足コキ!蜘蛛娘!!
凍結歴 2816年 「大静止月」15日-三柱の沈黙日
凍てつく風が、古の石造りの城壁を叩き、窓の外には果てしない白銀の地平が広がっている。超大陸「タカ・マガ・ハラ」の辺境、氷河の狭間に位置する我が「ルプ大公領」において、真実は常に重く、冷たい。
私は、暖炉の火に手をかざしながら、【正典】のカードを見つめていた。
いつか溶けるものとの希望を込められたルプという家名。第20代目当主ルプ・テケレが何度となく言い聞かせた言葉を、この夜も再び繰り返した。
「ウニニよ、忘れるな。我ら貴族が剣を振るうのは、民に糧を与えるためではない。世界の史実を一つでも多く、一欠片でも多く手中に収め、仕えるべき神を見極めねばならぬからだ」
ウニニ。震える氷と名付けられた男は、まだ17になったばかりだというのに、2m近い大男だった。発達した筋肉と、太鼓のように出た腹。顔はお世辞にも整っているとは言えない。特に目立つのは鼻先がわずかに欠けていること。刃物で削いだような鋭さはなく、寒さに砕かれたような、不揃いな輪郭だった。氷河に捧げられた鼻の先、それは凍傷の後だった。血の匂いも、香草の香りも、すべてが一段薄く感じられる。
「父上。我らルプ家が強く信仰するのは物欲の神アムでしょう。迷宮で打ち滅ぼした敵を悉くカードに変じさせる生命線と言って良い」
「ウニニよ。お前も17になったのだ。分別もつくようになっただろう。ルプ家がこの地を治めて500年。その間にベース(B)やコモン(C)、モンスター娘(D)のカードは数百万枚消費された。この大陸の由来を伝えるアーカイブ(A)は5000枚以上は出ている。しかし、より詳しくこの大陸の仕組みを記した【正典(O)】はわずかに10枚」
「突然どうしたというのですか?」
「お前は選ぶことができる、私もまだ若い、今年で25になった、あと5年は生きられるだろう。お前は500年の歴史の中で、最も力ある男だ。お前、嫁を得る気はあるか?」
嫁。その言葉にウニニの股間は熱くなった。睾丸が特濃のスペルマを生産している感覚がある。
「嫁…それは、モンスター娘ではない、という意味ですか?」
「そうだ。【正典】には記されている、かつて統一前の世界には、男と女、二つの性があったと。それをキンジョー・テンノー・ユメコが、女たちを連れて月に移り住み、男だけをこの世界に残したのだ。ざっくり言えばな。この世界には、男しかいない。モンスター娘も子をなすことはない。だが、迷宮の深部には、月の女神・ユメコに逆らった女たちが贖罪のために封じられているという。そして、その女たちは…」
「じゅ、受胎させ放題だというのですね!」
ウニニの股間の辺りから、ボイルされた極太のウインナーが鍋の中で「ミチチ」と怒張したときのような音がした。
「そして、母体から生まれた男は、強い。ウニニ、お前も、女の股から生まれた子だ。年に一度、聖皇に謁見するために大公以下貴族たちは聖都に赴くが、褒美としていただけるのが、忠誠の対価としての子宝だ。ウニニ、愛しい我が子よ。聖皇の支配からわずかにでも抜け出し、嫁を探すか、あるいは私と共に聖都に向かうか、今決めなさい」
寝物語を思い出す。父が毎晩語ってくれた、父がなりたかった英雄像。生まれた時に決められた諚を捨て、身一つで迷宮に潜り、数々の宝を得、技を高め、やがて嫁を得て子をなし、自らの国を作る…父の瞳を見てウニニは気づいた。祖父は父に選ばせようともしなかったのだろう。反抗する暇もなく領地経営に忙殺され、その後悔を物語として聞かせ続けたのだ。
「私は、嫁を探そうと思います」
ウニニは父を愛していた。領地経営は驚くほどの多忙さだ、本来ならこのように言って聞かせる時間も取ろうと思わなければ取れない。父はウニニに、子供らしく我儘をやってほしいと願っている。ウニニは大人になろうと思っていた、これまでのヤンチャをやめて、父のような立派な領主になろうと。周囲のウニニへの期待はとても重かった。だが、父は、その期待を裏切っても良いと言っているのだ。
