夏休みの自由研究
その年、少年が誕生日に貰ったプレゼントは、生き物の飼育観察キットだった。
お手軽に命の大切さが学べて、夏休みの自由研究まで片付くというまさに一石二鳥の代物。
親にしてみても、子供の宿題に付き合わされる手間が省けてちょうど良かったのだろう。
価格に見合った簡素な紙箱の中には、個包装の命の種と紙切れの説明書が一枚のみ。
準備は至極簡単だ。
水槽に土を敷き、水を入れ、定期的に餌を与えておけば、勝手に繁殖して増えていく。
ただ一つ、この生き物が一般的な飼育観察キットのシーモンキーやカブトエビと異なる点は、自ら様々なことを学習して進化していくということで、それだけに飼育していて面白く、子供も飽きずに観察を続けられるというのが宣伝文句の一つだったわけなのだが――。
「ねえ、見て、お父さん。こいつら、水を埋め立てて島を作ってるよ」
「おお、ホントだ。あっちの島とこっちの島にそれぞれグループがあるみたいだから、喧嘩別れでもしたのかもしれないな」
見ると小さな水槽の中に大陸を思わせる陸地がいくつか出来ており、それぞれがグループを作って共同生活を始めているようだった。
「面白いね。みんな、それぞれ自分たちに合った生活の仕方を模索しているみたい」
「そうだな。あっちの白いのは石を積み上げて巣を作ってるし、こっちの黄色のは地面に掘った穴を巣にしてるみたいだ。おお、あっちの黒いのは草や木を積み重ねて巣にしてるじゃないか」
「巣だけじゃないよ。餌だって、狩りをする奴らもいれば、植物を育てて食べる奴らもいる。同じ生き物なのに、どうしてこうも違うんだろうね」
そうして水槽の中で生まれた生き物たちは、水槽内に点在する小さな島々を拠点にしてそれぞれの文化を築き、数を増やして生活が安定する頃になると、今度は他の島々の連中を敵対視して縄張り同士で争いを始めたのである。
「こいつら、何か因縁でもあるのかな。白いのがやけに黒いのを嫌ってるみたいだけど…」
「いや、多分、白い連中は、黒いのも黄色いのも嫌いなんだと思うよ。それよりも見てごらんよ。こっちでは黄色い連中同士で縄張り争いをしているよ。水辺を隔てて隣同士なんだから仲良くすればいいのに」
「ホントだ。互いの領土の真ん中にある、この小さな浮島を取り合ってるんだろうね。こんな小さな浮島、どっちの持ち物でもいいと思うけど……」
少年は観察記録の手を止め、呆れた様子で鼻哂した。
「みんな、自分たちのコニュニティーがほかよりも裕福になることに必死なんだろうね。――いや、単に優越感に浸りたいだけか。自分たちは特別で、ほかよりも強くて優秀な存在なんだって。だから同じ種族なのに争いが絶えない。こいつらはそういう可哀想な生き物なんだよ」
「変なの。同じ時を生きる、同じ種類の生物なんだから、みんなで仲良く幸せになればいいじゃないか。比べる必要なんてどこにもない。生まれた場所や目や肌の色なんて、そんなの生きていく上で大した問題じゃないと思うけどなぁ…」
「そうだな。それでも狭い水槽の中で生きているこいつらにとっては重要な問題なんだろ。国とか、人種とか、そういうささやかな違いがこいつらにとってのアイデンティティであり、誇りなんだと思うよ」
「そういうものなのかなぁ…。僕にはよくわかんないや。だって、国境や人種なんて水槽の中でこいつらが勝手に線引きしているだけの話で、実際のところはみんな同じ星で生まれた、同じ地球人じゃないか」
釈然としない様子で少年が首を傾げていると、その頭を撫でながら自由研究を締めくくるように父親が言った。
「まぁ、何にしてもこんな低知能の多細胞生物が考えていることなんて、俺たちには理解できないよ。ほら、説明所にも書いてあっただろ。人間ってのはひとしきり成長したら、互いに殺し合って滅亡する生き物だって。そんなことより早く観察日記をつけて寝なさい。明日から学校が始まるんだから」




