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今日から使える異世界ライフハック  作者: 白生荼汰


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28/66

閑話・異世界から来たお姫様/sideブレッド

本日3話目です。


大体おむすび屋さんを始めて一週間ぐらいの時期の話から始まります。


ブレッド視点

「お、ブレッドがまた見慣れないもの食ってる」

 小休止に圧縮クッキーを頬張っていると、ゲルキが声を掛けてきた。

「最近よく食ってるヤツだろ、それ。なんだ、それ。白いレンガ?」

「リサの故郷の長期保存食だそうだ。食べきれないというから譲ってもらった」

「へぇ、あのおむすび屋の? 試しに一個くれ」

「いいけど、銅貨一枚な」

「え、金取るのかよ」

「当たり前だろ。俺だってちゃんと売ってもらったんだ」

「あ、俺も気になってた」

「俺も俺も」

 次々と銅貨が差し出され、勝手に圧縮クッキーが持っていかれる。

「ちょっと待て。俺の夜食だぞ」

 止めようとしたが、すでに遅い。

 中には銅貨2枚出して一包み持っていってしまったヤツも居る。

 俺は一包みで一個のつもりだったのだが、塊ひとつで銅貨一枚と解釈されたらしい。これはもらいすぎだが、それより圧縮クッキーを返してほしい。

 金のことはいいが、夜食が足りないと腹が減るだろ!

 こんなことなら、面倒がって箱ごと持ち込むんじゃなかった。

 多く受け取った分は、今度リサに何か持っていこう。

 彼女は多分、金は受け取らない。

「おむすび屋のものにしたら、素朴な味だな」

「市販の長期保存食で彼女が作ったわけじゃないからな」

「彼女の故郷のモノは何でもとびきり美味いのかと思ってたぜ」

 ……あぁ、俺もだよ。

 俺は、リサに圧縮クッキーを譲ってもらった時のことを思い出していた。


——……


 いつもならルディアーナについて報告しに行った翌々日が休みになるのだが、緊急事態で何度も往復することになって、今日やっと休みをもらえた。

 休みといってもリサに町を案内することになっているから、あまり休みという感じはしない。

 もっとも今までだって休みの日にはルディアーナの様子を見に行ってやっていたから、そんなに変わらないんだけど。

「おーい、リサー。起きてるかー?」

 敷地の外から声をかけてしばらく待つと、リサが出てきた。

 俺がここまで入れるのはルディアーナに登録してもらっていて、かつすでにリサに招かれているからだ。

 魔術のことはよくわからないが、ここにはルディアーナが厳重に結界を張っている。

 ここまで厳重に結界を張っているのは、魔術研究の邪魔をされたくなかったのと、面白半分でだったらしい。新しい術式を試すのが楽しい、と。

 登録がないと入れない結界が一段目、敷地の中にいるものが招かなければ入れない結界が二段目の二重構造になっていて、しかも、一段目の結界を超えるには、一度敷地の主に案内してもらわなくてはだめなのだ。でなければ、中を見ることもできない。

