元メイド襲来
ブレッドやゲルキ、いつもの兵士たちがきて、どこかの奥さんたちがきてくれて、今日も残り一食となりました!
……なりました。
残り一食になってからが長い。
三人連れのお客さんも来てくれたけど、わけにくいとかで買い控えられた。
まぁ、こういう日もあるよね。
売れ残ったらどのあたりで切り上げるべきかな。
残りひとつです、って声を上げるべきだろうか。
なんだか気にしているっぽい女性がいるのだけど、買おうかどうしようか悩んでいるのかな?
こちらから声をかけた方がいいだろうか。
悩んでいたら、ズカズカと別の女性が近寄ってきた。
こちらを気にしていた女性が肩を落とし去っていく。
あぁ、そんな。また機会があれば、今度はぜひ声を掛けよう。
つい気をそらしたわたしに、目の前の女性が声を荒げた。
「ちょっと、どこ見てんのよ!」
「あ、申し訳ありません。おむすび一食銅貨5枚です。いかがですか?」
「いらないわよ、こんなもの!」
女はわたしの手からおむすびの包みを払い落とすと踏みつけた。
「ちょっと!」
「あんた、新しいオウデルハインダー家の使用人でしょ」
「はぁ”?」
おむすびを踏みつけられてわたしは思いっきりメンチを切った。
「ふざけんな。買ったものでも食べ物を足蹴にするなんて許されざる所業だけど、買ったわけでもない売り物を踏みつけるなんてどんな教育受けてきたわけ?」
「た、たかが銅貨5枚くらいで卑しいわね」
「卑しいのはあんた。食べ物を無駄にした足など腐ってしまえ」
おむすびを踏みつけたままだった女を押しのけ、踏まれてしまった包みを拾い上げる。
ちゃんと包んでいたけど、中身がはみ出して土に汚れてしまった。
あぁ、もうこれじゃ売り物にはならないな。
「ふ、踏んだものなんて拾ってどうするつもりよ」
「ちゃんと土に返して無駄になんかしないに決まってるでしょ。放置しておいたら景観も悪くなるし。そんなこともわからないの?」
立ち売り箱を肩からおろし、頭に巻いたさらしを取って向き直る。
「で、そのたかが銅貨5枚も払えない貧乏人が何の用?」
女はここらでは珍しい綺麗目な服を身につけていて、とてもじゃないが貧乏人には見えない。
貧乏人と呼んだのは、単なる意趣返しだ。
「はぁ? どこに目をつけてるのよ。わたしが貧乏人ですって? わたしはれっきとした男爵家の令嬢よ」
「銅・貨・にも、困る、男爵家ぇ? の、ごれいじょー? が、何の御用でしょうかぁ?」
はっきりとした大声で、聞き取りやすいように強調しながら嘲笑ってやると、女は真っ赤になって地団太を踏んだ。
「あんた! オウデルハインダー家の新しい使用人でしょ! 先輩に向かってその態度は何なの?」
「オウデルハインダー家の使用人~?」
……オウデルハインダー家って、あれか。
ここの領主、ルディアーナの家のことだ。
「ちょっとしばらく屋敷を外していたら戻れなくなってしまったのよ。わたしがいなくてお嬢様がお困りのはずだから、取り次ぎなさい」
「はぁ? 名乗りもしない慮外者を誰に取り次げって?」
「わたしはお嬢様付きの侍女フロルよ! いいからルディアーナ様に取り次ぎなさい!」
そういえば、ブレッドからそんな話も聞いてたな。
今更のこのこ現れるなんてこれまで何してたんだろ。
「あぁ。さぼって首になった役立たずのメイドがいるって話は聞いたけど、それがあんた?」
「メイドですって? いい? わたしは、お嬢様付きの侍女だったの! 侍女がいなくなって、お嬢様だって困ってるでしょ?」
違いがよくわからないのだけど、侍女とメイドの違いは大事なポイントだったらしい。
フロルのプライドを刺激したようだけど、そんなの知ったことか。
わたしだって食べ物のことでしか怒らない、とユニバーサルジョークのネタにもなる日本人だ。
その日本人が、ソウルフードであるお米を無駄にされて怒らないはずがない。
