第13章 「七年後、再会の鐘が鳴る」
あれから、七年。
学園都市に、七度目の春が巡ってきた。
あの日、私たちが炎と水で半壊させた講堂は、完璧に修復されている。
高い天井から差し込む光が、新入生たちの緊張した横顔を照らしていた。
空気は、新しい制服の匂いと、壇上に飾られた花々の甘い香りで満ちている。
私は、その講堂の端、教員席の末席で、誰よりも緊張していた。
生徒としてではなく、この学園の「新人教師」として、初めての始業式を迎えていたからだ。
「――以上で、新入生の紹介を終わります。……さて、皆さんに、もう一人、紹介したい者がいる」
壇上で、校長先生(元・監査官の先生だ)が、厳かに告げた。
生徒たちが「えー」「誰だろ」とざわめく。
私は、この後のホームルームの段取りで頭がいっぱいで、その声をぼんやりと聞いていた。
七年。
学園を卒業し、大学で魔法制御学と教員免許を取得し、私はこの学園に帰ってきた。
あの日、彼を見送ってから、私は変わった。
感情を殺すんじゃなく、感情と「向き合う」ことを覚えた。
おかげで、この七年間、一度も火を吹いていない。
(料理中、お弁当の卵焼きを焦がしそうになった時は、ちょっと危なかったけど)
――ただ、待っていたかったから。
――彼が、帰ってくる場所で。
「……魔界からの、**特別交換“顧問”**だ。“門”の定期監査と、魔法制御の専門家として、本日付けでこの学園に赴任される」
「ま、魔界から……顧問……」
その言葉に、心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
…まさか。
まさか?!。
七年だ。七年も、経ったんだ。
今さら、そんな、都合のいいこと……。
「リオ・フェルバード“顧問”。……壇上へ」
校長先生が、その名前を呼んだ。
講堂の扉が、開く。
そこに立っていたのは。
春の光を背負って、一人の青年が、ゆっくりと壇上へ歩いてくる。
七年前より、ずっと背が高くなった。
あの頃の、少年のような危うさは消え、今は、静かな自信を湛えた「大人」の男の人の顔をしている。
仕立ての良い、教師用の黒い制服(タキシードに近いデザイン)を着こなしている。
でも。
黒髪に、少しだけ金の混じった瞳。
その光は、変わらない。
時間が、止まった。
呼吸の仕方を、忘れた。
彼が、壇上の中央で立ち止まり、マイクの前に立つ。
その視線が、客席をゆっくりと見渡し、そして――。
教員席の端で、凍り付いている私を、まっすぐに見つけた。
――目が、合った。
彼が、ふ、と笑った。
あの、文化祭の時にだけ見せた、少年みたいな笑顔で。
「……今日からこの学園でお世話になる、リオ・フェルバードだ。専門は“門”の安定化と、古代竜魔術。……よろしく頼む」
生徒たちの、どよめき。
「え、あのリオ・フェルバード!?」
「“門”を閉じた英雄だ!」
「かっこいい……」
「てか、若い!」
――うるさい。
――うるさいうるさい!
――かっこいいのは知ってる!
私は、手に持っていた生徒名簿を握りしめすぎて、紙がぐしゃぐしゃになるのを必死に堪えた。
顔が、熱い。
今、私、絶対「先生」の顔してない。
七年ぶりに、火を吹きそうだ。
リオは、私のパニックなどお構いなしに、全校生徒に向けて、こう続けた。
「……特に、新任の**ミリア“先生”**には、魔法制御の基本から、しっかりご指導いただこうと思っている」
――ミリア“先生”だと!?
――しかも全校生徒の前で!!
講堂中の視線が、一斉に私に突き刺さる。
生徒たちも、同僚の先生たちも、みんなニヤニヤしながら私を見ている!
この野郎。
わざとだ。
絶対に、私をからかってる。
自分の方が「特別顧問」で立場が上なのを、いいことに!
私は、内面の絶叫を、寸前で飲み込んだ。
深呼吸、深呼吸。
私は先生、私は先生……!
私は、壇上の彼に向かって、ぐっと親指を立て
――そのまま、下に向けた(ブーイングの形で)。
リオは、それを見て、また楽しそうに肩を震わせていた。
* * *
放課後。
生徒たちが全員帰った、私のクラス(一年C組)の教室で、私は一人、教卓に突っ伏していた。
――心臓に悪い。
――あまりにも、悪すぎる。
「……いつまで、そうしてるつもりだ。先生」
背後からの声。
いるのは、わかってた。
ゆっくりと顔を上げると、リオが、教室の後ろの扉に寄りかかって、こちらを見ていた。
夕陽が差し込み、あの、最初の転校の日と、まったく同じ光景がそこにあった。
「……うるさいな、顧問は。新人の視察ですか?」
精一杯の悪態をつく。
でも、声が震えてしまう。
「……ああ。ただいま」
私の悪態を無視して、彼が言った。
その声が、あまりにも優しくて。
コツ、コツ、と、あの日の靴音が近づいてくる。
彼が、教壇の目の前で、立ち止まった。
見上げる私と、見下ろす彼。
七年前とは、本当に、立場が逆転だ。
「……おかえり。……遅すぎる」
「……ああ。“門”の安定化に、思ったより時間がかかった」
沈黙。
先に口を開いたのは、彼だった。
「……ミリア」
「……ミリア“先生”でしょ」
「……ミリア」
彼は、私の憎まれ口を無視すると、そっと手を伸ばしてきた。
あの日、私が振り払ってしまった、手。
七年前より、ずっと大きくなった、男の人の手。
今度は、私が、その手を取る。
彼の手が、私の火傷の痕が残る手に、優しく触れた。
その瞬間、涙が、溢れた。
七年間、我慢、してたのに。
「……っ、ばか」
「……馬鹿はお前だ。……ちゃんと、待ってたのか」
当たり前でしょ。
声にならない声で答えると、リオは、教壇を回り込み、私の腕を引いた。
抵抗する間もなく、彼の胸の中に、包み込まれていた。
七年ぶりの、再会の抱擁。
ボロボロじゃない、しっかりとした体。
懐かしい匂い。
全身に、彼の「温かさ」が染み込んでくる。
「……ミリア」
耳元で、低い声が囁く。
「……約束、果たしに来た」
「……え」
「“門”は、塞いだ。……だから」
彼が、ゆっくりと体を離す。
その目が、どうしようもなく真剣で。
「……腹、減った」
「…………は?」
私は、抱きしめられたまま、固まった。
「……だから、腹が、減った。……“弁当”。約束だろ」
そう言って、彼は、あの、七年前に見た、最高に意地悪な顔で、笑った。
(第13章・完)




