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今日から使える異世界ライフハック  作者: 白生荼汰


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同じ鉄板の焼きそば

「その、ご相談なんですが、今後も相談に乗っていただくことって可能ですか?」

 相談に相談が被ってて、変な言い方になってる。

 でも、今のわたしには死活問題だ。

 だって、わたしはこの世界のことを何も知らない。常識も何もかもわからないんだから、お人好しそうな目の前の人物にまずは頼るしかない。

「あ、あぁ。もちろん構わない。相談されても俺では対応できないこともあるだろうが、できることはしたい」

 ブレッドは気まずそうに目を泳がせつつも、言い切ってくれた。

「ただ、またこちらに来るのは明後日以降になるものと思われる。今回の件を領主様に報告するため、領都まで行かなくてはならないから」

「わかりました。3日くらいなら問題ないので、ブレッドさんがいらっしゃるまでおとなしくしておきます」

 領都まで半日だっけ?

 領主とブレッドの関係がよくわからないけど、娘のことを任せてたぐらいだし、仲は悪くないのかな。

「それでは、今後お世話になるのだし、お昼を召し上がって行かれませんか?」

 いやね、気がついてしまったのだ。

 元々の予定から迂闊だったのだけど、一袋3食入りの焼きそばをひとりで消費しようと思うと、三食連続焼きそばになるか、三日続けて焼きそばになるということに。その度にグリルを片付けるのも地味に面倒くさい。

 もちろん、信頼と実績の冷蔵庫さんがあれば、この限りではないけど、まだお付き合いの浅いクーラーボックスさんにそこまでの信頼がおけない。使い方次第ではほぼ一週間氷が持つという謳い文句のクーラーボックスでも、この状況で生物をお任せするのは怖いじゃないか。

 だったら、たくさん食べてくれそうな人がいるうちに、恩着せがましく消費してしまいたい。

 それにこちらの人の味覚も知っておきたい。

 今わたしに売れそうなものは米とカップ麺しかないからね。

「ごちそうになれるのはありがたいが……この状況では食料も貴重でしょうにいいのですか?」

「食料だけはそれなりにあるんですよ。なので、こちらの人にも売れるかどうか、これもご相談のうちですね」

「そういうことなら喜んで」

 よし。これで親密度もグッとアップだ。

 いやね『異世界からやってきた得体の知れない女』より、『異世界の食べ物を一緒に食べた女』の方が、親切にしたくなるものじゃない?

 昔から、ひとつ釜の飯とあるように、食事を共にすることで親しくなれる作用があると思うのよ。

 ブレッドは今のわたしの命綱。

 領主への報告だって、わたしに有利になるように取り計らってくれたらなー、なんて。そんな下心はあります。へへ。

「じゃあ、すぐ支度しますから、そのまま座って待っていてください」

 プレハブから、キャベツともやしと玉ねぎ、にんじんとピーマンと長ネギとお肉に油、それと焼きそばを持ち出して、キッチンセットの準備をする。

 わたしご自慢のグリルテーブルは天板を外すと、コンロを設置するラックになるタイプで、本当なら炭を使いたいところだけど、今回は省略してカセットコンロでいく。

「お酒いけます? エールみたいなものなんですけど」

 年齢はわからないけど、兵士なら働いてるんだよね。

 それなら成人していると考えてもいいだろうか。

 こどもでもエールなら水代わりに飲ませるって世界かもしれないし。

「あ、あぁ、いただこう」

 これも奮発しちゃおう。

 わたしのお気に入り、カエルさんがトレードマークの缶ビール。わたしは好きなんだけど、キンッキンに冷やしておいた方が美味しいのよね。

 氷魔法がどの程度使えるものかまだわからないし、冷やしておいた分は美味しいうちに飲んでしまおう。

 足りないようなら、奥多摩の地ビールもまだ冷えてるけど、そっちはフレーバリーだし、各一本しかないから、まずは二本冷やしておいたこれで。

 案の定開け方に戸惑うブレッドの前で二本とも開けて勧める。手にした缶に軽くこちらの缶をぶつけてから煽った。

「くっはー! 昼から飲む酒サイコー!」

 思わず呟いたわたしを、ブレッドが目を丸くして見ている。

「飲みながら作りますから、そちらも飲みながら待っててくださいね」

「あ、あぁ……美味いな、このエール。それにずいぶん冷えている」

 遠慮がちに口をつけたブレッドは、嬉しそうにちびちび飲み始めた。

「これは冷えてる方が美味しいんですよ。向こうではこの手のお酒は冷やして飲むのが主流でしたね」

「それは贅沢だな」

「食べ物を冷やす設備が普及していたので、それほど贅沢ってわけでもなかったですけどね」

 カッティングボードの上でにんじん5センチくらいとピーマン一個と玉ねぎ半分は細切りに、長ネギは斜めに薄切り、キャベツは3枚ほど剥がしてザク切りにする。中途半端に余った野菜はあとでスープにでもしよう。