父の愛は深かった。周囲全てを裏切っても良い、お前の人生を生きるんだ、と。ウニニはその愛に応えた。そしてこうも思ったので、言葉にした。
「私は嫁を得て、この地を統べる領主となりましょう。父よ、あなたはその時、本当に良い子を得たと誇ってください。私があなたを誇りに思っているように」
二人の信頼は厚かった。
「ウニニよ。【正典】にあった真実を噛み砕いて伝えよう。難し事ではない。モンスター娘はその他のカードと同じく、迷宮から与えられる物だ、永遠に産まれ続ける。しかし、生身の女は違う。迷宮から奪い取るものだ、奪えば迷宮は壊れる。よってウニニよ、領内の迷宮から生身の女を奪い取ることはしないと約束してくれ。十分に力を蓄えて、他領の迷宮を荒らすのだ」
密談を終えた二人は、邸の中を移動する。迷宮に行くと決めた息子の武がどれほどのものか見極め、また周囲に知らしめるためだ。
大公という地位にある者たちは凍てつく超大陸において、最も熱い場所に座す一族である。それぞれ大公家が支配する迷宮都市を訪れた者は、まずその温度の階梯に、この世界の残酷な階級制を見るだろう。
迷宮という巨大な熱源を中心とした同心円状の地獄である。外縁区はマイナス40度まで温度が下がる。防寒具や熱源なしでは生きることさえ許されない。市民や家臣が住む居住区ですらマイナス10度、人々は暖を取る知恵を生かしながら凍えずに暮らせるが、少しでも寒さへの準備を怠れば凍傷を起こしかねない。
そしてここ、ルプ大公邸は迷宮の真上に位置しており、都市の核でもある。屋根からは絶えず雪解け水が滴り2度から4度の暖かさが保たれている。この建築の特徴は、1930年代半ばから1950年代にかけて、ソ連の国威発揚を目的として築かれたスターリン様式に酷似している。建物の頂点には尖頭が聳え、その上にルプ家を示す氷の紋章。下部は重厚な基壇で支えられ、上部へ向かって垂直のラインを強調している。
壁面には迷宮に向かう冒険者と、迷宮から持ち出されたカードが食料や熱源、モンスター娘となる様子が所狭しと彫られていて、特に異形の怪物たちが人々を威圧するように配置されている。
外観は厳格で威圧的だが、内部は驚くほどの贅沢さだ。
巨大なシャンデリア、赤い大理石の柱、金メッキの装飾。天井は高く、モザイク画やフレスコ画で彩られ、歴代党首の絵や、優秀な迷宮探索者の肖像が飾られている。建物は厳格に左右対称で作られており、人間のサイズを遥かに超えた圧倒的なスケールで建てられた建築が、無知な民にも大公という地位の偉大さを伝えている。
ルプ大公と嫡男ウニニは、大勢の人間が行き交う迷宮の大口に用意された演舞場に辿り着いた。迷宮の大穴は大公の邸内に直径20mほどで封じられており、そこにも優秀な探索者の肖像画飾られている。大公が抱えるモンスター娘が迷宮の探索を終えた探索者達にお茶や白湯を配り、堪らぬと言ったもの達はモンスター娘達の口を使って溜まりに溜まったオス種を処理していた。
すえた臭いを撒き散らしながら、汗に塗れた迷宮探索者が給仕のためにやってきた蜘蛛娘の排泄口を使い獣欲を処理する者もいる。
蜘蛛娘は、迷宮の中層、特に天井が高く複雑な構造を持つ区域に生息する、レアリティ中程度の資源としての魅力も持ったモンスター娘だ。
人間の上半身の肌は陶器のように白く冷たく、迷宮の暗闇に紛れるような黒い甲殻が、まるでドレスや鎧のように肩や胸元を覆っている。髪は銀灰色で、自身の紡ぐ糸のように細く、複雑に編み込まれていることが多い。瞳は通常2つ、額にさらに4つの小さな偽眼を持つ個体もいる、多角的な視界で獲物を捉える。
蜘蛛の下半身は全体が漆黒、あるいは深い藍色の、金属的な光沢を持つ厚い甲殻で覆われている。8本の脚は関節ごとに鋭く、壁や天井を自在に移動するための微細な「吸着毛」が生えており、この8本の脚を巧みに使った脚コキのファンも少なくない。腹部の末端には、糸生成器官があり、ここから資源となる美しく頑丈な糸を吐き出す。