 俺も初めてリサに会った日は、確かにここにあるはずの屋敷が見当たらず、困惑したものだ。

 どうやら今の敷地の主はリサになっているらしい。

「どうぞ、いらっしゃい。まずはお茶でも」

「おう、ありがとう」

 リサは俺を使用人ではなく客だとみなしているのか、律儀に茶を用意してくれる。

 それも、こぉひぃという薫り高い茶や高級品の発酵茶に粉のミルクや砂糖を添えてだ。

 ミルクや砂糖を添えずに薬草茶を出されることもあるが、さわやかな苦みと共に甘味もあって薫り高い美味いお茶で、その辺の草で適当に入れたお茶とは一味も二味も違う。

 こんなに歓迎してくれなくても、とは思うが、心遣いが嬉しくて言い出せずにいる。

「コーヒーでいい?」

「ミルクと砂糖を付けてくれるなら」

「りょ」

 わがままを言ってみたが、当たり前みたいに受け入れられた。

 図々しくて申し訳ないが、こぉひぃ、美味いが俺の口には苦すぎたのだ。

 砂糖とミルクを入れると夢みたいに美味いのに。

 リサがガリゴリと手ずから豆を挽くと、もういい香りがしてくる。

 恥ずかしながらガキの頃厨房に出入りしていた時みたいに、ワクワクしてリサの手元を見てしまう。

「あれ? この間と器具が違わないか?」

「淹れ方がね、違うのよ」

 丁寧にとぷとぷと様子を見ながら細く湯を注ぐ様は、何かの儀式をしているみたいで神々しくさえある。

「ミルクと砂糖は好きに使ってね」

 贅沢にもミルクと砂糖は好きに使えと、鷹揚な許しをくれたリサは焼き菓子のようなものを食べていた。

「朝からお茶か」

 リサは貴族などない世界から来た絵描きだ、と言っていたが、どうも生活習慣や立ち居振る舞いを見るに、本当は貴族階級の出なのではないかと思われる。

 手だって荒れや染み一つない。

「お茶、っていうか朝ごはんがわりね。ブレッドも食べる?」

「もらっていいのか?」

「こんなもので悪いのだけど」

「朝から砂糖入りのお茶だなんて、なんだか俺まで貴族になったみたいだ」

 リサが食べていた焼き菓子は、ほんのり甘くこれがまたこぉひぃによく合う。

 そして今日のこぉひぃは、前回飲ませてもらったものよりすっきりしていて苦味も抑えられていて、入れたミルクや砂糖をより感じられる。

「このこぉひぃ、前のより好きだ。これから朝市で飯にするつもりだったが小腹塞ぎにちょうどいいな」

「え、朝市でご飯食べられるの? それなら開けなければよかった」

「食わないならくれ」

 リサは食べきれないのか、一包みの半分を持て余していたので残った焼き菓子はもらった。

 今までリサが出してくれた食い物に比べると単調な味だが、腹に溜まる感じは悪くない。

「何を躊躇ってたんだ?」

「このクッキー、一包みが一食分なんだ。食べちゃったら朝市で何も食べられないな、って」

「そんなにか? 俺はパンを食わなくても満足できそうで助かるけどな」

 俺はよく食う方なので、朝市で腹いっぱいになるまで食おうと思うと、まずパンを食わないことには金がいくらあっても足りなくなる。

 粥でも一応腹はふさがるが、粥だけではすぐに腹が減る。

「まぁ、身動きしないでじっとしてて最低限の一食分だからね。これ、災害救助用の長期保存食なのよ」

「災害救助用?」

 どきっとして、俺は焼き菓子を見た。

 なんで災害救助用の保存食なんてものを、個人、それも女が保持しているんだ?

 そういうものは、役場や城や、そういう役人がいるところでまとめて管理するものじゃないのか?

「一日三食で三日分。助けをおとなしく待って、なんとか生き延びるための食事ってこと。幸いわたしはこれが食べるのは初めてだけど、そう考えるとあんまり食べたいものじゃないわね」

 ……おとなしく、助けを待って。

 助けを待つような事態を想定して、持たされていたということだろう。

 そしてリサはこの野営地に、他にも大量の保存食を持ち込んでいる。

「これ、箱に入ったままだと5年は持つんだ」

「5年!? すごい保存魔法だな」

 貴族向けなんだろう。

 何重にも包んで綺麗な紙の箱に詰められ、長い時間保存できるように加工された食い物。そんなものを持たされていたのは、きっとリサが少しでも長く生き延びられるようにと願ってのことだろう。

「封を開けたら魔法が解けてしまうのか?」

「封を開けてしまってもそもそも3日分の食料として想定されてるんだから、すぐに悪くなったりはしないと思う」

 じゃあ、この焼き菓子は3日以上は日持ちするのか。

「すぐに悪くならないから、余計に困るのよね……」

「なんで? いいことだろ?」

「すぐ悪くなるわけじゃないし今日食べなくてもいいか、もうしばらくは持つんじゃないか、その繰り返しで悪くなるまで放置しちゃいそうな気がするのよ。食べられるものをみすみすだめにしちゃうのは心苦しいけど」

「……あー」

 助けを待って、なんとか生き延びるための食事。

 たとえ極上の美味だとしても、そんな状況で供されると知らされていたら、食べたいとは思わないだろう。

 できれば食べたくないというのも頷ける。

 そして、見知らぬ世界にいきなり飛ばされてきたリサは、一度はコレがなくては生き延びられない状況を想像したんじゃないだろうか。

 だとしたら、もうこれはリサにとってみたくもない代物なのかもしれない。

 だったら。

「残り7つ、か。よければ買い取らせてくれないか? あんまり高いと困るけど」

「え?」

「普段、仕事の時に腹が減るから、昼飯以外にも間食用にパンを買って懐に入れておくんだ。懐に入れておくから、キャベツとか肉とか挟んでおくわけにもいかなくて。これなら軽くて小さいし、充分パンの代わりになりそうだから」

