第2章 バレたら即退学!? 魔法暴走取締委員会
朝の校舎は、いつもより静かだった。
昨日の火災騒ぎのせいだろう。
渡り廊下の窓から見える中庭には、まだ黒く焦げた芝の跡が残っていた。
冷たい風が吹き抜けるたびに、焦げた草の匂いがほんのり漂ってくる。
私は鞄を抱きしめたまま、足早に廊下を歩いた。
――昨日のこと、きっと怒られる。
先生たちの視線が怖くて、うつむいたまま歩く。
でも、本当はそれよりも、彼に顔を合わせるのがいちばん怖かった。
教室の扉を開けると、ざわめきがぴたりと止んだ。
そして、少し遅れて小声が走る。
「昨日の……」「また火、吹いたんでしょ?」「ドラゴンの前でって……」
聞こえないふりをする。
机の引き出しに手をかけながら、呼吸を整える。
目を上げると、そこにいた。
リオ。
相変わらずの無表情で、窓際の席からこちらを見ていた。
その目は何も言わないのに、すべてを見透かしている気がする。
――ねえ、笑えばいいじゃない。
「相変わらずだな」って、昨日もそう言ってたじゃない。
なのに、今日のその顔はなんなの。
私は何か、取り返しのつかないことをしたの?
心の奥がぎゅっと痛んだ。
けれど、表情は変えない。
無表情を貼りつける。それが私の防御。
担任が入ってきて、教卓に分厚い書類を置いた。
「昨日の件で、暴走魔力の調査が入る。関係者は放課後に取締委員会室まで来なさい」
その言葉に、クラス全体がざわつく。
放課後。
私は呼び出された通り、旧校舎の一角にある「魔法暴走取締委員会室」に向かった。
* * *
そこは、まるで古い研究室のような部屋だった。
壁一面に魔法陣の写本が貼られ、机の上には魔力測定器や封印結晶が並んでいる。
空気は少しひんやりして、かすかに薬草と焦げたオゾンの匂いが混ざっていた。
窓の外では、夕陽が差し込み、赤い光が床の埃を照らしている。
「入れ」
低い声。
リオがいた。委員会の制服を着て、腕を組んで立っていた。
「……え、なんで、あんたが」
「俺も昨日、現場にいたからな。調査対象だ」
それだけではなく、彼は少しだけ肩をすくめた。
「……もっと正確に言うと、“特例”だ。俺も調査対象だが、ここの制服を着るよう言われた。ドラゴン族の俺がいた方が、お前の暴走を抑えやすいだろ、だとさ」
「特例……?」
「ま、便利な言葉だよな」
小さくため息をつく。その口調は淡々としているのに、どこか照れくさそうにも見えた。
胸の奥がざわつく。
近くにいるのに、遠い。
昨日のあの温かい掌が、まるで夢みたいに遠い。
向かいの机に座ると、監査官のような厳しい顔の先生が現れた。
「ルーミエル、昨日の暴走について説明を」
声が冷たい。
私は深呼吸して、できるだけ淡々と答えた。
「訓練中に、魔力球が反応して……反射的に防御魔法を展開しようとして……」
「結果として、火を吹いたと」
「……はい」
「なぜ制御できなかった?」
答えられない。
――だって、理由は“彼”なんて、言えるわけがない。
沈黙を破ったのは、リオの声だった。
「魔力球の起動は想定外でした。彼女が暴走したのは事故です」
淡々とした声。
でも、その一言で先生の視線が少し柔らいだ。
「……そうか。フェルバード、君がそう言うなら、再教育プログラムを受けさせよう。二人で」
「二人で?」
私の声が裏返った。
「そうだ。最近、学園内で所属不明の“干渉魔力”が観測されている。今回の暴走がそれと無関係だといいが……」
先生はそう呟くと、一瞬、誰もいないはずの廊下へ視線を向けた。
「はい。ペア訓練で暴走制御を行う。今週から放課後、毎日だ」
先生が退室したあと、静寂が訪れた。
リオが机に手をつき、ため息をつく。
「また面倒ごとを増やしたな」
「……別に好きで火を吹いてるわけじゃないし」
「わかってる」
その言い方が少し優しくて、余計に腹が立つ。
「じゃあそんな言い方しないでよ」
「注意しろって言ってるだけだ」
「してる!」
言葉がぶつかる。
沈黙が落ちる。
彼は視線を逸らして、窓の外を見た。
夕陽が彼の横顔を赤く照らし、その瞳に炎の色を落としていた。
その光が綺麗すぎて、胸の奥が痛む。
私は何を怒っているんだろう。
彼が優しいのが、悔しいだけ。
「……で、ペア訓練って、何するの?」
「手をつなぐ」
「は?」
「感情共鳴を測るには、直接触れた方が早い」
「そ、そんな……!」
思わず立ち上がる。
心臓が暴れてるのがわかる。顔が熱い。
昨日だって、手を触れただけで火が出かけたのに。
「やるぞ」
リオは無表情のまま手を差し出した。
その手の形を見ただけで、昨日の記憶が蘇る。
――その掌の温度。あの時の心臓の音。
「……本気で言ってるの?」
「命令だ。拒否したら再教育じゃなく退学処分になる」
「退学!?」
「そういう委員会だ」
深呼吸。
私は無表情を貼りつけたまま、そっと手を伸ばす。
指先が彼の手に触れた瞬間、胸の奥がぱちりと弾けた。
熱が指を這い、腕を伝い、心臓の奥へ突き刺さる。
――だめ、落ち着け。
呼吸を整えようとするのに、息が震える。
その震えを悟られたくなくて、唇を噛んだ。
「……やっぱり、制御できてないな」
リオの声が、少しだけ柔らかく笑っていた気がした。
私は顔を上げられなかった。
見たらまた、火を吹きそうで。
夕暮れの光が差し込む部屋で、私たちは手をつないだまま立っていた。
外では風が、古い窓をかすかに鳴らしている。
世界の音が全部遠くなって、鼓動の音だけが響いていた。
――再教育なんて、嘘だ。
これはきっと、罰じゃなくて試練。
私の心が、彼に触れるたびに燃えそうになるのを、どうにかして抑えろっていう試練。
でもそれを彼が知ってるのか、知らないのか。
その答えが怖くて、私は目を閉じた。
ほんの一瞬、風が止んだ気がした。
その静寂の中で、彼の声が小さく響く。
「……次は、ちゃんと制御してみろ」
「……うるさい」
そう答えたけれど、頬の熱はもうどうにもならなかった。
――その時、ふと背筋に冷たいものが走った。
まるで、この部屋ではないどこか遠くから、じっと見られているような……。
慌てて廊下側の窓を見たが、夕闇が濃くなるだけで、人影はなかった。
(第2章・完)




