古着に見る惨劇の痕
サバイバルツールの中にあった方位磁石を駆使して、要所要所の方向を確認しつつ、町に降りてきた。
正しい使い方なのか、これで本当に迷わないのかは、初めての経験なのでわからない。
ブレッドは最初は不思議そうな顔をしていたけど、途中で何かを諦めていた。
「ひょっとしたら、リサはルディアーナに似ているから入れ替わることができたのかもしれないな」
「……そうなの?」
「俺に魔術のことはさっぱりわからないから聞かないでくれ」
なお、プレハブちゃんの所在地は磁場が狂っているのか、まったく方位磁石が役に立たない状態だったのも、ブレッドの不審に拍車をかけているような気がする。
どういうものなのか聞かれても、磁石は一定方向を指し示すようにできているとしか説明ができなかったわたしを許してほしい。
そんなわけで彷徨っていた時と同じくらいにゆっくり降りてくることになったのだけど、これでもう道は覚えたと思う。多分。
でも道って、中途半端に覚えたと思った時の方が、変に迷ったりするんだよね、というのは方向音痴だった友人の弁。
聞いたときはそんなものなのか、と思っていたけど、ここにきてすごく実感している。
昨日は、いけるっしょとか、こっちだった気がする、で歩いていたからあんなに迷ったんだ。
無事町に着くと、こんなに近かったのか、と改めて思う。
迷いさえしなければ、30分の距離だもんね。
今日の目的地は古着屋だ。
古着屋といっても、こちらの世界にはハンガーもラックもないため、平面展示が主。もっとも壁には目玉商品らしい服を縫い付けたロープが張り巡らされている。
買う時はいちいちロープを外すんだろうか。
ほしいものはパンツだけど、スカートの下に履くものなので、安売りのコーナーから覗くことにした。
穴が空いていてもリフォームすればいいから、狙い目は生地があまりへたってなくて破けたりしているヤツ。
さすがにそんなに都合のいいモノはなかなかなくて、クタクタな中から、そこそこ状態のいいものを選り分けていく。
傷がないものはクタクタで、生地がそこそこしっかりしたものは汚れやシミがひどい。裾や関節部分が破れているのはともかく、股間部分が派手に千切れてるのは、何故そうなった?
服の素材の大部分は木綿や麻だったけど、中にはポリエステルっぽかったり、ちょっと毛羽立った感じだったり、明らかに違う素材のものも混ざっている。素材に関して言えば、向こうの世界より多彩だ。
そういえば野菜も見たことがないものが結構あった。
魔法がある分、動植物も進化の方向性が違ったりするのかもしれない。
ひょっとしてこの中にも魔物由来の素材とかあるんだろうか。
「……ひぇっ」
一着、シミはすごいけど悪くないやつを見つけて、もう一着ぐらいいいのがないかな、って取り上げた一着がエライことになっていた。
明らかに! 血! 血の! 染み!
一応洗ったんだろうけど、脛のあたりに複数の穴が開いて、その周りが広範囲に薄赤く、周辺は黒っぽい色に変色している。
血はいろんな病気とか媒介して危険なのに、こんなものが混ざっているなんて。
「そのパンツ……ゲルキのだ……」
ブレッドが顔を顰めて呟いた。
「知ってる人のなの?」
「……あぁ」
「買おう!」
何があったかは知らないけど、ブレッドの知り合いの遺品なら、ここで見つけられたのも何かの縁だ。
ここで買わないでどうする。
「リサ?」
「すみません。これとこれ、2枚ください!」
買ったパンツは2枚とも古着用に用意したエコバッグに入れてもらった。
プレハブちゃんに戻ったら、エコバッグも一緒に洗濯だ。
「気に入った服を見つけられたみたいでよかったな」
言いたいことを我慢してるみたいな顔でブレッドが笑う。
「その……ゲルキさんって、いったいいつ……」
パンツについた血痕は、まだ生々しい赤だった。
少し時間は経っているのだろうけど、酸化して真っ黒にはなっていなかった。
「おそらく二日前にフォレストウルフに噛まれた時のものだ」
「っ……」
あまりにも最近の話に衝撃を受ける。
「その、ゲルキさんってどんな人だったの?」
「明るい、と言えば聞こえがいいがお調子者で注意力が足りない。15になって兵士となったばかりとはいえ、もう半年も経つのに、いまだにふざけてばかりで……」
「15……」
そんなに若いのに、お仕事で命を落とすなんて。
兵士って大変な職業なんだな。
「あっれー? ブレッドぉ、女の子連れでデートか?」
しんみりしていたところに場違いに明るい声がかけられた。
「ちょうどお前の話をしていたんだよ、ゲルキ! お前、おとといのパンツ売っただろう」
「だって血は落ちないし、穴は開いたし、なんか縁起悪いだろ?」
「そうやって無駄遣いをするからすぐに給料が足りなくなるんだろ。俺は絶対に金を貸さないからな」
「しょうがねえだろ。俺には繕ってくれるような優しい彼女はいないんだから」
……あれ?
