かぷめん炊き込みご飯で炭水化物祭り
「領主様がお会いになるそうだ。明日の昼、フィーダまで迎えの馬車を出してくださるから、昼前に迎えに来る」
「で・す・よ・ねー」
カップ麺にお湯を注ぎながら、わたしは大きく息を吐いた。
権力者が下々の者にお会いになるのに、このスピード感は異例のことなのかもしれない。けど、わたしとしてはもう少し準備期間が欲しかったような、気が重いイベントは早く済ませてしまいたいような微妙な気分だ。
「……すごい匂いだな。これは薬湯か?」
今用意しているのはカレーヌードル。長く日本人に愛されてきた定番のカップ麺だ。
「薬草みたいなものは入ってるけど、これはスープ代わり。カレー味って向こうの世界だと人気があるんだけど、こっちでも受け入れられるかどうか知りたくて」
「人気!? そりゃ、薬臭いのに無性に腹が減っておかしな気分になる匂いだが、薬なんて高いものをそっちの世界じゃ飯に入れるのか」
「これはスープだけど、トロミをつけたシチューみたいなものにして、ご飯にかけて食べたりするの。手軽に食べられる家庭の味だったのよ」
はぁー、と感心するブレッドの前に、今日のおむすびを置く。
今日のおむすびは、炊き込みごはん。
今後おむすび屋さんをやるとしたら、主力商品になる予定の一品だ。
「前に食べてもらったときは味がないのがネックってことだったから、味付きにしてみたの」
「言われれば、この間のとは色が違うな」
ブレッドは躊躇なくバクっとおむすびを口にした。むぐむぐと嚙んで飲み込むと、立て続けに一口、二口と食べ進める。
「うん、悪くない。けど、これも今までには食ったことのない味だな。これは塩っ気も油っ気もあるから、食いごたえもあって腹に溜まりそうだ」
「調味料も向こうのものを使っているからね」
何を炊き込んだのかというと……これまたカップ麺。
天ぷらそばを粉々に砕いて、付属調味料を加えて炊き込んでみました。
美味しく作るには、浸水をちゃんとするのと、やや水加減を多めにするのがコツ。麺や乾燥かやくが水を吸う分、普段炊くご飯の一割程度水を増やすの。それから炊くときはコメの上に炊き込むものをそっと乗せて、混ぜたりしない。具も調味料も入れるのは火をつける直前。蒸らしもしっかり時間をとること。これらに気を付けると、お米に芯ができたりする心配がだいぶ少なくなると思う。
インスタント麺、意外に賞味期限短いのよ。
大体半年で賞味期限切れになっちゃう。それなのにカップ麺だけで180個もあって、さらに袋麵なんかも合わせると、一年分くらいある。
退職やら引っ越しやらでハイになってたから買い込んじゃったけど、どう考えてもやらかし以外の何物でもない。ケース買いしているので、それぞれ12個ずつ15種類のカップ麺と、大体五食分の袋麺が20種類ほど。あとは期間限定商品が&more。
出汁味が受け入れられそうなら、これも売り物にならないかなって。
カップ麵自体、売るほどあると言えばそうなんだけど、そのまま売るには種類がありすぎるし、賞味期限の概念が通じるかもわからないから、その場で食べてしまえる形にして売らないと、いつまでも取っておかれたら怖い。変な匂いがするけど見慣れないものだし、こういうものかも、なんて食べて具合でも悪くなられた日には、目も当てられないじゃないか。
わたしがこっちの食材に慣れるために、こちらの食材を使ったメニューも考えてはいるけど、まずは日替わりでカップ麺炊き込みご飯でいけたらいいな、と思っている。缶詰とか、他にも消費していかないといけないものもあるしね。
「はい、スープ」
カレーヌードルですが。カップ麵て、他人が食べてると自分も食べたくなるよね。
そんなわけでわたしのお昼も、カレーヌードルと天ぷらそば炊き込みおむすび。