ルプ大公が所有する蜘蛛娘は最低5枚以上のカードが重ねられており、人語を介し給仕も行える。厳しく躾けられており、功績を挙げた迷宮探索者に褒賞として求められることもある。
自らの獣慾をドクドクと蜘蛛娘の排泄口に吐き出した迷宮探索者が、賢者の眼差しで演舞場を見る。そのタイミングを見計らっていたかのように、ルプ大公が拡声器を用いて戦士たちの注目を促した。
「我が国が誇る戦士達よ、しばしの間耳目を開け。本日、私の隣に立つ嫡男ウニニは、諸君らと同じく、迷宮を探索する決意をした。ああしかし、我が息子が迷宮の奥で、誰に見られることもなく朽ちていくのではないかと不安なのだ。
そこで、諸君らが振るう剥き出しの殺意を貸してほしい!もし、この若き後継者の喉笛に刃を届かせた者がいれば、その者にルプ家の名誉と、欲する物を与えよう。土地だろうが、武器だろうが、モンスター娘だろうが、あるいは、我が嫡男としての地位であろうが。
我こそはと思うものは演舞場に列を成せ!」
演説が終わるや否や目を白黒させた探索者達がとりあえず並ぶだけ並ぶか、と並び始めた。ルプ大公の嫡男、震える氷を意味するウニニ。その巨躯に研ぎ澄まされた技を持つ早熟の天才だとの噂は耳にしたことのある探索者も多い。しかしそれが、どれほどのものなのだろうか?日々迷宮でモンスターと鎬を削る、この命を秤にかけて高めた敵を殺める技を、果たして受ける気ことができるのだろうか?
最初の一人に殺されて、この宝くじの行列も終わりかなと考えるものも少なくなかったが、その状況は嫡男ウニニが演舞場の中心に立ったことでガラリと変わった。
男だらけの演舞場に露わになった、戰の神が権限したかのような一糸纏わぬ戦士の肉体。
ウニニの肉体は、17歳の少年としては驚異的なほどに完成されていた。
領主の嫡男という立場から得られる良質な食事と激しい鍛錬の後の迷宮の排熱を利用した岩盤浴。鍛え上げられたしなやかな筋肉は、彫刻のように無駄がなく、漆黒の岩盤に反射する地熱の光を受けて、微かに赤みを帯びている。
そして黒々とした体毛が、その筋肉に言いようのないチラリズムを与えている。男色が当たり前のこの男しかいない世界において、ウニニの肉体は過激なポルノであった。
彼が纏うのは、重厚な黒い褌のみ。
ウニニが拡声器を掴み、煽った。
「私の肉体を物欲しそうに見つめている、猛者ども!どうだ、私を打ち負かして、愛妾にするというのは!恐るな、私が使う武器はコモンのみ、お前達が怯えるようなエピック以上の強力な武器を使うつもりはない!お前達は自らが見せびらかす自慢の武器で、私に恥辱を与えるが良い、この大衆の面前で!腰抜けは私の肉体を見ながら蜘蛛娘に足コキでもしてもらえ」
地響きのようなドlという笑い声が大穴に響いた。それでこそ氷河の戦士、迷宮を犯す強姦魔の首魁である領主の嫡男。これに呼応するように男たちの赤黒い珍の棒がミチミチと音を立てて隆起した。そして腕に自信のないものは、言われるがままに蜘蛛娘の半ばまでレースをまとった8本の足でコカれて馬鹿にされていた。
沸き立つ大穴の演舞場に、巨躯の老兵が躍り出る。”沈まぬ鉄槌””無垢の乙女””対峙する者”の二つ名を持つ男。身長は驚異の2m、岩のような筋肉、全身に傷跡が残るが、背中は全くの無傷。迷宮のモンスターに背中を見せることもなく、また後ろを守る味方から裏切られたこともない。その貫かれたことの無い背中こそ、”無垢の乙女”の由来。そして何より、ケツの穴を貸したことがない。
失われた右腕に装備された大型の破砕杭による、圧倒的な質量による近接圧殺。一撃で勝負を決め、避けられたとしても衝撃波が敵の姿勢を崩す。
「領主の嫡男、いくら才能があっても、経験と才能に恵まれたあの老兵には勝てんだろうな」
と多くの者が思った。一方のウニニは老兵の武器を見て、褌の上に巻きつけたカードホルダーから、カードを直接見ることもなく
ー顕現ー
