スパニッシュオムレツとパンツの刺繍
「へー、今日のおむすびは野菜が入ってるな。……って、今日は卵がついてるじゃないか!」
今日はブレッドよりも早く来たゲルキがウキウキで包みを開く。
それを聞いたブッケには呆れた顔で見られてしまった。
どれどれ、と覗き込む側から、今日のシェア友らしい兵士が早速卵焼きからつまむ。
「あー、先輩なんで先に食べちゃうんだよ」
「後も先も、お前。どっちにしろ半分ずつなんだから、一緒だろ」
「それでも先に食べたかった!」
「お前なー」
わからん。
でも、楽しそうなのはいいと思います。
「お、これ芋とネギが入ってるのか。塩漬け肉も入ってて美味いな」
「へー、賢い。こうやってカサ増しすれば、腹一杯卵が食えるな」
さすがに一個三百円の卵で作った卵焼きを入れる勇気はなかったので、ジャガイモと玉ねぎを入れたスパニッシュオムレツにした。中途半端に残ったベーコンもたっぷり入っているからボリュームもばっちりだ。メスティンを使ってじっくり焼いたのだけど、ひょっとして厚焼き卵もメスティンでイケるんじゃないだろうか。
ちなみに朝市であちこち覗いてみても、まだジャガイモっぽいものは見てない。
ブッケがあった初日に剝いていたヤツガシラみたいなのが、こちらで言う芋だ。それと、山芋に毛が生えてるみたいなの、見たまんま里芋っぽいヤツ。そんな感じでサツマイモらしきものもない。比較的お安いみたいで、一山で銅貨一枚。かぼちゃは見慣れた感じのが緑とオレンジ両方あった。
「卵ってお前なぁ……」
「故郷では卵って家計の優等生って言われてたくらい身近で手頃だったんで。ランチにも欠かせないくらい。それで、つい」
「そんなに安かったのか?」
「二回りくらい小さくて、お値段は十分の一しないくらい? それでもわたしがこちらに来る直前にずいぶん値上がりしてその値段だったんだ」
「そりゃ安いな」
「だから、卵を使う料理ってめちゃくちゃいっぱいあるんですよ」
味見用に自分の分の包みを解き、切れ端の卵焼きをブッケに勧める。
「こっちにも卵が入ってんのか?」
「これはもともと保存食に卵が入ってるのを炊き込んでるの。保存食にも使われるほど身近なんだ」
「ははぁ、贅沢なこった。俺には想像がつかんね」
ブッケがひょいとつまんだので、今日はまだ粥屋にいらした奥様のステンにも。
「売ってるのとは形が違うみたいだけど、これは?」
「四角く焼いて、なるべく形が同じになるように端っこを切り落とした切れ端。別のお客さんと大きさが違ったら嫌でしょう? おむすびは今日の材料と違うやつで作った試作」
「なるほどねー。うちの子らも小さいときはよく肉の大きさで喧嘩してたわ」
わたしの説明に、ステンがけらけら笑う。
せっかくなんでお弁当のおむすびもブッケとステンにも分けちゃう。一個を半分に割って、それぞれに。足りない分は、あとでブッケのおかゆも食べるし。
お隣でお店開かせてくれてるし、わたしが朝市を回る間は荷物を預かっててくれるから、もうちょっとちゃんとお礼をしたいところだ。
「こっちじゃどうやって卵を食べるの?」
「うーん、茹でるか、少し塩を入れて焼くか……一番よく食べられるのは、粥に混ぜて煮るんだな。滋養がつくと言われてる」
「そういうところはわたしの故郷と一緒だね」
「そいつは庶民の食い方だな。精が付くっていうんで、冒険者が食う時はもっぱら茹でるそうだ」
「あぁ、殻があるから汚れにくいのか」
「そういうこったろうな。貴族がどうやって食うかは知らん」
そんな話をしていると、ブレッドがやってきた。
「今日のおむすびはまだあるか?」
「あるよー。4食残ってる」
今日はワフタもベアドも買っていないし、マグも来ていない。ゲルキたちが買ったのは4つだったから、まだ在庫がある。
「よかった。それなら一つ……」
「あら、まだおむしゅびーってやつ残ってんの? それなら一つ貰おうかねえ」
ブレッドが買おうとしたところで、おばちゃんに押しのけられた。
「ちょっと、今日はまだあるみたいよ」
「そうなの? 食べてみたかったのよね。見た感じ、店番しながらでも食べられそうだし」
