第6章 「ライバル登場、恋と勝負のはじまり」
セリナのあの「分析」するような目が、頭から離れない。
あれから数日。
リオとのペア訓練は、測定器の水晶球を「真紅」に輝かせないよう、私が必死に雑念(「今日の夕飯なんだろう」とか「天井のシミが魔物に見える」とか)を唱えることで、なんとか爆発(炎上)させずにやり過ごしていた。
もちろん、手をつなぐたびに心臓は暴れ、顔は熱くなる。
私はそれを「無表情」で隠し通し、リオは何も言わない。
微妙な、本当に微妙な均衡。
――このままじゃダメだ。
――このままじゃ、いつか本当に「恋愛禁止」違反で爆発する。
私は、自分のこの「火を吹く」体質と、セリナが言った「炎の色」について、根本的に何か調べ直す必要があると感じていた。
そして放課後、私は訓練室ではなく、学園の巨大な図書館にいた。
放課後の図書館は、静寂そのものだった。
高い天井からは、魔力光のシャンデリアが柔らかい光を落とし、床から天井まで続く巨大な本棚が、迷路のように立ち並んでいる。
空気は、古い紙の匂いと、床を磨くための蜜蝋の甘い香りが混じり合っていた。
ステンドグラスから差し込む西日が、埃を照らしながら床に落ち、そこだけが神聖な場所のように輝いている。
遠くで、誰かが分厚いページをめくる音だけが、かすかに響いていた。
私は「魔力属性と感情の共鳴」に関する専門書の棚を探していた。
セリナの言葉が引っかかっている。
――普通の恋愛魔力じゃ、あんな色にはならない。
――じゃあ、私の炎は「普通」じゃないってこと?
「……あった。『古代魔族における魔力暴走の類型』……って、うわ、難しそう」
背伸びをして、一番上の棚にある分厚い本に手を伸ばす。
指先が、わずかに届かない。
もう一度、ぐっと背伸びをした、その瞬間。
すっ、と別の手が横から伸びてきて、その本を軽々と抜き取った。
「――あ」
「探しているのは、これかい?」
振り返ると、そこにいたのは、知らない男子生徒だった。
私より少し背が高く、整いすぎた顔立ち。
制服は寸分の乱れもなく着こなされ、銀縁の眼鏡の奥から、穏やかな、それでいて全てを見透かすような瞳が私を見ていた。
――うわ、絵に描いたような優等生。
カバンについたエンブレム。
あれは……魔法学院主席の証。
この学園のトップに立つ人だ。
「ミリア・ルーミエルさん。……だよね?」
「え、あ、はい! そうですけど……なんで私の名前……」
内心のパニックとは裏腹に、私は慌てて完璧な「無表情」を貼り付けた。
怪しまれちゃいけない。
火を吹くなんてバレたら、一巻の終わりだ。
「有名だからね。転校初日に校庭を焦がし、数日前には廊下の観葉植物を炭にしたっていう“火吹きのミリア”」
「う……っ」
最悪だ。最悪のあだ名がついてる。
顔がカッと熱くなる。
――だめ、落ち着け!
――この人の前で火を吹いたら、「恋愛禁止」以前に「危険人物」として拘束される!
「あ、いや、責めているわけじゃないんだ」
彼は私の内心の絶叫(?)に気づいたのか、くすりと笑って本を差し出した。
「カイル・ノアだ。よろしく。俺も、その手の“魔力暴走”には少し興味があってね」
「興味……ですか?」
「そう。特に、感情の高ぶりに起因する属性変化――君の炎が、どうしてああも不安定なのか」
穏やかな口調。
でも、その目はセリナと同じ、「分析」する目をしていた。
彼が小脇に抱えている、他の数冊の本のタイトルが目に入る。
『魔界封印と次元干渉』
『失われた竜の血統』
……どれも、私には難しすぎて、タイトルだけで頭が痛くなりそうだ。
「……あの、私、別に不安定じゃ……」
「そうかな? 俺には、君が何か……あるいは“誰か”のせいで、必死に感情を抑え込もうとしているように見えるけど」
――え。
心臓が、どきり、と嫌な音を立てた。
この人、なんで。
私が一歩後ずさると、カイルは一歩近づいてくる。
その笑顔は完璧なのに、目が笑っていない。
「もし良ければ、俺が君の“魔力制御”を手伝おうか? あのドラゴン族の転校生よりは、うまくやれると思うよ」
「……!」
――ドラゴン族の転校生。
――リオのことだ。
なんで、この人がリオのことを……?
私が返答に詰まっていると、図書館の静寂を破る、低い声が響いた。
「――ミリア」
声のした方を見ると、リオが立っていた。
いつもの無表情。
でも、今日はその無表情が、いつもより数倍、不機嫌に見える。
彼は私とカイルを交互に見ると、何も言わずにずかずかと近づいてきた。
その目が、カイルが私に差し出している本(『魔力暴走の類型』)で、ぴたりと止まる。
「……リオ。あの、これは……」
「訓練の時間だ。行くぞ」
「え、あ、でも……」
私の言葉を無視して、リオは私の手首を掴んだ。
――熱い!
手をつなぐのとは違う。
有無を言わせない、強い力。
その熱が、手首から一気に心臓に流れ込む。
――うそ、なんで、こんなに熱いの。
「おや。君が“噂の”リオ・フェルバードか」
カイルが、楽しそうに声をかけた。
「……」
リオはカイルを睨みつけたまま、何も答えない。
眉間に、くっきりとシワが寄っている。
――あ、これ、絶対怒ってる。
――なんで? 私、まだ何もしてないのに!
「訓練中だったようだね。邪魔をしてすまなかった。……でも、ミリアさん」
カイルは、わざと私に向き直って、もう一度、完璧な笑顔を見せた。
「その本は、君の“衝動的な”暴走にはあまり役立たない。もし本気で制御したいなら、いつでも俺の研究室に来るといい。……あのドラゴン族に任せておくのは、君にとっても危険だろうからね。君のその“特別な炎”は、俺が正しく導いてあげるよ」
「……っ」
「……もういい」
カイルの言葉を遮るように、リオが低い声で呟いた。
「訓練の時間だ。……さっさと行くぞ」
リオが、私の手首を引く力が強くなった。
痛い、とか、そういうのじゃなくて。
まるで「こいつに触るな」とでも言うみたいに。
私はカイルにまともな返事もできないまま、リオに引きずられるようにして図書館を後にした。
――なんなの、一体。
――あの優等生も、リオも。
手首を掴むリオの掌が、やけに熱い。
私のせいじゃない。
今、熱いのは、間違いなくリオの方だった。
(第6章・完)




