祖母の遺産
飲んでいたのが早い時間だったからか、翌日に酒は残らず、普段通りに起床した。
朝食は千切りにしたキャベツとにんじんと玉ねぎを甘酢とマヨネーズで和えたものを、チーズとハムと一緒にパンに挟んだホットサンド。マヨネーズもめんつゆと同じく開封してしまうと要冷蔵庫なので使いづらかったのだけど、氷魔法を使えるみたいで助かる。クーラーボックスは冷蔵庫代わりにはちょっと心もとないけど、それでもないよりは全然マシだ。
「こういうパンもこれで食べ納めよね」
ホットサンド用の8枚切りが一斤あったのが、残り6枚。こちらのパンがどんなものかはわからないけど、ほんのり甘いふわふわモチモチの食パンは日本独特のものらしいから、多分ないはず。こちらのパンて、サワードゥとかビールで焼いたパンで、固かったり酸っぱかったりするんだろうか。ブレッドの服装を見るに、精製技術も品種改良も期待できそうにないし、白いパンにはもう会えないかも。
現金なもので、もう食べられないかと思うと無性に惜しい。
「牛乳と卵も早めに消費しちゃわないと」
昼と夜は昨日の夜に食べるはずだったバゲットにしよう。昼はフレンチトーストとカフェ・オ・レかな。食べきれなさそうだったら、薄切りにして乾燥させてラスクにでもしよう。多分直火でもいけるはず。
ブレッドが報告に向かったが、領主の娘のしでかしでもあるし、いずれ領主には会うことになるかもしれない。
商売を始めるにしろ、領主に会うにしろ、まずは武器となりうる手持ちのカードを確認しなければ。
お会いする時には何か手土産があった方が心象はいいよね。一応候補はあるけど、他にも何かあるかもしれないし。
このプレハブがある敷地には、居住用のプレハブの他に大きな物置がある。空いていた物置の半分くらいにわたしが買いあさったものが詰め込んであるが、残りは祖母が備蓄していたものだ。
時間はたっぷりあるのだから暇になったら整理しよう、くらいに考えていたのだけど、消費期限や賞味期限を考えて改めて整理しておいた方がよさそうだ。
ブルーシートを広げて、まずは素性のはっきりしている自分で購入したものを引っ張り出し、次いで、農機具などの使用期限がなく、見ただけで何に使うかわかる道具類をまとめておく。
後からわたしが購入したものは適当に突っ込んでいたので、この時点でもうしんどい。
遺産が入って舞い上がっていたのと、家族との話し合いがちょっとしんどかったのと、会社に行くのが嫌になっていたのとで、散財の見本みたいな買い物の仕方だ。
貴金属や衣料品を買いあさったわけじゃなく、大きな買い物と言えば買い換えたトイレと車ぐらいなんだけど、買い込んだ食料品が、まぁひどい。
缶詰をはじめとした賞味期限長めのものが多いとはいえ、あれもこれもとケース買いしたこれらを私一人で食べきれるとは到底思えない。カップ麺もだけど、カットトマト32個入りとか、焼き鳥缶24個入りとか、どうするつもりだったの。
各社のビールをいろいろ揃えるとか、我ながら酒クズぅ。しかも、お金があるから発泡酒じゃなくてプレミアムビールにしよ、っていうね。冷蔵庫もないのにビール買い込んだのも謎。
一つ一つの単価は小さいものの、賞味期限があることを考えたら、ブランド品を買いあさった方がまだマシなくらいだ。
こっちの世界に来なかったとしたら、大半を無駄にしていたことだろう。
SDGsに逆行する女、それがわたしです。