カップ麺とカップ麺とご飯、って炭水化物祭りだわ。脂質も多いし、しょっちゅう食べてたら確実に太るやつ。肌も荒れそうでイヤン。
持ってきた野菜類が心許ないから、町まで行くのなら、野菜類を買ってこられたらいいなぁ。可能ならお肉もあると嬉しい。
衛生状態は怖いけど、家庭用医薬も入手したのは心強いぞ。
「……この薬湯、美味いな。ぴりってするけど、ちょっと甘くて、肉の味もして、いろんな味がする。うまい、うまいぞ。この長いのも、うまい。食いにくいけど、うまい」
啜れないからか、はぐはぐとフォークで口に掻き寄せるようにして、ブレッドは夢中でカップ麵をむさぼっている。
「あっ」
夢中になりすぎたのか、カップの側面をフォークで突き破ってしまい、スープが零れた。
「わ、わ、わ……すまない。器を壊してしまった」
申し訳なさそうなブレッドだけど、これ以上スープをこぼすのが惜しんで、カップを手にしたままオロオロしている。
「器は使い捨てのものだから問題ないけど、服は大丈夫? 入ってる香辛料は染め物にも使われるくらいだから落ちないよ」
「服は大丈夫。少し袖に染みたけど、元々いろんなシミがあるから目立たない」
「えぇー……」
ブレッドはこれ以上スープをこぼさないためにか、ぐっとスープごと残りを飲み干してしまった。
最初に見た時も煮しめたような色だとは思ったけど、それでいいのか。
「それよりこんなにおいしいスープをこぼしてしまってもったいないことをした。もっと落ち着いて食えばよかった。ところで、この器が使い捨てとはどういう意味?」
テーブルを布巾で拭いているわたしに、ブレッドが不思議そうに問いかけてくる。
「この器はこのスープ専用の包装を兼ねていて、食べ終わったら捨てるように作られているんだよ。だから壊しちゃったからって申し訳なく思う必要はないからね」
「は!?」
ブレッドは驚いて大きな声を上げると、カレーヌードルの表を見て、裏に返し、フォークでつつく。
「こんなに凝った意匠で、水も零れなくて、確かに強度は低いが、丁寧に扱えば壊れたりもしなさそうなものを、一回限りで捨てる!? しかも香辛料もたっぷりで、これでも貴族用の食事じゃないのか?」
「どちらかというと、お金持ちはあんまり食べないんじゃないかな。むしろ庶民の味方だね」
「はぁー……」
疲れ果てたみたいにブレッドはしみじみと大きく息を吐いて、おむすびにかじりつく。
「おむすび、一食分にいくつ包んだらいいと思う?」
「一食分か……俺は結構食う方だしな。ふたつでキャベツを挟んだパンを1個食べたぐらいの腹具合かな。こどもや女ならそれで済むはずだが、俺はこのおむすびならいくらでも食える」
ひとつの皿に乗せていたせいで遠慮していたのか、3つめのおむすびを食べてしまったブレッドは、名残惜しそうにまだ残ったおむすびを見ている。
「よかったら好きなだけどうぞ」
「催促したみたいですまない」
カレーヌードルも食べたし、わたしはおむすび一個でむしろ食べ過ぎたくらいだったのだけど、ブレッドは結局6個もおむすびを食べた。
今回も2合炊いたお米だけど、一合に一個でカップ麺二つ入ってる分、いつものサイズのおむすびが7個出来てる。二個で一人前とするなら、ブレッドはカレーヌードルを除いて三人前食べた計算だ。
戦闘職だからかよく食べる。
食後にはさっぱりしようとお茶を出すと、ブレッドはもはや何の疑いもなく口にして一息つく。
「この薬草茶もほんのり苦味があって美味いな。リサのところで出るのは美味いものばかりだ」
「今日出したものもほぼ保存食だからね。向こうの世界の保存食が美味しいんだ」
「聞けば聞くほどすごい世界だな」
そういえば、とブレッドは不思議そうに聞いてきた。
「砂糖と粉のミルクが入っていた器も破っていただろう? そちらの世界ではなんでもその『使い捨て』なのか?」
「いや、そんなこともないけども。でもこちらの世界に比べたら使い捨てのものは多いかもしれない」
