引っ越し
「恭ちゃんのお嫁さんになりたい―――――」
物心ついた時には千晴はいつもそう思っていた。
それでもそれは叶わなぬ願いだと悟っていたが、
今、あっけなく叶ってしまった。
しかも記憶のないところで自分から恭輔にプロポーズしていたらしい。
これでもう宝くじとか買っても当たらなそう。
商店街の福引もきっとティッシュだろうなぁ。
「藍、これでいいかね。」
誠治が藍を諭すように言った。
「分かってるわよ。千晴、改めておめでとう。恭輔、今度泣かしたら本気で承知しないからね。」
誠治には不貞腐れて答え、千晴には柔らかく微笑み、恭輔には凄みを利かせて藍は言葉を発した。
「さっきのは千晴のありえない勘違いが原因だろ。」
言い負かされる気はないという恭輔の態度を見て、千晴は長年に渡って恭輔と藍が一組の仲睦まじいカップルだと思っていたが実はそれは大きな勘違いだと痛感した。
ずっとケンカするほど仲がいいって思ってきたけど、藍ちゃんと恭ちゃんて本当に仲悪い?っていうか気が合わない?
そしてこれからのことを考えてみた。
「あのさぁ、私やっぱり恭ちゃんと一緒に住んじゃったりしていいの?」
「いいわよ。そうだ恭輔、引っ越しはどうなったの?」
「来週の土曜日、時間は一応午前中ってことになっているけど、金曜の午後に業者から電話来るから詳しい時刻はその時。」
「やだぁ、千晴の学校始まってるじゃない。」
「あ――――――――っ!学校!!!どうしよう。学校に何て言おう。」
結婚したと正直に話ししてもいいもだろうか・・・
法律的には許されても校則ではどうなんだろう。やっぱり退学?
千晴の胸の中は不安でいっぱいになった。
「大丈夫。許可取ってあるから。」
「へ?」
「何よ。」
「いっ、いつ――?」
「期末試験の終わり頃、お父さんと学校に事情説明しに行って」
「先生、何も言わなかったけど・・・」
担任が本人より先に知ってるってどうなの?
「うん、一応内密にすることになったから、千晴を職員室とか校長室に出入りさせたらマズイって判断したんじゃない?」
「はぁ」
「あっ学校では旧姓の『三浦』のままだからね。保護者の連絡先もこっちのままになるから」
「なんで、許してくれたんだろう・・・」
素直な疑問だった。
「前例があったから」
!!
「5年くらい前に丁度在学中に結婚しなきゃならない生徒がいて、あっ妊娠とかじゃなかったけど、だからうちも内密にするから・・・うっ、許して下さいって」
何故か藍は泣き真似をしながら言った。
確かに藍のような美人が泣きながらお願いしたらなんでも許されそうだと千晴は思った。
「・・・そんなことじゃなくて、引っ越しするまでこっちでいいのね?」
いきなり泣き真似を止めた藍が恭輔に念押しする。
「ダメだ。学校に必要なものは今日中に車で運ぶ。他に必要なものは後で買いに行くからいい。」
えっ、もしかして今すぐ引っ越しですか?
「・・・・千晴はそれでいい?」
「えっ?あっ、はいっ!」
「嫌なら嫌って言ってもいいのよ。なんなら籍だけ入れて置いて卒業まで家にいても」
千晴にしなだれかかるように妖艶な笑みを浮かべて藍が言う。
「藍!」
誠治が悪ノリし始めた藍を止めた。
「お父さんももっと娘がお嫁に行って寂しーって出さないと。」
「ははっ、そうだね。寂しいね。でももう2度と会えないわけじゃないし、それにそんなことを言ったら千晴が悲しむじゃないか。」
「-----分かった。千晴、学校に必要なものを今すぐに用意して!」
えっ!?
「でないと恭輔と一緒に住めないわよ♪」
藍がニッコリほほ笑んで言った。