地球を笑顔にできないから、地球からハブにされたのかしら。
いかんいかん、無駄に暗くなってしまった。
祖母の遺産には、わたしが買い込んできたものと、結構重複したものが見つかった。
草刈ガマやスコップなんか、何本もあってどうすんの。
手斧があるのは心強いけど、使い方がわからないものも結構ある。
猪八戒が持ってそうな櫛みたいな鍬はどう使うの? まさか武器とか言わないよね。
三角形で刃に角度の付いた鍬なんて、攻撃力が高そうすぎる。ワイヤーで出来たうちわみたいなのなんか、鉤爪付きで忍者が壁を登るのに使いそうだ。
あとは、有機肥料に液肥、種イモの消毒に使うらしいシリカとやらと、肥料の分解を促進するぼかしと書かれたおがくずみたいなの。それから牡蠣殻入りと書かれた有機石灰。
本格的に農業をするつもりだったんだろうか。
その割に裏庭は荒地みたいになってるんだけど。
農業はやったことがないけど、いい畑は土が黒くてふかふかしてる、みたいなイメージがある。裏庭は茶色くひび割れていて、野生化している野菜たちはど根性で生き延びていそうな感じだ。
いざ備蓄を整理してみて、祖母が何を目指していたのかがわからない。
あとは植物の種。
食用種の種は言うに及ばず、菜種、綿、麻、クローバーなんてものもある。
一体どこを目指していたのか、新世界への船出でも考えていたのだろうか。
「確か、種って実はそんなに持たないんだったよな……」
いつまででも保管しておけそうなイメージのある種だが、実際には長期保管すると発芽率が著しく下がってしまう。
種と言っても生き物であることに変わりはないからだ。
それから通路を作って逆側には雑貨と食品関係のもの。
ぱっと目に付くのは業務用の寸胴鍋で、イベントの時に使われていそうな大きな金色の両手鍋がいくつかサイズ違いで上に積まれている。各種包丁と、ラップされたまな板。ズドンとした輪切りの木材も中華のまな板だろうか。未開封のカセットコンロが2つにガスボンベ。これも私が購入したものと被っている。消耗品のガスボンベはいいとして、キャンプ用携帯バーナーもあるし、カセットコンロも3つはいらない。
あぁ、物置を確認してから買い物をするべきだった。
いや、壊れてもスペアがあると前向きにとらえるべきだろうか。
カセットコンロなんて作りが単純な分、そう壊れるとも思えないけれど。
それから、なんだかわからなくて確認したのが、ロール状の白い木綿布が一巻き。こんなの、問屋じゃなくても買えるんだ。手芸店で切り売りしてるのしか見たことがなかったよ。
トイレットペーパー、ティッシュに、石鹸、晒とガーゼも箱である。
「あ、医薬品も揃ってるの助かるー」
胃腸薬に鎮痛剤、風邪薬と消毒薬に湿布なんかも入った救急箱があった。
コレはプレハブの方に持って行っておこう。
わたしも引きこもるつもりだったのに、この辺りはすっかり抜けてたな。絆創膏ぐらいは普段からポーチに入れてるけど、あれ、いつから入ってるヤツだろう。
生活必需品が大量にあるのはまだわかるとして、使用意図のわからないものもある。
ペットがいるわけでもないのに、ペット用シーツと猫砂が箱であるのはなんでなんだろう。粉ミルクに至っては、もう何がなんだか。人間の赤ちゃん用もあるけど、大人の胃腸に優しいヤギミルクなんて初めて見た。ペットにも安心、って動物の赤ちゃんに普通のミルクはダメなんだ。へー。生理用品があるのも地味に助かるけど、避妊用具まで大量にあるのはなんなの……?