「とんでもないな。まさか、あのエールが入っていた美しい金属の缶も……」
「リサイクルと言って、鋳つぶしてまた金属として使いまわしはするけど、基本的に使い捨てかな」
「潰すなんてやめてくれ! あんなに綺麗なんだから、飾っておくだけでも価値があるはずだ」
「洗ってから飾っておいてもいいけど、酒飲みにとって価値があるのは中身だからねー」
話をしながら、グラスにウィスキーを注ぐ。
いぶかし気にブレッドが私の手元を見た。
「そんなに少ししか注がないなんて、それはよほど高いものなのか?」
「高いといえば高いけど、高いのはアルコール度。酒精が強いってヤツだね」
グラスを渡すと、流石にブレッドは恐る恐る匂いを確かめる。
「本当に酒精が強いな。こうして匂いを嗅いだだけでも酔いが廻りそうだ」
「エールの7〜8倍は強いお酒だから、無理はしないでね」
「おぅ」
好奇心には勝てなかったのか、一口ぐいっといって途端にむせた。
「こ、これ、ドワーフの火酒ってヤツじゃないのか!? 喉が焼けたぞ!?」
「だから無理はしないで、って言ったのに。ストレートで飲む時は、香りを楽しみつつ、舐めるように飲むものですよ」
この三日でかなり使えるようになった魔法で、ブレッドのグラスに氷を落としてあげる。魔法でできた氷だから、透明度が高く真球に近いのが素敵。自分のグラスにも同じように氷を入れてから、どちらにも炭酸水を加えてステアする。
飲んだ分、ブレッドの方はかなり薄くなっただろうけど、チェイサー代わりということで、それはそれで。
「あぁ、これは……酒精の刺激が弱まったせいか、華やかな香りがむしろよくわかるな。元の酒の味がしっかりしているからか、ただ薄めたという感じでもない」
「どう? 領主様にお渡ししても大丈夫そう? 領主様にお会いするのに何の手土産もなしっていうのもなんだから。手土産にお酒は鉄板でしょ」
銘柄は……ヤーモンクスって読むんだろうか。素朴な陶器にコルクの栓で、似たようなのが幾つかあったうちの一つ。ウィスキーはあんまり飲まないからわからないんだよね。
「献上品を飲んじゃ不味いだろ」
さっと顔色を変えたブレッドに、軽く手を振る。
「ヘーキヘーキ。怪しかったので毒味しておきました、って言っておきなよ。口に入るものなんだし」
「それもそうか……?」
それこそストレートで飲んでるみたいにチビチビ啜り始めたブレッドは、そういえば、と顔を上げた。
「金属の筒に入ったエールも、まだあるようなら手に入らないか、と言われた。すまないが、もし残っていたらそちらも譲ってもらえないか?」
「……それは構わないけど、エールって庶民のお酒でしょ? 領主様ともなればワインとか飲むんじゃないの? 知らんけど」
マフィアの膝には猫がいる、みたいな単にイメージの問題で、普通に飲むのかもしれないけど。
「え? さぁ? 俺が報告したから興味を持ったんじゃないか?」
「どんな報告したのよ……」
「あちらの世界の飯と酒をご馳走になったんだが、エールが金属の筒に入っていた、と。あとはどんな筒だったか聞かれたから、薄く均一で様々な色柄があったが、どれも綺麗な絵だった、としか」
「ふむぅ……」
ビールも売るほどあるし、譲るのはもちろん構わない。でもパッケージはなー。
「柄が綺麗なものは一昨日飲みきっちゃったんだ。他のものならあるけど……そっちも毒味がいるわよね。しょーがないにゃー」
また昼からお酒を飲むことになるけど、確認は必要だから仕方がない仕方がない。今日はウィスキーを軽く確認するだけで済ませるつもりだったけど、領主様に失礼があってはいけないもんね。
物置から日本大手メーカーのビールを3種ばかり出してくると、ボールに氷を入れた。
「氷なんか出してどうするんだ?」
「あちらの世界のビールは冷やして飲むって言ったでしょ?」