「一応さー、仕立て屋に頼もうと思って洗濯には出したんだけど、繕うのに銅貨10枚もいるっていうから、それなら新しいパンツを買った方がいいかな、って。孤児に払った鉄貨分丸損だよ」
「フォレストウルフに噛まれた程度の穴なら別にそのまま履いてもいいじゃないか」
「やだよ。噛まれた跡が残ったパンツなんてかっこ悪いじゃないか」
「い、生きてたの……?」
しかもわりとぴんぴんしてない?
「……は?」
「フォレストウルフに噛まれたって……」
死んでなかったゲルキさんが、ちょっとびっくりした顔でわたしを見て笑った。
「いやだなぁ、ブレッド。女の子の気を引きたいからって、俺の恥ずかしい話なんかしなくったっていいだろ。いくら俺でもフォレストウルフに噛まれたぐらいで死なないよ」
「あ、死なないんだ……いや、どんな小さい傷でもそこから雑菌が入ったりしたら死ぬからね。怪我を甘く見ちゃだめだよ」
「ざっきん?」
「雑菌でわからなければ、毒だよ毒。何かに噛まれて熱出した人ぐらいいるでしょ」
「……あ、うん」
勢いに押されて、ゲルキが曖昧に頷く。
「そうだな。何事も甘く見るべきじゃない。大体フォレストウルフに噛まれたのだって、お前が変にちょっかいをかけたからだろ。それを痛い痛いと騒いだばかりなのに、今朝もホーンラビットに突き飛ばされて尻を打ってたじゃないか」
「あー! また俺のカッコ悪い話をする!」
「角で怪我する奴はたまにいるが、体当たりされて足をひねるやつは初めて見たぞ」
「それは! 俺が! 角をこう、ひらっと、ひらっと……ね?」
「ぼんやりしていて避けきれずに転んだな」
「うわーん!」
なるほど、お調子者。
「噛んだフォレストウルフってどのぐらいの大きさだったんです?」
「よくぞ聞いてくれた。それはフォレストウルフとは到底思えないほどの……」
「歯形を見ればわかるだろ。子犬だ」
何か吹こうとしてあっさりブレッドに思惑を叩き潰されたゲルキは、むぅ、と口をとがらせる。
「ちょっとぐらい俺の死闘を語ったっていいだろ」
「あんなのと死闘になるぐらいなら、兵士なんてやめちまえ」
「なんだよ、すっげえ血が出て痛かったんだぞ。ブレッドのバーカバーカ」
取り付く島もないブレッドに、ゲルキは語彙力のない罵り方をして、それからわたしの方を見た。
「ねえ、お姉さん。こんな意地悪な奴、やめといたほうがいいよ。見慣れない顔だけど、どこから来たの?」
「おかしな勘違いをするな。この方は、お嬢様のお客様だぞ」
「えっ」
ゲルキは途端にひきつった顔になり、二、三歩引き下がると「し、失礼しました」と頭を下げて、踵を返した。
「……元気な子だね」
「あぁ、アイツはまだまだ子供だ」
……2歳しか違わないのに。
思わず吹き出してしまった私に、ブレッドは困った顔になった。
「この後はどうする?」
「買うものはもうないから、帰ろうかな、と思ってるけど……」
今日はお昼にはまだ早いんだよね。
「なら、送ろう」
「えーと、道を覚えているか確認したいから、わたしについてくる感じにしてくれる?」
「もちろんだ」
「帰ってからお昼を一緒に食べる感じでいいかな? なら、パンを買って帰ろう」
食べ物屋さんを始めるからには、基本になるんだろう銅貨1枚のパンの感覚を覚えたい。
「それなら、ここのパンが一番大きくて腹持ちもいい」
銅貨1枚のパンは大きさと重さが決まっているそうだ。
その中でもこだわるのが味じゃなくて腹持ちと大きさなあたりに、ブレッドの価値観が見えた気がする。
ブレッドおすすめのパン屋さんでパンを買って帰路についた。
方位磁針はありますが、海洋で使われるため、ブレッドはその存在を知りません。いや、ルディアーナから話は聞いてますが、興味がなかったので覚えていません。
フォレストウルフ。森の浅いところや草原に出てくるちっちゃい狼。豆柴くらいのサイズ感。狼種ではあるけど、群れも小さいし、そんなに脅威でもない。食肉になるホーンラビットを狩る時に邪魔になったら討伐する程度。普通は人間は襲わない程度には賢い。
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