美味しいチャーシューと勘違い
ジャージから町行き用の服に着替え、いつものお出かけセットを用意して山を下りた。
いけるかな、と思ったけど迷ったね!
方向音痴じゃないつもりだったのに、自然の中はいかんせん勝手が違う。
キャンプセットも持ってきた方がよかったかな、と悔やんでしまったが、帰りも迷ったら迷った時のことだ。
最悪、フィーダに戻ってブレッドに泣きつくって手も使えなくもない。
やらないけど。
……やらずに済むといいなぁ。
水も非常食も持ってるから、多分大丈夫。多分。
「……あ」
思ったより彷徨っていたみたいで、ちょうど門についたところで正午の鐘が鳴った。
身分証明の札を取り出そうともたもたしていると、門番が親しげに声をかけてきた。
「あれ、リサじゃないか。こんにちは」
「こんにちは、ワフタさん」
「ワフタさん、なんてやめてくれよ。なんだかケツがむずむずする」
わはは、と人懐っこく笑って、ワフタは札を確認もせず門を通してくれた。
「あのー、札……」
「あぁ、いい、いい。もうリサの顔は覚えたから。俺以外の奴が立ってたら忘れずに見せてくれ」
……そういうもんなのか。
「はーい。じゃ、お仕事頑張ってください」
「ありがとよ。俺は昼番だから帰る時の見送りもきっと俺だぜ」
軽く会釈をして、向かうのは肉屋だ。
本当はお昼を食べてから、と思っていたのだけど、山の中で迷っていたせいで遅くなってしまった。
「こんにちは」
「お、いらっしゃい。また買い物かい?」
「いえ、ちょっとお聞きしたことがあって……あの、これチャーシューっていって、一昨日こちらで購入したお肉をわたしの故郷の調味料で煮付けたものですが、ご迷惑でなければ」
そっと差し出したのは、昨日作ったチャーシューをラーメンに入っているのより少し厚めにスライスしたものだ。一人ではとても食べきれないし、半分くらい持ってきた。
切ったチャーシューに煮詰めたタレを掛けて、竹の皮で包んである。ビニール袋に入れたいところだけど、こっちにビニールはなさそうだったから、そのままぶら下げてきた。
気分は、酔っぱらった波平さんである。
頭にネクタイ巻いて、千鳥足で寿司折持って帰ってくるやつ。
あれの中身が握り寿司だって知った時はびっくりした。寿司屋で飲んでたのか、わざわざお土産を買いに寿司屋に寄ったのか、時代設定的に回転寿司も持ち帰り寿司もないだろうに、波平さん意外と稼いでる人だったんだろうか。
「ほう、そりゃけっこうなものを。味を見てもいいかい?」
「ええ、もちろん」
マグは竹包みを開くと、指で一切れ摘んだ。
「ほ、コイツは……甘辛くて臭みもなく、歯抜けの爺さんでも食えそうなほどに柔らかい。コレをうちにおろしてくれるのかい?」
「え?」
「それとも定期的に肉の取引を……」
「違う違う、そんなに沢山は作れないから」
とんでもない勘違いで慌てる。
たまにならいいけど、そんなにチャーシューばっかり作ってられないよ。
「それほど調味料を持ってこられたわけじゃないし、もう仕入れるあてがないから、大きな取り引きができるわけじゃないの。聞きたかったのは、むしろ逆。銅貨何枚か分みたいな買い方ができるのか、ってこと」
「ああ。そりゃもちろん。流石にレッドホーンブルを銅貨一枚分だけ買うから仕入れて欲しいなんて言われても困るが、折り合いがつけば仕入れも請け負うぜ」
マグはキョトンとして答え、それから何かに気がついたみたいで「あ」と声を上げた。
「すまねぇ。お嬢様の客で食い物屋を開くっていうから、俺はてっきり領主様を後ろ盾に食堂でも開くものかと……勘違いだったんだな」
「食べ物を売ると言っても故郷から持ってきたものを、悪くしてしまう前に売ってしまおうと思っただけで、朝市か露店でお昼を売るつもりなんだ」
「だったら一昨日は悪かったな。あれだけの肉は持て余しただろう」
マグは苦笑している。
「なんとか保存用に加工したつもりだけど、チャーシューは作りすぎて食べきれなさそうだったから」
「ははぁ、それで質問がてらお裾分けにきてくれたのか」
「それともうひとつ聞きたいことがあって、売り物を包むのにもそれを使うつもりなんだけど、あまり数がないからお肉を包んでくれた葉っぱをどこで仕入れたらいいか教えてもらえない?」
竹の皮も個人で使うだけなら大量にあるし、繰り返し使えるらしいけど、おむすびを売り出したら回収できるとも思えないし、そうなれば使い切るのはあっという間だ。その前に代替品を見つけておきたかった。
「ああ、エイクの葉ならどこの雑貨屋にも置いてあると思うが、うちじゃ使う量が量だから、まとめて冒険者ギルドに頼んでる。品質がまばらな分安いし、風通しのいいところに置いておけば半年は持つからな」
「雑貨屋で買うと高い?」
「銅貨一枚で顔ほどのを10枚くらいなものじゃないか? その代わり雑貨屋で売ってるのは穴あきや破れは少ない」
少ないってことは少しは混ざってしまうということか。
試しに雑貨屋で買ってみて良さそうなら、一回ぐらい冒険者に依頼っていうのもやってみたいし、冒険者ギルドで頼んでみるかな。
「あー、あとハーブや香辛料ってどこで売ってる?」
「ハーブは八百屋だったり、薬屋だったり色々だな……香辛料は専門の店がある。朝市でも流れの行商が露店を開いてることもあるがピンキリだな。目利きに自信がなければ専門の店で買う方がずっといい」
八百屋ならそこ、薬屋はこっち、香辛料は突き当たった角の……と、マグがおすすめの店を教えてくれる。
香味野菜はソミュール液にあとから突っ込んでも大丈夫だろうか。
やらないよりはマシかな?