「いつも目ざといね、あんた。しかも今日は卵付きなんだろ? 得したね」
3人組のおばちゃんがぐいぐい来て、兵士たちもたじたじだ。
「若い子らが騒いでるでしょ。気になってたんだけど、昨日も一昨日も売り切れたーっていうじゃない。気になってたのよねえ」
あっはっは、と笑うおばちゃんたちを何とか捌き、ブレッドの会計も済ませる。
「本日も売り切れです。ありがとうございました」
「おめでとーう」
おばちゃんたちがぱちぱち手を叩くから、つられて兵士たちも手を叩いている。
もう開店三日目なのに、なんだこれ。
「あたしらさぁーあ、珍しいものには目がないのよ。なんたって生粋のフィーダっ子だからね」
「そうそう。よそから入ったものが通ってくフェルバイデンでもトリビュースのお膝元でしょ。流行に乗り遅れたくなくてもう必死よ」
「いくら領都から離れてるって言ったって、田舎者とは言われたくないものねえ」
ねーえ、と言いあうおばちゃんたちのパワーがすごい。
「あらやだ、美味しい」
そしておばちゃんたちも立ったままここで食べるんかい。
店番しながら食べるってさっき言ってなかった?
「あらほんと。卵に芋を混ぜるのはいいね。今度うちでもやってみようかしら」
「卵は高いから卵抜きでね」
「そうそう、今更うちのに精をつけたってしょーもないし。あっはっは」
割と生々しいおばちゃんジョークに若い兵士たちはドン引きしている。
「おむしゅびも気になってたんだけどさ、あたしが気になってたのは、あんたのそのスカートの下よ」
「え?」
言われて、自分のスカートを見下ろす。
なんか変なとこある?
「きっれーに洗ってあんのは遠くからでもわかるけど、その下にズボン履いてるでしょ? そのズボンがねーえ」
「あ、刺繡ですか?」
おー、気が付く人は気が付くのか。
お見せしようとスカートをめくったら、兵士たちから「うわっ」と声が上がった。
「リサ……」
ブレッドは額に手を当てている。
「失礼。下を履いてたから、つい」
「びっくりしたー」
「こっちもつい見ちゃったよ。履いててよかった」
ゲルキは真っ赤になっているが、ほっとした様子で胸を撫でおろした。
「あ、ゲルキには見てほしいかもしれない」
「え?」
「見て。今日履いてるのは、ゲルキが古着屋に売ったパンツ」
ふさいだ穴は元々脛のあたりにあったんだけど、かなり裾上げをしなくちゃならなかったから、刺繍が裾のあたりにきている。
「へぇー、上手いことふさいであるもんだ。ずいぶん鮮やかな糸を使ってると思ったんだけど、近くで見ると細工も細かいねえ」
「え、元ゲルキのパンツ?」
興味津々で兵士たちも覗き込んできた。
「あー、ほらフォレストウルフに噛まれた時の。こいつ、噛まれた跡が残ったパンツなんてかっこ悪いって売っちゃってたんだ」
「あぁ、あの時の」
ブレッドの説明に、その時一緒だった人もいるのか、ゲルキが生ぬるーい目で見られている。
「なるほど、噛まれて空いた穴を刺繍でふさいでるわけか」
「ゲルキが噛まれた跡がよくわかっていいな」
「いい記念になるよ、これ。買い戻させてもらっちゃどうだい?」
兵士たちもげらげら笑っている。
「か、かっこわるー。俺めちゃくちゃかっこ悪いじゃん」
「そもそもフォレストウルフごときに遅れをとるのがかっこ悪いだろ」
「そうだけど!」
ゲルキも一緒になって笑っちゃってる。
「今度噛まれたときは、おむしゅび屋のお姉ちゃんに頼んで修繕してもらいな。可愛らしくていいじゃないか」
「もう噛まれるようなへまはしないって」
「頼むよぉ? あんたらがフィーダを守ってるんだからさ」
「いてぇ! いてぇってば!」
おばちゃんがゲルキの肩をバンバン叩く。
ゲルキは情けない顔で自分の肩を撫でた。
「雑貨屋のおばちゃん、昔っからゲルキの家のご近所さんなんだ」
「なるほどねー」
フィーダの町の人間関係が垣間見えて、今日は面白い日になった。
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