刺繍のハンカチ
「おはよう、リサ」
「おはよう、ブレッド。ちょうどよかった」
今日のブレッドはお客さんでは一番乗りだ。
いつものようにおむすびの代金をもらい、それからちんすこうを渡す。
ちょうどよかった、ってのは、ほら。他のお客さんがいる時に、ブレッドにだけ特別に何か渡すのはよろしくないかな、って。
「これは?」
「焼き菓子。わたしが焼いたの。よければ貰って」
「へぇ! って、どうなってるんだこれ」
解き方に戸惑っているブレッドからいったん戻してもらい、結び目を解いて渡しなおす。
「……この刺繡もリサが?」
「包むものがなかったからあるもので包んだんだけど、白いだけじゃちょっと寂しかったから」
「お、美味い。刺繍のハンカチか……」
ブレッドはちんすこうを食べながら、刺繍をじっくりと見ている。
そんなに刺繍に興味があったんだろうか。
「刺繍のハンカチかい?」
「あ、ステンもどうぞ。ブッケと食べて」
ステンにも花包みにしたちんすこうを差し出す。そしたら何かブレッドが驚いたような顔をした。
……なんで?
「これは?」
先ほどと同じ会話の流れにちょっと笑いそうになった。
「焼き菓子を包んでるの。布はそれこそハンカチにでもどうぞ。ブッケたちにもお世話になってるから」
「おや、あたしにまでハンカチを貰えるんだね。それとも旦那にかい?」
「別にブッケが使ってくれても構わないけど、花柄だしステンが使う方がよくない?」
じゃあブレッドはどうなのよ、ってなると何も言えないんだけど、一番手軽な刺繍って花模様だと思う。何も考えずに刺繍しよ、って思ったら花模様にならない?
「へぇ〜あたしにもねぇ。残念だったね、ブレッド」
ニタニタしながらステンがブレッドの肩を叩いた。
「別に残念なんかじゃ……」
「刺繍のハンカチって何かあるの?」
ブレッドは言いにくそうに顔を歪めた。
「その……ハンカチに刺繍をして渡すのは、貴族女性の間じゃ婚約者への定番の贈り物で、平民もそれにあやかって娘の方から告白する時に渡したりするんだ」
「お、おう……」
つまりわたしは、脈絡もなくバレンタインのチョコを贈ったようなものか。
「ご、ごめん。そんな風習があるとはつゆ知らず、ただ白い布だと寂しいかと思って。別にそんな意図はないから安心して」
アラサー女が十代の子に迫るとか、犯罪じゃん!
「なんだったらこっちで処分する?」
「そ、そうか……いや、もらっておく」
ブレッドは最後のちんすこうを口に入れると、首元からハンカチを押し込んだ。
「うぉー、遅くなった。リサ、まだおむすびはある?」
バタバタとゲルキが走ってきて、ブレッドがびくっとなる。
「今日はまだお客さんブレッドだけだから大丈夫」
「それじゃ俺、今日は一人前丸々食べちゃおうかな。いや、ふたつ買ってもいいな」
「買ってくれるのはありがたいけど、そんな調子だからすぐにお金がなくなるんじゃ?」
「給料って気が付いたら無くなってるんだよね」
あははー、とゲルキが笑う。
「そんなに美味いんなら俺も一つ買ってみるかな」
「俺たちは一つ買って分け合おうぜ」
今日もまた新規の兵士さんがいらして完売御礼と相成った。
さて明日の仕入れをしなくちゃね。
「これ焼き菓子なんだけど、包んでるハンカチの方は奥様かおちびちゃんにでも」
ブレッドに話を聞いたので、つい慎重になってしまう。
「こりゃ結構なものを。気ぃ使わせて悪いな」
予定通りマグの肉屋に来たわたしは、加工肉と謎のお肉を前に考え込む。
謎、って値札が付いてないだけだけど。
見た目は鶏肉っぽいんだけど、鶏にしては大きい。
謎肉といえば、今日のお昼に食べたカップ麺、謎肉はともかく小エビが入っていたんだけど、小エビって受け入れてもらえるのかな。食べてるときはこれも卵が入ってるな、ってとこにしか気が行かなかったけども、エビとかタコとか国によっては食べないっていうじゃない。
明日は試作品をシーフードヌードルにして、ブレッドとブッケに聞いてみようかな。
「ふぅむ……」
「どうした?」
「わたし今まで、牛豚鶏ぐらいしかお肉を使ったことなくて。塩漬けじゃない肉の方が使いやすいけど、どうしたものかな、って」
「ここいらじゃスープに入れるばっかりだから塩漬け肉の方が便利に使うが、国が違うとそんなもんかね」
「これ、わたしが知ってるのよりだいぶ大きいけど、鶏肉?」
「こいつはアルミラージだな。ウサギ型の中じゃ小さい方だぞ」
おぉ、これがアルミラージ。ウサギに角が生えてるモンスターだったよね。一度ゲームのキャラで描いたことがあるぞ。
「どんなスパイスやハーブを合わせたらいい?」
「それほど臭みはないからそのまま塩焼きでもいけるな」
1kgちょっとありそうな大きさで銅貨5枚。
割とよく取れるお肉なのと貴族はあまり食べないお肉なので比較的安価だそうな。
今晩試しにちょっと食べてみて、イケそうなら明日おむすびに添えるのはこのお肉にしよう。
「ふ、ふわわわわ。おひめさまのハンカチだっ!」
わたしが悩んでいる間にマグからハンカチを貰ったらしい女の子が、大きな声を上げた。
「このお姉さんがリーフにって」
「ふわわ、ふわわわわ……」
「ちゃんとお礼を言いな」
「おねえさん、ありがと!」
ぐっとハンカチを握りしめた女の子が大きな声でお礼を言ってくれる。
「こちらがおちびさん?」
「あぁ、うちの可愛いお姫様だ。リーフ、このお姉さんはな、お前が美味しいって言ってた柔らかい肉とかおむすびを作ってる人なんだぞ」
「ふわわ、ふわわわわ……」
わたしを見上げる女の子の目は尊敬の光にあふれている。
「こんにちわ。わたしリサ。リーフちゃん、いくつ?」
「こにちわ! わたしリーフ! さんさい!」
むん、と突き出した手の指は4本立っている。
まぁ、3本立てるのは難しいよね。
「おねえさんは、おにくのおひめさま?」
「ぶっ」
おっとお、どういう化学反応があったものか、情報がごっちゃになっている。
娘のセリフに吹き出したマグが、笑いをこらえきれずにニヤニヤしている。
「お姫さまではないかな」
「おひめさまじゃない……!」
想定外のことを言われた、みたいに目を真ん丸にして、リーフは口をぽかんと開けてしまう。
「今はおむすび屋さんよ」
「いまは、おむすびやさん……!」
それはとても素晴らしいことだ、と言わんばかりに目を輝かせたリーフちゃんは「リーフもおむすび屋さんになる!」と宣言して、マグを慌てさせた。
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