 恩着せがましいことは言いたくなくて、自分にも利があると説明する。

「あ、ありがとー! 引き取ってくれるんなら、無駄にしなくて済むし、お金なんていらないよ。だって、まだ未開封の箱が23箱もあるんだよ」

「23箱」

 思ったより数がある。

 三日分の糧食を24人分。

 小分けにしてあるということは、携帯性か、もしくはその日数だけ凌げればいいという考えの元、用意されているのだろう。

 やはり、それはリサにはそれを必要とするだけの人間が側にいたということじゃないんだろうか。

「5年、持つんだよな。一包みじゃ足りないけど、一箱を3日に分けて食うとして……一箱銅貨20枚でどうだ?」

 ルディアーナが異世界へ転移し、それに異世界人を巻き込んでしまったという、緊急性の高い報告を急いで届けたからと、領主様から金一封いただいているので、そのくらいの余裕はある。

「へ? え?」

「一包みをパン一個分として、倍くらいなら払ってもいいかな、と思ってる。素のパンと比べるとそのぐらいに美味い。キャベツ入りと比べたら、その日の気分でどっちにするか悩むだろう。しかも日持ちがする。銅貨3枚って言われたらさすがに悩むけどキリよく一箱銅貨20枚なら許容範囲かな、と。本当ならもっと価値が高いものなのだろうが、全部買う約束をするからそこはマケてくれると嬉しい」

「え、全然いいよいいよ。役立ててくれるならお金なんかいらないのに」

 どう考えても安すぎるだろう値付けが我ながらなさけなかったが、リサは気を遣ってくれる。

「これから商売を始めようというのに、その考え方はいけない。価値のあるものを無意味に譲るのは施しというんだ。俺は施しは受けたくない。リサにはただでさえ美味いものを食わせてもらってばかりいるのに」

「……そっか」

 リサは少し考えると、手を打ってにっこり笑った。

「パンの代わりにするんなら、一包み銅貨一枚だよね。じゃないとブレッドばっかり損をするじゃない。でも、日持ちする分高く買ってくれるっていうんなら、一箱で銅貨10枚。まとめて買ってくれるなら、なんと23個まとめてお値引き価格、銀貨2枚のある時払いでお売りします!」

 それだと、リサばかりが損じゃないのか?

「……いや、それは安くしすぎでは? しかもある時払いって……」

「いいの! わたしは持ってても食べないんだから。その代わりおむすび屋さんを始めたら、そっちの方も買ってよね」

「あ、あぁ……それはもちろん」

 やはり思った通り、長期保存食なんて見たくもないのだろう。

 引き取ることを申し出て良かった。

「たくさんご購入くださったので、こちらの残りもおまけとしてご進呈いたします。ってことで、残りもよろしく面倒見てください」

「はいよ。じゃあ代金だ」

「まいどー」

 所有権が移ったことを示す為に銀貨を渡すと、礼まで言われる。

「なに、朝番や夜番の時はうっかりパンを買い損ねて、空きっ腹を抱えて仕事をすることもあるんだ。これがあればそんなこともなくなる。こっちこそ助かったよ」

 日持ちがするならしばらくパンを買わなくてもいいし、この大きさなら思い切り食べようとしても嵩張らない。

 リサの買い物に付き合ってから兵舎に戻り、小腹が空いた時に箱を開けてみると、圧縮クッキーとやらの他に、箱の隙間を埋めるように以前もらったヨーカンに良く似たものも入っていた。

 さっそく開けてみるとチョコレートの匂いがして、ヨーカンとチョコレートを混ぜたような味がした。

 ……コレはスラハトが狂うヤツだ。

 リサがヨーカンをあとどれだけ持っているかはわからないから、譲ってくれというわけにはいかないが、俺に貰った分くらいなら分けてやっても構わない。

 俺は食べかけのヨーカンにすら狂喜乱舞していた男の顔を思い出し、次回の報告の時まで残りのヨーカンをとっておくことにした。


——……


「長期保存食を山のように準備する理由って何だと思う?」

「こっちに来るまでどんだけかかるかわからないほど遠くから来たって事だろ? あの人、見た目よりずっと苦労してるのな」

「見た目よりずっと歳食ってるけどな」

 ぎゃはは、とゲルキと仲のいい連中が馬鹿話をしている。

「……見回り出てくる」

 リサを馬鹿にされてるのは面白くなくて、俺は詰め所を出た。

 年齢のことを初めて聞いたときは、俺も驚いた。

 年上だとは思っていたけど二つか三つぐらいしか違わないだろうと思っていたのに、十以上も年上だと知ったからだ。

 年齢はそういう話が大好きな連中が聞き出して、年増じゃないかとバカにしていたし、彼女が未婚だと聞いてそれも物笑いの種になった。

 俺は、彼女はお嬢様の客だとたしなめるのが精一杯で、それ以上庇うことができなかった。

 多少年が上でも、あんなに若く見えるのに何が問題なんだ?