と声にして、右手に1.5mほどの無骨な鉄の塊が現れた。駆け出しの迷宮探索者が愛用し、護身も攻撃もこなせる打突武器。長い柄の先には重厚なハンマー、片方は鋭利なスパイク。ただ重く、ただ頑丈。しかし、老兵の大型の破砕杭に比べれば、あまりにも頼りない。
破砕杭を構成するのは、直径30cm、長さ1mを超える特殊鋼鉄の芯。先端は尖っておらず、むしろ平坦に近い、点ではなく面で相手を潰すのだ。杭の背後には巨大な薬室が備わっており、自らの意思により爆発的な圧力を発生させ、杭を音速に近い速度で射出する。その威力は数トン。モンスターの装甲がいくら頑丈であろうとも、衝撃が内部を白日に破壊する。
射程は極めて短いが、中層のモンスターを一撃で粉砕する。
対峙した二人が、誰の合図も必要とせず、己が武を誇るように吠える。老兵の右腕―鋼鉄の魔脊柱、大型破砕杭が、内蔵された圧力釜から耳を突き破るような排気音を上げた。シュオォォッ! という白煙が、彼の重装鎧を包み込む。
対するウニニは、ただの鉄杭を無造作に右手に提げ、褌一丁の裸身を晒して立っていた。
老兵が踏み込む。石畳が悲鳴を上げ、砕け散った。 「オォォォーッ!!」 右腕が突き出される。刹那、義手のシリンダーが火を噴いた。ドォォォォン! という爆鳴。音速で射出される鋼鉄の杭が、空気を圧縮し、衝撃波の塊となってウニニの胸元へと迫る。
音速、常人に回避は不可能。防げば肉体ごと粉砕される死の刺突。 だが、ウニニの瞳には、杭が放たれるコンマ数秒前の空気の震えが「既視感」として感じられ、それが勝利への一本道として視えていた。
ウニニは動かない。いや、最小限の動きで、手にしたコモンの鉄杭の先端を、迫り来る巨大な破砕杭の中心ではなく、わずかに外れた角へと置いた。音速の破砕杭の先端に、狙い違わず鉄杭の先端を当てる卓越した技量。
「なに……!?」
老兵の瞳が驚愕に見開かれる。 数トンの衝撃がウニニの細い腕を伝う―はずだった。だが、ウニニは杭を媒介に、ヴォルガの全エネルギーを自身の背後へと逃がしたのだ。 キィィィィィン!!という甲高い音と共に、老兵が体勢を崩した。
ウニニは左手を鉄杭から話、相手の獲物にそっと、音もなく触れて囁いた。
ー隠避ー
老兵の武器がカードに戻される。老兵は即座に負けを認めた。自分が勝てる相手ではない。迷宮探索者は対人での戦闘が決して少ないわけではない。仲間内での実力を見せ合い、鍛錬の一環として、日常的に行われている。戦闘中に武器が隠避されカードに戻されるなどという経験は、余程実力に差がなければできぬこと。
「嫡男殿、参りました。30を過ぎていなければ、いつか再戦をと願えたものを…」
次の相手が老兵をさっさと退かせる。
探索者達の間で”鉄を噛む毒蜘蛛”と呼ばれる狡猾な男。
褌一丁の剥き出しの肉体を晒すウニニに対し、毒蜘蛛は唇を歪めて嘲笑った。蜘蛛娘の糸と甲殻で作られた深い藍色の衣が翻った瞬間、四条の銀閃が空気を切り裂いた。
老兵の肉体を目隠しに利用され、ウニニの反応が遅れる、しかし驚異的な動体視力が、飛来するナイフの軌道を捉える。彼は避けない。あえてその左肩を差し出し、肌に刃が触れた刹那
ー隠避ー
本来なら、カードとなり硬質な音を立てて床に落ちるはずだったそれら。しかし、ガリッという生々しい硬い音が、演舞場に響く。領主がカッと目を見開いた。
ウニニの白い肌に、銀の刃が数センチ食い込んだ。
「無駄だッ! それは鍛冶師が叩いた鉄のナイフ、誰も彼もがあんな得体の知れないものに命を預けてるわけじゃねえ!!」
毒蜘蛛が勝ち誇った声を上げる。だが、ウニニの表情は動かない。ナイフにはその表面に無数の返しが施され、炎に炙られたような痛みを与えてくる。ウニニはその激痛を無視し、彼は指先をナイフの柄に添えると、無造作に引き抜き、それを垂直に、高く、天へと弾き飛ばした。
そして素早くカードホルダーから2枚のカードを取り出す。
ー解毒ー
ー止血ー
あえて回復は使わない。血が止まれば勝てる。そう確信したウニ二は、泰然自若として動かない。
