輔には『彼女』がいることを千晴は知っている。

今年のバレンタインに恭輔の家にチョコのカップケーキを作って持って行った時に鉢合わせしている。

そしてその『彼女』と先月旅行に行ったことを偶然知ってしまった。


いくら自分が想っても出番がないことを思い知らされるだけで千晴胸は苦しくなり、そのまま恭輔のベッドに額を置いた。

一瞬ベッドが小さく揺れたが恭輔が起きる気配はなかった。

もし恭輔が起きてしまったら気まずいような気がした千晴はベッドの足もと側に顔を向けそのままじっとしていた。

このまま時が止まってしまえばいいような気持にもなるが、それでは恭輔がずっと寝たままになってしまうと思うと早く良くなって欲しいと思い至った。





「千晴?」


掛け布団がずれる音と同時に掠れた声で自分が呼ばれて、千晴はハッとした。


「恭ちゃん、お薬買ってきたよ。飲む?それとも何か食べる?あの飲むゼリーとかアイスとかは買って来たんだ。」


頭を軽く掻きむしりながら上半身を起してきた恭輔に千晴は声をかけた。


「ゼリー」


「冷蔵庫に入れてきたからすぐに取って来る。」


千晴は駆け足で1階の台所へ行った。

部屋に戻れば、恭輔は相当辛いらしくそのままの状態で待っていたようだった。

「はい」とゼリーのキャップを開けて恭輔に手渡す。

恭輔は無言まま受け取りゼリーを飲んでいく。

冷蔵庫で冷やされたゼリーが恭輔の喉に心地良く通って行けばいいと千晴は思いながら恭輔を見ていた。


「金・・・・」


一心地着いたのか恭輔が声をかけてきた。


「あっ今じゃなくていいよ。ちゃんと藍ちゃんには言っておくから。」


「床に転がってる黒い鞄に財布が入ってるから出して。」


「分かった。」


ゼリーを両手に持ち俯いた恭輔を見れば、変な気遣いをするよりも恭輔の指示に従って置いた方がいいと千晴は思い恭輔のビジネスバッグを開けた。


恭輔のビジネスバッグを開けて千晴は戸惑った。

バッグも黒なら中も黒、入っている財布らしきもと手帖らしきものも素材は違ってはいるものの全て黒だった。


これってどうなんだろう?

探しにくくないのかな?


そう思いながら財布を取り出すと財布と手帖の間にあったらしき写真が1枚見えた。

視界にちらりと入っただけだったが恭輔とその彼女が映っていた。

恭輔が私服のように見えたので旅行に行った時に撮ったものだと思った。


「はい恭ちゃんお財布。」

写真を見た事には気がついていないように、でもいつもより強張った笑顔で千晴は恭輔に財布を渡した。

恭輔の方は体調が悪いこともあって千晴の表情が視界には入っていても、いつものように察することが出来なかった。


「藍んとこからいくら持ちだした。」


「1万。それしか入ってなかったんだよね。」


「1万渡すから釣も寄こせ。」


「分かった。」

千晴は自分の鞄から余ったお金とレシートの入った封筒を出していると恭輔の携帯がなった。


「もしもし。」


誰だろうと千晴は恭輔の声に耳を傾けた。


「まだいる。けど今金渡して帰すわ。・・・・あぁ・・・・ちょっと待て。千晴。」


「はい。」

どうやら電話の主は藍らしく、電話を変わるように言われたようだ。

千晴は恭輔から携帯を受け取った。


「藍ちゃん、お金、持ちだしてごめんなさい。」


「いいのよ。利息は恭輔に請求するから、恭輔寝たら帰っておいで。」


「うん、分かった。」


通話を切り携帯を恭輔に返した。


「薬と水取って。」


「は~い。」


ゼリーを食べただけで薬を飲んでもいいのかと疑問に思ったが、薬の力でぐっすり寝られて少しでも熱の辛さが解消されることの方を千晴は願った。

恭輔が薬を飲んだ後の空のコップを千晴が受け取ると恭輔は財布から1万円札を出した。

千晴はコップをテーブルに置いて封筒と1万円札と交換に恭輔に渡した。

藍のお金だからとすぐに鞄にしまうと封筒の中身を確認していたらしく恭輔が声をかけてきた。


「ゼリーとかなんとか買ってきたって言ってたけどそれのレシートは?」


「それは千晴からのお見舞いだよ~」


「小学生が生意気だな。これも鞄に入れておいて」


声が掠れて辛そうだがいつもの恭輔とのやり取りが出来て千晴は少しだけ安心した。

それから頼まれた通り財布と封筒を受け取り恭輔の鞄に戻す。

写真が曲がらないように気をつけながら入れようとしたら写真がさっきよりもきちんと見ることができてしまった。

紅葉をバックに恭輔の腕に『彼女』の腕が絡んでいる。

胸に何か鋭いものが突き刺さったような衝撃を受け一瞬にして泣きだしてしまいそうになった。

涙を堪えてじっとしている。

一度息をのんで涙がなんとか止まっていることを確認してから振り向くと恭輔は眠ってしまっていた。

その寝息はとても静かで千晴の荒れ狂う心の中とは全く違っていた。

千晴の頬の堪えていた涙がこぼれた。








「千晴ちゃーん次音楽教室だよ。」


「えっ?ごめん奈央ちゃん。聞いてなかった。」


「次移動教室で音楽室だからさぁ。千晴ちゃん、なんか顔色悪いよ。」


前の席に座る奈央が千晴の顔を覗き込んで見ている。


「そっかな。」


恭輔の看病もどきのことをしてから4日が過ぎた。

恭輔が今体調が戻っているのかどうかは聞いていない。

藍に言えば直接メールか電話をしてくれるだろうし、そもそも学校の帰りに佐伯家に寄れば恭輔の母か恭輔の弟の玲にでも尋ねればいいことなのだ。

でもその行動が起こせなかった。

もし恭輔の部屋に上がってあの写真がどこかに飾られているかもしれないと思うと佐伯家自体を訪問することが出来ないのだ。


「ん~。最近息が苦しくて。なんか苦しいの我慢してると話しが聞けてないんだよね。」


「え~っ。授業中とか大丈夫なの?先生とかに言った方が良くない?それより千晴ちゃんのお父さんお医者さんなんだらお父さんに診てもらった方が・・・」


音楽室へ行くための教科書やリコーダーの入った手提げを持ち、千晴の心配をしてあれやこれやと提案しながら歩く奈央を隣りに見ながら千晴は弱弱しく微笑んでいた。

しかし千晴の視界から奈央の姿が段々と遠のいていく。


何だか隣りに並んでいるはずの奈央ちゃんが良く見えないなぁ。

あっ、また苦しくなってきた。

音楽室4階だから息切れちゃうのかなぁ・・・


「・・・千晴ちゃんっ!!!」


奈央ちゃんの声も遠いなぁ・・・・・





千晴の意識が真っ白になった。

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