想い
「千晴!」
恭輔の声がしたと思った時には、千晴は後ろから恭輔に引き寄せられ抱きしめられていた。
「・・・恭ちゃん・・・」
本を抱えたまま千晴は体の向きを変えられ恭輔の正面に立った。
涙を見せまいと俯く千晴の額に手を当てて恭輔は千晴の顔を上げる。
「うっ、うっ・・・・」
千晴の嗚咽が止まらない。
恭輔は黙ったままで千晴の涙と手元の本に目を向けている。
「泣くなとは言わない。」
恭輔は親指の腹で千晴の涙を拭ってから千晴を抱きしめその背中を優しくさする。
「だけど、もう一人で泣くな。」
「恭ちゃん、いいの?」
涙を堪え千晴は恭輔をしっかりと見つめて言った。
「私、私恭ちゃんのお嫁さんになっても、いいの?」
「昼間言っただろ。」
「だって・・・全然・・・全然、お母さんに優しく出来なかったんだよ。」
必死で涙をせき止めることが出来たのは一瞬で再び千晴の目からはポロポロと涙がこぼれ出した。
恭輔は静かに微笑んで千晴の頭を撫でた。
「おばさんは分かってるから、全部、千晴がどれだけおばさんやおじさんや、藍を、好きだって、ちゃんと知ってたから、だから、もう心配するな。」
「うっうぁぁぁん。」
千晴は母を失くした夜と同じように泣き叫んで、恭輔の胸に飛び込んだ。
恭輔は静かに千晴の背を撫で続けた。
泣いて泣いて、少しずつ、落ちきを取り戻して行く千晴。
「恭ちゃん。」
千晴は顔をあげてもう一度恭輔を見た。
涙でうるんだ瞳は熱を持っていたが、千晴の思考が先ほどより落ち着きを取り戻していることが恭輔には知れた。
「好き・・・小さい頃からずっと。」
「あぁ」
「お嫁さんにして」
結婚式もいらない。
でも自分が大人になるまでなんて待てない。
なんてわがままな。
それでも
貴方がいいと言ってくれるのなら。
そばにいさせて――――――
恭輔は黙ったまま突然千晴を横抱きに抱えた。
そしてそのままベッドの方へ歩き出した。
ベッドの横にたどり着くと静かに千晴を下した。
千晴は驚いた表情を固まらせたまま恭輔を見つめていた。
「怖いか?」
怖い?------
恭輔の問いかけを千晴は心の中でもう一度自分自身に問い質す。
怖くはない。
恭輔が一緒なら何も怖がることはない。
千晴はそう確信している。
緊張してなのか喉が震えて声が出せない千晴はだまったまま柔らかく微笑んで首を左右に振った。
そして恭輔へ向かって両腕を伸ばした。
その腕に捕らわれたように恭輔は千晴に口づけを落とした。
千晴の唇に恭輔のそれが触れたのはほんの一瞬。
突然の出来事に千晴の瞳は開いたままだった。
再び恭輔の顔が千晴の視界に入る。
いつもは感情を顔に表さない恭輔が微笑んでいた。
千晴の胸がきゅんと震えた。
そしてもう一度千晴の視界が暗くなる。
「愛してる。」
心地良いテノールの声が耳に届くと同時に千晴の胸は熱くなった。
「16歳最後の日」はこれまでです。
次は千晴12歳編です。