「手際がいいな……あ、いや。お見事ですね」

 感心してくれるのは嬉しいが、それほどでもない。

「敬語じゃなくてもいいですよ。それとわたしのことは理沙と呼んでください」

「すまない。実は礼儀作法はあまり得意ではなくて」

 だと思った。硬い雰囲気の割にちょくちょく言葉が崩れていたから、敬語になれていないんだろうなとは思っていた。

「あはは、お互い様ですね。わたしもあまり礼儀作法がしっかりしていないと領主様にはお伝えください」

 多分いずれ会うことにはなるのだろうけど、ハードルはなるべく下げておきたい。

「その肉は? ずいぶん器用に同じ厚みで薄く切られているが」

「豚ですね。向こうではメジャーな食肉で、このように処理して売られていました。こっちでは塊で売ってるんです?」

「そうだな。大抵は店先に吊るしてあって、必要な分だけ切ってもらう」

 ノスタルジックではあるけど、衛生環境的には不安が残る販売形態だね。でも、海外でお腹壊すのなんかはかなり慣れの部分もあるというし、頑張れわたしの腸内細菌。

「そのうちお肉屋さんなんかにも案内してくださいね」

「承知した」

 使うお肉は細切れとかじゃなく、焼き肉用にカットされたやつ。焼きそばに入れるにはやや厚みがあるけど、切る手間や切った後、包丁やカッティングボードを洗う手間を省きたかったのだ。キャンプ飯のつもりだったからね。

 パックを開けたお肉全体に軽くほりにしを振っておき、最初に油を敷いた鉄板で麺を焼く。麺がよく焼けたカリカリしたところは、いいツマミになるから、この手順は外せない。空いている部分で切った野菜をにんじんから炒め始め、もやしを半分追加。もやしは足が速いから、今晩のスープはもやしと卵だな。ワカメも入れて胡麻油を落としたら、めんつゆでも中華風になるかな。

 野菜に適当に火が入ったところで、焼いていた麺をひっくり返し、その上に野菜を避難させる。野菜をどけた空きスペースにお肉をどーん!

 複合調味料ってほんと便利。

 かけて焼いただけでもう美味しいもん。

「美味そうな匂いがする。匂いだけで酒が進むんだが」

「でっしょー?」

 お肉の色が変わるまで炒めたら、野菜と麺を合流させて、ちょっとだけ水を掛ける。ひとりで食べるんだったら、飲んでるビールを掛けちゃうところだけど、他人様に食べさせるものに、それはさすがにね。

 全体を軽く混ぜて、焼きそば付属の魔法の粉を、容赦なくかけて混ぜる、混ぜる!

 混ぜる途中でガスが尽きたけど、火は全体に通ってるから問題ない。鉄板の余熱だけでも、コンガリ焦げ目がついて香りが立つ。

「くっ……なんだ、この、暴力的な匂いは……!」

「ビール、まだ飲むならあるから今持ってるの、空けちゃっても大丈夫だよ」

 ちゃんとお肉には下味をつけてるから、お肉が多くても薄味にはならない。出来上がった焼きそばをブレッドに少し多めに取り分けてフォークを添える。

「ありゃ、わたしの方がビールなくなっちゃった」

 プレハブに戻ってビールとグラスなどをとってくると、ブレッドはわたしが戻るまでお行儀よく、手を膝に乗せて待っていてくれた。

「なんだ、先に食べててもよかったのに」

「そういうわけにもいかんだろ」

「じゃあ、良い子にはご褒美」

 ブレッドの前にグラスを置いて、新しいビールの缶を開ける。

 悩んだら大きいのにしようと一番色々入ったセット買ったわたし、エラい!

 おかげでロング缶をお客様と半分こできるもんね。

「お、爽やかー!」

「さっきのエールとも全然味が違うな!」

 新しく開けた缶もわたし好みの味で、柑橘感のある爽やかさが焼きそばによく似合う。あぁ、コチラに来なかったらリピしたかったし、醸造所に併設されていたタップルームにもまた行きたかったな。

「ん……!? この料理も美味い! エールによく合うな」

 お腹が空いていたのか、ブレッドはモサモサと詰め込むようにして焼きそばを食べ、喉を鳴らしてビールを飲むと幸せそうに息を吐いた。

「リサは料理人だったのか? こんな美味いものが食えるなら、王都でだって繁盛するぞ」

 手放しでの賛辞にわたしは苦笑する。

「コレは最後にかけた調味料が美味しかったんで、手順と材料さえ守れば誰でも同じに作れるんだ。残念ながら、向こうから持ってきたのはこれで終わり」

「そんな貴重なものを俺に食べさせてしまって良かったのか?」

 途端にオロオロと慌て出したブレッドに、三本目のビールを注いであげた。

 こちらは先程のモノに比べると、濁りがある優しい色味で、味もクリーミーかつ甘味を感じる。方向性は違うけどこれも美味しい。ただこのビールには焼き鳥とかの方があうかもなー。