ウィスキーソーダをチビチビ楽しみながら、ボールの中で2本入れた缶をクルクル回す。普段使いのビールは、量の調整が利く350ml缶。氷が出せるようになったおかげでビールが冷やせるのが嬉しいね。クーラーボックスも活用できそうだし。氷の量も調整できるし、魔法で出した氷は不純物が少ないのか溶けにくい気がする。ただ、保冷剤を凍らせることは出来なかったから、今後の課題だな。
ついでに持ってきたツマミは、やたらにある焼き鳥缶。わたしも買い込んだけど、おばあちゃんの遺産にも一箱あったのだ。一個じゃなく、一箱。
「しかし、飲み物に入れるとか、酒を冷やすとか、そんな魔法の使い方をするヤツ、聞いたことがないぞ」
「そうなの? 氷なんて物を冷やすくらいしか使い道ないじゃない」
「そんなことはない。氷雷の貴公子なんてソロでファイヤーバードを倒すという話だ」
「へー、氷属性の魔法で戦うんだ」
やっぱり、ダイヤモンドダストー! とか、叫ぶんだろうか。
「氷属性の魔法使いって、やっぱり本人もクールで『ここで永久に凍ってろ』とか言っちゃう感じ?」
額に指先を当てて、ふっとキザっぽく笑って見せると、ブレッドは失笑さえしてくれずに呆れた顔をしている。
「誰だ、それ? 聞いた話だと、氷の貴公子はあまり人を寄せ付けない方らしいけどな。氷雷の貴公子の二つ名も、属性だけじゃなく戦い方と立ち居振る舞いからきてるそうだ」
「あ、やっぱりそういうキャラなんだ」
「っ……この甘いの肉か! 肉なのに甘くてしょっぱくて美味いな!」
焼き鳥をつまんだブレッドが脈絡なく声を上げた。
「これは缶詰って言って保存用に加工した物だけど、向こうでは焼き鳥って言ってね、串に刺した鶏肉を焼いて、塩だったり、こういう甘辛いタレをつけて焼き上げる料理があるの」
「美味いけど、量が少ないのが難点だな。こんなにぽっちりじゃ舐めただけでなくなる」
「ブレッドならそうでしょうねぇ」
話している間に、いい感じにビールも冷えたので、缶を開けてブレッドに渡す。ちゃんと次に冷やしておくビールと入れ替えるのも忘れない。
「っぷはぁっ。これは苦いな。柔らかく心地いい苦味がある。口当たりの優しさがいいな」
早速ビールに口をつけたブレッドが嬉しそうに感想を述べた。
「先日飲ませてもらったエールと比べると、どれも落ち着いた味だが全部美味すぎないか。変な甘さがないから、ツマミにする肉が甘いのも頷ける。甘いものも塩気のあるものも、これらのエールはさっぱり洗い流してくれるからな」
領主様にお持ちする予定のビールを飲み比べたブレッドは美食家みたいなことを言い出した。
気に入っていただけたようで何よりです。
ボールから溶けた水を捨てて、氷を足していると、それをブレッドは羨ましそうに見ている。
「氷の大きさも自由自在じゃないか。それほど氷魔法が使えるなら、戦力として期待されるかもな」
「え!? 戦力!? ノー! ノーノー! 戦うとか無理だから。確かにこの氷をぶつけたら痛いし、冷たくてビックリするかもしれないけど、こどものイタズラかってんですよ」
友達の背中に氷のカケラを入れるとか、やったなぁ。場合によっては心臓麻痺とか起こすかもしれないけど、わたしの氷魔法の殺傷能力なんてそんなモンですよ。
凍りやすいはずの保冷剤すら凍らせられない女に、戦闘力なぞ期待しないでほしい。
「そうか? 学べば戦えるようになりそうだが」
「万が一、戦えるようになったとしても、戦いたくなんかないね。運動音痴だし、痛いの嫌いだし、血も出来れば見たくない。飲み物に氷を入れられて、冷やしたお酒を美味しく飲めるなら、それで充分。戦うのはブレッドに任せるよ」
何と戦うのかは知らんけども。
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