閑話・異世界の菓子/sideブレッド
本日2話目更新
3話目は20時公開予定です。
ブレッド視点
ブレッドから見たリサ……というかスラハト。
勘違い回になるはずだったのだけど。
ここからもう一話ブレッド回が続きます。
話はリサを領主館まで連れて行った日に遡る。
なんとなくリサのことが気に掛かった俺は、ダスティロー様との会見に同席させてもらった。
偉い方と顔合わせするのに、知らぬこととはいえ、足の形が出るような服を選ぶ女だ。
うっかり変な勘違いをされて娼館に送られでもしたら寝覚めが悪い。
どうやら彼女が生まれ育った国は、この国とはかけ離れた常識がありそうなことを、会見が無事に終わったら報告しなくては。
その会見の席で、彼女の拠点で当たり前に俺にも出されていた水が、厳重に毒への警戒が施されたものだと知った。
そんな貴重なものを俺にまで惜しげもなく提供してくれていたのか。
考えてみたら、金属筒に入れられたエールというのも、毒物の混入を恐れてのものだったのだろうか。
リサは手荷物に非常食を入れていたのだが、そいつも確認したい、となった時、ちょっとしたことが起きた。
それぞれ二つあった水とチョコレートとヨーカンは、自惚れでなければ、俺の分も用意されていたのだろう。そのうちひとつずつの検品をダスティロー様が求めた。
毒などを持ち込まれては困るから、これ自体は当たり前の対応なのだが、毒味をしたスラハトの野郎がおかしな挙動を見せたため、リサが妙な目で見られることになったのだ。
リサがおかしなものを出すわけがない。
付き合いは短いがリサを信用していた俺は、本人にも毒見をするように差し出されたそれに咄嗟に手を伸ばした。
そして、チョコレートを口にした俺は、一瞬呆けることになった。
「なぁ、リサ。これは危険だ……こんなものを持ち歩いていたなんて正気か?」
なんだ、この口の中に天国と悪魔を放り込んだような食い物は。
口の中に極上の甘い香りと心地よい苦さが広がり、そのくせ魅惑的な甘みで満たされる。いい酒を口にしたような酩酊感があるが、それよりもずっと濃厚なのだ。
「ただのお菓子に何言ってんの?」
同じものを口にしたはずなのに、リサはものともせずに困惑した顔を俺に向ける。
「これは……美味すぎるだろ。よく食べ尽くさずに持ち歩けたな。正直今俺は味見で留めず、もうひとかけら食べたい気持ちに抗いがたい」
俺に同意するようにスラハトが何度も首を振った。
「それほどまでにですか?」
「それほどまでに、です!」
疑わしげにダスティロー様に問われたスラハトは力強く答えた。
自分でも口にすればダスティロー様も納得したようで、譲渡を願い出る。
続いて確認したヨーカンとやらもよほど美味かったのか、毒見をしたスラハトは恍惚としてダスティロー様に叱られていた。
そんなに美味いのか。
俺も少しくらい味を見てみたかったな、と残念に思っていると、リサは未開封のものを俺に渡してくれた。
チョコレートもヨーカンも豆を使った菓子らしい。
豆なんてスープのかさましに入れるものだと思っていたが、砂糖をたっぷり使って菓子にするとあんなに美味いのか。
リサは会見の最後に花の絵柄の宝石なんてとんでもないものを取り出して、ダスティロー様の度肝を抜いていた。
形見の宝だというのに、これを売って金を作りたいらしい。
豪胆な話にとんでもない額の金が行きかい、目が回りそうだ。
金貨5枚なんて、危険手当やらなんやらを入れても、俺の年収で届くかどうかだ。
こんな小さな石がそんな値段になるんだな。
会見が終わると、リサはメイドとしてラウムを紹介され、俺はダスティロー様がいくつかの手配を済ませるまで待機するように命じられた。
俺からの報告も合わせて領主様に奏上するらしい。
きちんと俺の話も聞いてから報告してくれるということで、ほっとした俺は、リサにもらったヨーカンを剥き、齧り付いた。
ねちっとした歯触りだが、齧り取ってしまえばネトネトとはしてなくて、歯が当たる傍から崩れていくような食感は潰した芋に似ている。
潰した豆の皮をとって、何かで固めてあるんだろうか。
ものすごく甘いのに、その甘さでほっとした気持ちになる。
なるほど美味い。
「おいっ」
もったいないのでちびちび食おうかと、まじまじと歯形を眺めていたら、スラハトに声を掛けられた。
「あ、あぁあ……お前、そんな乱暴に食い散らかしやがって……お前、それ……」
気取り屋のスラハトが泣きそうな顔をしている。
「俺がもらったものをどう食おうと勝手でしょう」
スラハトは伯爵家の3男で、いい家の出なのが自慢なのか、すかした奴だ。
伯爵家というのは、王様を除くと上から三番目に偉いということだが、じゃあ辺境伯はどのぐらい偉いんだというと、公爵様と同じくらいだとか、いや侯爵様だとか、辺境伯と言えども伯爵なのだから伯爵と同じだとか、偉い人の序列はよくわからない。
ただ伯爵家の3男が家来になってるんだから、きっと伯爵よりは偉いんだろう。
まぁ、平民の俺にしてみたら子爵も男爵も騎士爵もみんな貴族だから一緒だ。
でも、貴族は家督とやらを継げないと貴族ではなくなるらしい。でも代替わりをするまでは、扱いは貴族なのだそうだからややこしい。
庭師の息子の俺が庭師を継がないと庭師の家とは言えないようなものか。俺に子ができたら兵士の子と名乗るようになるだろう。
スラハトはオウデルハインダー家の家令見習いで使用人の中では偉い部類に入るのだが、俺は兵士だから直接の上役ではない。
小さい頃に何を勘違いしたのか、スラハトがルディアーナにまで偉そうに振舞って嫌われて以来、顔こそ知っているが、あまり付き合いがないのだ。
別に用事もないのに取り合うこともないか、とヨーカンの続きを食べようとしたら……。
「あぁ、待って! 待ってください! お願いします!」
ヨーカンを持つ手にすがられた。
「その残りを売ってくれないか。金なら出す!」
「……お貴族様に齧りかけをお譲りするのはちょっと」
「そんなことは気にしない! 君が気になるなら、涙を呑んで歯形分は譲ろう。私に売ってくれるのはその残りでいい。小銀貨一枚でどうだ。いや、二枚出す」
「口付けちゃったし、一枚でいいですよ」
金額に心惹かれたわけでなく、こんなに必死な相手に素気無くするのはどうかと思ったからだ。
下手に金を断ってプライドを傷つけたりしても困るしな。
「ありがとう、ありがとう!」
俺からヨーカンを受け取ったスラハトは、残った歯型を切り落として寄こすと、手にしたヨーカンを掲げてくるくると回っている。
なるべく薄く切り落としていたから、そこはまだ俺が口をつけた範疇だと思うのだが……まぁ、いいか。
「もし、今後、君がリサ様からチョコレートやヨーカンをお譲りいただけるようであれば、私に知らせてほしい。君にも手数料として仲介料を払おう」
「……リサ様次第なので期待はしないでください」
「あぁ、もちろんだ」
……スラハトはこんなに面白い男だったのか。
貴族だ、すかしてると決めつけたりせず、こちらの家に世話になっている間に、もう少し親しくしておけばよかったかな、と少しだけ思った。
当初影も形もなく、こんなおもしれー男ではなかったスラハト。
なんでこんなキャラの濃い男になったのか。
兵士は高級取りで一家7人くらい養える。
ただし独身だと出ていくお金も大きい。
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