「食べ物を冷やしておく装置がここにはないから、今ある氷が溶けてしまったらダメになってしまうもの。生物だから美味しいうちに食べた方がいいじゃない」

「それなら遠慮なくいただくが……」

 言葉とは裏腹に残りをチミチミと突き出したブレッドに、竹の皮で包んだおむすびを差し出す。

「わたしは料理人ではなくて絵描きだったのだけど、売りたいと思っているのはこれ」

「これは?」

「おむすび。炊いた穀物を塩味をつけて丸めたものなんだけど、この穀物ならたくさんあるんだ」

 ついノリで買い込んでしまったお米だけど、これが売り物になるのなら、かなり光明が見えてくる。もし戻れないとしても、生活基板を整える資金源になってくれたら、お米を売り切る前にこちらの世界に馴染むこともできるだろう。

 何をするにしても現金収入は大事。

 ブレッドは恐る恐るおむすびを取って齧ると、しばらく考えこみ、焼きそばを食べてからもう一口齧った。

「不味くはないが……味がないな。値段にもよるが、これだけではわざわざ買わないかもしれない。ただ、こちらの炒めモノののような味の濃いモノにはよく合うな」

「塩むすびじゃダメってことか」

 何か具を入れる? 炊き込みご飯にするとか。それにしても何を混ぜるかが大事か。

 ブレッドはビールよりもおむすびとの組み合わせが気に入った様子で、瞬く間に一個平らげるとわたしを伺うように見た。

「良かったら食べて。わたしは焼きそばだけでお腹いっぱい」

「ヤキソバ……! ヤキソバというのか、この料理は。もし料理屋を開くなら、いつかこの味を再現して欲しいものだ」

「難しいんじゃないかな。期待はしないでね」

 醤油もウスターソースもまだあるから、再現はやってやれなくもなさそうだけど、中華麺はどうだろう。パスタを重曹で茹でる裏技があったけど、焼きそばでも有効だろうか。カップ焼きそばならあるけど、カップ焼きそばと炒める焼きそばってべつものよね。

 ブレッドは嬉しそうに焼きそばをおかずにもう一つのおむすびも平らげた。

 約二人前の焼きそばとおむすび二つって、よく食べるなぁ。

「はぁ、美味かった。外食もたいして変わり映えがしないから、目新しい美味いものが出てくるなら歓迎だ。頑張ってくれ」

 満足そうに笑ってビールを飲み干すと、グラスをしげしげと見ている。

「まだ飲める?」

「あぁ、もらおう」

 次に開けたのはオレンジがかった色合いに相応しく、フルーティな香りが立ち上る味わいだ。

「おいおい。今まで飲んだエール、全部味が違って、全部美味いってどういうことだ。それにこの薄くて歪みがなくて透明なガラス。こんなもの、俺なんかに出していいのか」

「グラスなら、向こうでは庶民でも手に入るくらいの品だよ。このビールはちょっとした贅沢品だけどね」

「これが庶民に……ずいぶん豊かな世界なんだな」

「何を持って豊かとするかは意見の分かれるところだけど、そうかもね」

 おつまみにナッツと合わせたおかきを出す。

「なんだこれ、正体わからないけど美味い……」

 ブレッドは何故か悔しそうな顔をしながらビールを飲む。

「で、さっきの話の続きだけど、変わり映えのしない外食ってどんなものがあるの?」

「ん? 大体は煮込みにパンをつけた定食だけど、金がない時はパンに酸っぱくしたキャベツなんかを挟んだやつ。もっと金がないとパンだけ、とかかな」

「ほうほう」

「定食よりもどうかすると高くつくけど、キャベツを挟んだパンに串焼きの肉を挟んだりもする。肉とパンを選べば結構美味い」

「いくらくらいなの?」

「素のパンなら銅貨一枚。キャベツ入りで銅貨2枚、串焼きが銅貨3枚から5枚ってとこ。定食は手頃なとこだとだいたい銅貨5枚から8枚。ついでにいうとエールが銅貨5枚でツマミも同じくらいで出してるところが多い。まぁ、これは酔っ払い相手に面倒な計算をしたくないからかもしれないけど」

「ふむふむ、そうすると銅貨一枚100円くらいなものか」

 味覚以外にも、満足感とかもあるから、食べ物を売るなら、リサーチが必要かな。

 しかし、リサーチするにも元手が必要だ。

「ねぇ、ブレッド。例えばこのグラスなら、いくらで売れると思う?」

「売れない」

 キッパリと断じられて言葉に詰まる。

「え、どうして?」

「こんなお高そうなもの、王侯貴族に献上するならともかく、町で買い取れる店があるわけがない。せいぜい割れたのをガラス屋が引き取れるかだけど、こんなに上質なガラスだったら、絶対に出所を調べられて面倒なことになる」

「おぉ、なるほど」

「だから、食い物を売るっていうのは悪くないんじゃないか? どんなに珍しくても旨くても、とっておけるわけじゃないし、食べたり腐ったりすればおしまいだから」

 でも、そのためにリサーチする元手が欲しいのよ!

 ブレッドはわたしと一緒に冷やしてあったビールを飲み尽くして、日が暮れる前に帰っていった。

 少々飲みすぎたわたしが、鉄板と使った食器、空けてしまったビール缶を洗って片付ける頃には、すっかり日が落ちていて、結局もやしはインスタントラーメンに突っ込んだだけで食べた。

 酔ってる時の塩ラーメンは神。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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