売り物のおむすびをわざわざ踏みつけてダメにされた怒りを思い知れ。
お米には7人の神様がいるんだからな。
「困ってませんけど」
困ってるかもしれないけど、お嬢様は遠い遠い異世界にいるので異論は受け付けません。
「わ、わたしだって困ってるのよ。いきなりお屋敷に戻れなくなって、お嬢様だってきっと心配してる。お嬢様付きが務まるような侍女はわたししかいなかったんだから」
「心配なんかしてませんけど」
ま、他人の心配なんかしてられるような状況じゃなさそうなのは想像に難くない。
「あんた、オウデルハインダー家では顔を見たことがないわ。新入りなら新入りらしくいうことを聞いたらどうなの?」
「だ・れ・が・新入りですって?」
身長はわたしの方が低いけど、気持ちだけは見下すつもりで、やや反り気味に胸を張る。
「わたしは使用人ではなくて、ルディアーナに招かれたのだけど。たかが使用人の分際で主人の客に指図するなんて何様なの?」
「……は?」
あったことはないけど、この国にわたしを呼んだのはルディアーナなので、一応嘘は言っていない。
「ダスティローも使用人の躾がなっていないわね。あぁ、首になったからもう使用人ですらないのよね?」
「え、そんな……お嬢様の客なら、なんで朝市になんて……」
「なんで使用人ごときに説明をしてやらねばならないのかしら? 朝市にわたしが出ていることなら、アトキンスも承知しているわよ。嘘だと思うなら聞いてみたら? あぁ、もう二度と屋敷には入れないのだったわね。お気の毒」
なんで入れないのかは知らないけど。
しかし、勝手に入ってこられない仕様でよかった。
こんな女絶対招待しないわ。
「ダスティローはともかく、旦那様を呼び捨てにするなんてなんて無礼なの? 許されないわ」
キャンキャンと喚くフロルにわたしは鼻で笑う。
「わたしには許されるのよ。そういう立場の人間なの。おわかり?」
そう、許されるよ。
だって、わたしは純然たる被害者だし、領民ではないからね。
許さないって言われたって、なんで? って聞き返してやるわよ。
「そ、そんな……信じられない。だって、辺境伯にそんな口を利ける貴族なんてこの国に……」
「だってわたしこの国の貴族じゃないもの」
「貴族じゃない? だったら……」
蒼白になりかけた顔色に血色を取り戻したフロルが喚きだす前に、わたしは人差し指を立ててフロルの胸元を押してやる。
「よく考えなさい。この国の、貴族じゃないの。そしてルディアーナがわたしを招いた。それ以上は言わない。ね、使用人の男爵令嬢様?」
にぃ、と笑いかけると、フロルは混乱した様子で何かを言おうとし、それから口を閉じては開くのを繰り返した。
この国の貴族じゃない。って嘘は言っていない。
よその国の貴族だとも言ってないけどね。
「それから、わたしがこちらにきてから結構経つけど、ルディアーナからあなたのことなんて聞いたことがないわよ。一言だってね」
だって、ルディアーナがいないからね。
「そん……そんな……」
よろよろと後ずさるフロルに、わたしはとどめを刺そうとことさら笑顔を心掛けた。
「まさか、アトキンスったら心得違いの使用人を放逐しただけで済ませたの? 今度会ったらおまえがわたしにどんな口を利いたか教えてやらなくてはね」
「っ……!」
フロルは息を飲んで踵を返すと走り去った。
「謝罪もなしか」
「……なぁ」
あきれ果てるわたしに、横で聞いてたのだろうブッケが恐る恐る声をかけてきた。
「リサは異国の貴族だったのか?」
「いんにゃ。この国の貴族じゃないって言っただけで、別に他所の貴族だって言ったつもりはないけど」
ケロッと答えるわたしに、ブッケは深くため息を吐いた。
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