「大事なことを忘れてた。おすすめの酒屋さんがあればそれも教えて」
「おー、そりゃ大事だ」
マグは笑いながら、ミードなら、ワインなら、エールなら、といくつかの酒屋と食堂を上げる。その中には、あのもつ煮込みのおじさんの店もあって、やっぱりな、と思う。
「そのうち、うちのハムやソーセージも買いに来てくれ。自慢じゃないが、ちょっとしたものだぜ?」
胸を張って誇る姿勢が本当に美味しそうだ。
美味しいものを知る人が作るソーセージなんて、確実に信頼がおけるじゃないか。
「このちゃーしゅー? これはエールにも合いそうだが、どうせならとびっきりいいドワーフの火酒に合わせたいもんだ」
「ドワーフの火酒ってやっぱりなかなか手に入らないもの?」
そう言えば、ブレッドもそんなようなお酒の話をしていたな、と思って聞くとマグがははは、と笑って、こっそり教えてくれた。
「ドワーフの火酒ってのは、そう呼ばれてるだけで、酒精の強い酒の総称みたいなものさ。もちろん本物の伝説もあるが、まだ酒を飲みつけない若いのを煙に巻くのに、ドワーフの火酒って呼ぶんだよ。たまにこいつで詐欺を図るやつもいるから気をつけな」
「あ、そういうこと」
向こうで言うレディキラーみたいなもので、さらには一休さんの水飴みたいな役割を果たす言葉なのか。
こっちのエールってアルコール度数低そうだもんな。
「調味料はともかく、このチャーシューってのの作り方を教えてはもらえないか? なんとかうちでも工夫してみたい」
「構わないけど、調味料抜きのチャーシューかぁ……」
それって煮豚?
「チャーシューはバラ肉でも肩肉でもそれぞれの良さがあって美味しいんだけど、まずは塊のお肉をくくって形を整えてから茹でるのね。その時に香味野菜も一緒に入れたり、臭み抜きにお酒を淹れたりもするけど、基本的には水から茹でて肉が水面から出ないようにするのと、火が通ったら冷めるまでゆで汁につけっぱなしにしておくのがコツと言えばコツかな」
「この柔らかさはいったん茹でているからか」
「そうそう。そこで柔らかさが決まるんだ。それから、取り出したお肉に焼き色を付けて、それから調味料を合わせたタレで転がしながらまんべんなく味が付くように煮て、あとは冷めて味が染みるまでタレに漬けておくの」
「茹でて冷まして焼いて煮て冷まして、ずいぶん手間がかかるんだな。そりゃこんなに柔らかくもなるし、たくさんも作れないわけだ」
感心したようにマグは言って、指にタレをつけてぺろりと舐めた。
「この茶色いのはリサの故郷の調味料か。それに砂糖が入っているのか? 茶色いのは砂糖を焦がしたわけじゃなさそうだ」
「今は冷たいまま味見してるけど、少し炙って温めて、ネギを薄く切ったのと合わせたりすると最高なんだ。あと、辛子とか胡椒とか辛いものを少し添えるともっといい」
「おぉ、そいつはいいことを聞いた。だが、持って帰って晩酌の肴にすると、チビがみんな持っていっちまいそうだな」
そんなことを言いながら、マグは幸せでたまらない、という風に顔を緩める。
「ちび?」
「おう。俺のとこにはガキが3人ばかしいてな。どれも可愛いが、一番ちっこいのが俺が晩酌をしているとすぐに膝の上に乗ってきてつまみを強請るんだ」
「それは可愛いね。可愛くってたまらないでしょう」
「もちろんだとも。あいつらがいるから、仕事も頑張れるってもんだ。お、いらっしゃい」
お客さんが来たし、聞きたいことも聞けたからそこでお暇することにした。
マグに聞いた店でお昼にしたら、買い物をして帰ろう。
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