「……モンスターだって叫ぶほどの毒が塗ってあるのにな!」
毒蜘蛛は地を這うような歩法で肉薄する。その両手には、双短刀。そして、マントの内側にはもう二つの腕… 彼の狙いは明白だった。見せびらかすように注意を引かせた双短刀で切り付ける、回避か防御か、判断がコンマ数秒遅れるその隙に、隠した二本の腕で、レア武器心臓喰らいの短槍を肋の間を滑らせるように突き入れて殺す。
毒蜘蛛は自らの武器がウニニの心臓を食い破る姿を幻視した、ああ、これで俺は念願だった蜘蛛娘を手に入れることができる。領主に願えば、さらにカードを重ねて「受胎」の特性を持った蜘蛛娘も手に入る、そうしたら俺は、可愛い可愛い自分の娘たちを、俺の金玉が枯れるまで作りまくる。この市民区に家を借りて、幸せに暮らすんだ。一日休んだら、二日は迷宮に潜ろう。そして帰ったら、また一日孕ませまくるんだ。迷宮から帰るたびに、自分の娘が増えていく。ちょっと待ってくれ、どうして俺はこんなことを考えているんだ、と毒蜘蛛は現状を見つめ直した。
双短刀、折れている。突き出した短槍は、ウニニの手にある。そして自らの両耳が天井から降ってきたナイフで切り落とされている。
「あああああああ!!」
演舞場の後ろに設置された巨大なヴィジョンに、先ほどの光景がスローモーション、そして注目箇所が赤く発光したような競技解説の映像のように映し出される。
毒蜘蛛の放った双短刀が、ウニニの眼前に迫る。 ウニニは、両手の二指――人差し指と中指を、まるで流れる水のようにしなやかに、短刀の腹を摘むように、添えた。
同時に、ウニニが褌一丁の足指で、黒い巨岩を削り出されて作り出された演舞場の舞台ををわずかに掴む。 その瞬間、彼の足裏から、大地の噴熱が迫り上がるようなエフェクト解説が入る。
地球の最深部から噴き上げた熱は脊髄を駆け上がる。全身を巡る巨大なエネルギーの循環。ウニニの肌からは、物理的な熱気が陽炎となって立ち昇り、周囲の空気が歪み始める。その熱が全身の筋肉を通り加速され、両手の二指に収束された瞬間。
パキィィィィィィン!!
鋼鉄が鳴らしたその音は、もはや金属のそれではなく、氷が砕けるような、あるいは魂が悲鳴を上げたような高音だった。
ウニニの両指にかかった圧力は1トンに達した。普通の人間の指は約50kgで粉砕が始まる。見ればウニニの二指は爆ぜていた、しかし、鋼鉄を砕くことができた。人の身で容易くできることではない。
観客席で見守る探索者たちは、今の光景を「魔法」だとは呼ばなかった。二つの指という対価、そして天才的な身体操作のセンス、日々戦いに身をやつす者たちは直感的に感じた、あれこそが玉体、宝石が意思を持ち動いているのだ、と。
ウニニがー回復ーのカードを使い、傷を癒やしている後ろでルプ大公が呟く。
「大当たりだな。ウニニよ。ウニニはあの力を
【パナ ヌカラ】
と呼んでいた、時を再び見るような感覚。生身の女から生まれた男は、異能の力をその身に宿すが、まさ、これほどのものとは」
【パナ ヌカラ】
馴染みのある言葉で言えば
既視感
である。徒手格闘のみならず、あらゆる武器を扱った瞬間に何十年も鍛錬したような既視感を得て、直感的に戦闘を行える。この既視感は多岐に渡るが、特に戦闘においてはウニニを熟練の探索者たちを子供扱いできる頂にまで押し上げていた。
もはや誰も、彼を大公の息子とは呼ばない。ウニニの姿を見た何百という探索者たちの胸に芽生えたのは、ルプ家への中世を超えた、信仰にも似た劇しい熱狂だった。
17の麗しい肉体で、猛者を弄ぶ。あんなオスに屈してみたい。そんな負けん気が強いのか弱いのか分からない者たちが、チンのスティックを硬くしながら列に並ぶ。
後にウニニの二つ名は「欠けた香炉」となる。ウニニの肉体から立ち上がる、えも言われぬ芳香と熱気。失った鼻は神に香りを捧げた証だと言われ、生ける祭壇として扱われた。
演舞はウニニが飽きるまで続けられた。