 しかも、彼女は別に年をごまかしたり、嘘をついたわけでもない。

 お前らが可愛いだのなんの言っていたルディアーナ付きのメイドなんて、ルディアーナと同い年なんて嘘をついていたが、アイツ俺より5つも年上だぞ。子供みたいな飾りを喜んで身に着けていただけで、別に若く見えていたわけでもないのに。

 バカにしている連中だって、悪気があるわけじゃない。ただ目新しい存在を話題にして面白がりたいだけなんだ。

 それがわかっているだけに、変に怒ることもできないのが余計にイライラする。

 見た目よりずっと苦労してるっていうのは、確かにそうなんだろう。

 でも彼女は長い時間をかけて旅してきたわけじゃなくて、あの野営地に住んでいたのは、長めの休暇を楽しむためだったと言っていた。

 あの野営地にしてはひどく便利な施設さえ、元居たところに比べたら不便なのだと笑いながら。

 人付き合いが嫌になって引きこもりを決めたら、まさかこんなことになるなんて。初めて会った日にそんなことをぼやいていたリサに、俺はそういうところがルディアーナと引き合ったのかもしれないなと、ぼんやり考えていた。

 魔術のことなど全くわからない俺の感想なんて、きっと的外れだったのだろうが。

 あの人は何でもできる。

 料理はもちろん、魔術なしでも洗濯もこなせば、裁縫もできる。

 それは、まるで、最初から一人きりで生きるために学ばされていたみたいだ。

 絵も描ければ、ダンスを習ったことさえあると言っていた。

 習ったことはあるが踊れないというのは、実践する場を与えられなかったからじゃないのか。

 その上、戦うことなんてできないのに、黒く光を反射しないように加工された、恐ろしく切れるナイフまで与えられている。

 祖母から譲り受けたというそのナイフは何を切るために与えられていたものだったのだろう。

 焚き付けを作るのに使ったぐらいで、ほとんど使いこまれていないナイフが切り裂くはずだったものは……。

 長期の保存食を必要とするのは、長い旅をする時、災害があった時、そして籠城をしなければならない時。

 彼女が所持していたのは、自炊を可能にする器具と、執拗なまでに毒を警戒した保存食。移動手段のない馬車。

 そういえば、最初の日にヤキソバを作ってくれた材料も、幾重にも包装されていた。

 そうでもしなければならない何かが彼女にはあったんだ。

 使用人はいないと言っていたが、使用人も信用できず、自分で食事すら用意しなくてはならないような生育環境を経て、絵を描こうにも材料を自分で取りに行くことはかなわないような状況。

 さらに言えば、適齢期を過ぎているのに、夫もいない。

 長期保存食を用意したのは、少しでも長く生き延びられるようにと願ってのことだとばかり思っていた。

 そうではなく、命を繋いでおく必要があり、けれど、いざという時は苦しまずに死ねるような用意も持たせておく。

 それは、その血自体に価値があったということなんじゃないのか。

 そして常に毒を警戒する必要がある環境。

 リサには妙に警戒心が強いところと、無防備なところが混在するように感じていた。

 俺に対しても、初対面の人間に対する警戒はあったが、男として警戒されていると感じたことはない。

 それが、あえてそういう風に育てられたが故だったとしたら。

 ひょっとしたら、彼女は貴族どころか、最も高貴な血、というやつなのかもしれない。

 それも限られた社交しかさせてもらえず、周囲には味方がいないような。

 そういえば、彼女は祖母のことは何度も口にし、いろいろなものを譲り受けたように言っていたが、両親やその他の家族に関しての口は重い。

 血縁でも気が合わないことはある、とも言っていた。

 貴族社会では血縁同士でも争いあうことがあると聞いたことがある。

 彼女はそういった血筋の生まれなんじゃないだろうか。


「お姫様……か」


 もし、リサがいざという時は自刃を望まれるような存在だったというのなら、むしろこちらの世界に来たのはいいことだったのかもしれない。

 彼女は少し休んだら帰るつもりだったとは言いながら、いつでも楽しそうだ。

 向こうのしがらみを切り離したこの世界で、彼女がずっと笑顔でいられるように、俺は願わずにいられなかった。

女の子はみんなお姫様だから。


いつも読んでいただきありがとうございます。

ブックマークや★★★★★、レビュー等で応援してもらえると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いします。


ほんとにストック切れたー!

なんでストックもないのに複数更新したし。

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