おばあちゃん、御歳70越えにして、まさか現役であらせられたのだろうか。親のそういうのも想像したくないけど、祖母世代ならもっとだ。祖父とは死別してるはずなのに、お相手がいた……? いや、独身なんだから好きに恋愛してくれていて構わないんだけども。孫娘は干物だというのに、祖母の方がキラキラ女子だったとか、居た堪れない。
でも、祖母にはお金もあったしなー。
遺影は普通におばあちゃんだったけど、生前はお金に明かして美魔女だったりしたんだろうか。お金があるからモテてたっていうのもありうるな。けど、その割に遺産にたかってきた有象無象に自称恋人はいなかったような。引き際を心得たいい男だったのか、それとも後を追っちゃったとか。もしそんなお相手が存在したとして、異世界にいるわたしは何もできないんだけど。向こうにいたって関わる気もないけどね。
水は長期保存用のペットボトルがパレット一つ分で約900リットルある。
一応、わたしもフレーバー炭酸水も併せると300リットルは用意しているんだけど、これで少しは安心できるかも。
「あ、嬉しい。カレーもある」
箱買いしたカップ麺にはカレー味のヌードルもうどんもあるが、いつかご飯でカレー、食べたくなると思うのだ。その日のために非常食にカレーがあるのは心強い。すぐ食べられるレトルトのカレーはもちろん、顆粒の出汁入り味噌や粉末醤油と並んでお馴染み赤缶のカレーパウダーもあった。
備蓄されている食料品は、郷愁を誘う昔ながらの乾パンやらパンの缶詰にとやたらにバラエティ豊かだった。ただし、ついうっかりでわたしが買い込んだカップ麺180個や米150kgと違って、すごいものになると25年も保存でき、短いものでも3年は保存できる。しかも、最近製造されたものばかり。いくつかはわたしが大量買いしたものと被ってるんだけど、おばあちゃんの遺産と製造年月日がほとんど変わらない。
さらに本気を感じさせるのは、塩と砂糖と蜂蜜もケースで備蓄されていたことだ。わたしのカップ麺ケース買いとはモノが違う。
よっぽどお酒が好きな人だったのか、スピリタスもケースであった。プレハブにだってアルコール度数が高いお酒が何本かあるから、好きなんだろうとは思っていたけどスピリタスって。プレハブにあるお酒もバーボンとかラムとか、好みが無骨過ぎないか。
わたしだって『山籠もりするのよ~』なんて浮かれて、保存性高めのものを買い込んでいたけど、このラインナップと比べると所詮はお遊びで、この備蓄からは何としても生き延びてやるという執念みたいなものを感じさせる。
足りないものがあれば車を出せばいいや、と気楽に考えていたわたしと違って、本格的な籠城への備えだ。
おばあちゃんてば、一体何と戦うつもりだったんだろう……。
バイオハザードが起きた世界で、ゾンビから逃げ延びるつもりだったんだろうか。
向こうでの日付が分からなくなっては、印字された賞味期限にも意味がないので、持ってきたスケッチブックで簡単なカレンダーを作って、壁に貼っておく。それと食べ物にはケースにガムテープを貼って目立つように賞味期限を書き直した。外側からじゃ何が入ってるのか分かりにくいものにはそれも。
食べ物以外の消費期限はどうしようね。
理沙視点からだとわからないため、今後語られる予定がないおばあちゃんの設定:
おばあちゃんは個人投資家でした。
婚家が戦時中に成り上がって会社を建てた工場で、お姑さんに名家気取りの嫁いびりをされ、男尊女卑も激しく、武器になるのは金じゃい、と夫に黙ってお金を貯めた人。おばあちゃん自身こそ、世が世ならの良家の人だったのに。折しも時代はバブル期で上手く勝ち逃げし、悠々自適に暮らすつもりが、息子(リサの父)は反発して全く他業種の自分の会社を立ち上げて出て行き、内心しょぼくれた夫は早々に会社を畳んで隠居後お亡くなりに。
おばあちゃんは金があるので、おひとり様ライフを楽しみつつ、老後(笑)の計画をしてる時に70代で亡くなりました。
おばあちゃんは晴耕雨読に憧れだけあって、いつか(予定のない未来)ここに小さなお家を立てて暮らすことを夢見て、物資だけ集めて満足していました。
土地を購入した最初は、別荘がわりに訪れて、ちょっと野菜植えて、と楽しんでたけど、すぐ飽きた。裏庭の野生化した野菜はその名残。
集められた物資は毎年どこかに寄付されては更新されてる。なので、製造されたばかりのものが備蓄されている。途中からは寄付が主目的になったため、用意を任せていた業者が生理用品や避妊具も追加した。
一部は投資している会社のサンプル品や贈答品。
理沙とは似たところがあって、やたらな大量買いや、形から入るのがソレ。
スピリタスは、消毒液代わりにお酒を使うのに憧れがあったから用意しているだけで、飲酒は嗜む程度。食事に添えられていたり、パーティーでは楽しむけど、普段はお茶でいいわ、というタイプ。
トムソーヤとか海賊島とか冒険物語が好きだった。
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