家庭菜園とわたしと筋肉痛
チャーシューも実に良い出来だった。
本当は、バラチャーシューより肩ロースで作ったのの方が好きなんだけど、適度な薄さに切り分けたのをハンドバーナーで炙って、たっぷりのスライスオニオンを添えると、ビールが進む進む。
いきなりの異世界ではあったけど、氷魔法をくれた神様にめちゃくちゃ感謝した。
あとは辛子が欲しかった。
こっちの世界にはマスタードってあるのかな。
かなり飲んじゃって入るのめんどくさいなーって思ったけど、畑仕事をしたことだしとお風呂の支度をしていて気が付いた。ラウムは氷魔法を水の素養と火の素養って言っていた。
で、氷と水の違いって何よ、って言ったら状態と密度と分子の運動だっけ、なんて義務教育で受けた科学の基礎みたいなことを思い出して、もっと単純に言えば温度じゃん? と、試してみたら、お湯も出せたのだ。
前日にせっせとお湯を沸かした苦労は何だったのか。
温度も湯量も自由自在で、思いつけばバカバカしい話だ。
ひゃっほう、これで湯沸かし用の魔道具いらずだぜ。
俺が、わたしが、自動湯沸かし器だ!
まぁ、お湯が溜まるまで注水してなきゃいけないのはかったるくはあるんだけど、それでもお湯を沸かしては運ぶ手間に比べたら段違いで楽だ。
一気にお湯を注ぐ、っていうのもやればできる気はする。でも水の勢いとかを考えると、ほどほどってものがある。
なんにせよ、これからはお風呂に入り放題だ。
お風呂は湿気を溜めたくないから、グリルテーブルを置いてるタープからテーブルをどけて、サイドシートをかけて入っている。
敷地内には誰も入ってこれないと言われても、屋外で全裸になれるほどの度胸はわたしにはない。
もっともこれから毎日入るなら、衛生的に気になるから専用のスペースを作った方がいいかな。
お風呂場で料理されるとか、嫌だよね。
幸い、物置にはパーティションもブルーシートもあるから、がっつりDIYはしなくてよさそう。
なんなら、運動会のテントみたいなタープを常設しちゃって、パーティション立てるだけでもいいかな。洗い場代わりに空のパレットを置いておけば十分じゃなかろうか。
今後を夢想しつつ湯船に浸かって、パンパンに張った腕をゆっくりと揉み解す。
農作業なんて慣れない動きをしたせいか、体中が凝っている。
お風呂に入れるようになってよかったな。入浴剤代わりになるものがあるともっといいけどなー、なんて考えていたわたしは、翌朝筋肉痛で動けなくなるなんて思いもしなかった。
「ひっ……あいたたたた……いたーい!」
起き上がろうとしたら、びきっとなって悲鳴を上げる。
「えぇ、嘘ー! 全身痛い!」
ひいひい言いつつ、体を起こして身支度を整える。
「わ、腕上げても痛い。体ひねっても痛いー!」
どんなに騒いだところで、ひとり。
応えてくれる人も心配してくれる人もいない。
だから好きなだけ騒げるっていうのもあるんだけど。
「うわー、筋肉痛だ。翌日に出るのは若い証拠ー!」
実際にはそんなエビデンスはないらしいけど、そうでも信じなきゃやってられない。
ゆっくりストレッチをしながらお茶を入れ、あまりにも何もする気になれなくて羊羹をつまむ。
最近ずっと持ち歩いてたけど、食べるのは久しぶりだ。
甘さが染みる。
「最近は結構運動してるつもりだったんだけどなぁ……」
実際奥多摩に引っ越してから、トレッキングだったり、倉庫整理だったり、運動量は働いてた頃に比べてずっと増えていたはず。
こっちに来てからなんて、連日ずっと動き回ってるつもりだったのに、いつもとは違う動きだったからか筋肉痛に見舞われた。
「はぁー無理無理。今日はもう、農作業はお休みにしまーす」
誰にともなく宣言して、急須を洗う。
飲んだ後のお茶の葉は、日本茶も紅茶も麦茶もほうじ茶もついでにコーヒーも、それぞれ乾かしてとっておいてある。これはこちらに来てからの習慣だ。日本茶は以前からたまに食べたりもしていたけど、取っておいてあるのは別に食べるためじゃないし、またお茶を入れるためでもない。
お茶やコーヒーの出し殻は消臭剤になると聞いたことがあるからだ。
向こうにいるときは、消臭剤くらい買いに行けばよかったけど、この世界にそんなものある!?
そのうち鼻が慣れて大丈夫になったりするのかもしれないけど、ごみ収集してもらえるわけでもなく、このプレハブで生活が完結するかと思うと、不安になった。
この程度の対策じゃどうにもならないかもしれないけど、やらないよりはマシかなって。
なお乾かして溜めてはいるが、幸か不幸かまだ活躍の場はない。
お茶を入れた後の出し殻は、ざるの上に広げておくと、簡単にカラカラになる。コーヒーも、ペーパードリップしたならそのままお皿の上に放置しておく。紅茶に至ってはティーバッグをぶら下げておくだけだ。
湿度計がないから確かなことはわからないけど、どうもこちらの世界はあちらより空気が乾燥している気がする。
朝晩オールインワンジェルをつけるたびに吸い込む感じがするのは、肌も乾燥しているからかもしれない。
初日からそんな感じだったから、別にこれはわたしが水魔法を使いすぎてるとかではなく、風土的なものなんじゃないかな。
「あー、いたーい。体中痛ーい」
起きてしばらくしたら落ち着いてきたようなつもりでいたのに、どうかすると、ぴきっと身体が悲鳴を上げる。
こんなことで裏庭を畑にできるんだろうか。
そもそも畑ってどうやって作るものなんだろう。
倉庫にあった肥料や石灰の袋に使い方が書いてあったから、そのままやればいいのかしら。
石灰や肥料の量が足りるのか、なくなったらどうすればいいのか、継続して運用できるのか、全くの未知数だ。
別に農業で食っていこうっていうわけじゃないし、閑散とした朝市でも見たことのある野菜を売っていたから、もっと気楽にやればいいのかもしれないけども。
「その前におむすび屋さんだよね」
畑はそもそもやる予定はなかったんだから、ひとまず置いておいてもいい。
開業費用も、七宝焼きのペンダントトップを思いがけず高値で買い取ってもらえたから、当面の心配はない。いくらになるか知らないけど、空き缶やペットボトルの空き容器も買い取ってもらえる予定だ。その上、2年は免税してもらえるから、しばらくの生活費はただみたいなものだ。
物置にあるものも、プレハブにあるものも、売れば売っただけ儲けになる。
今のところ食料品以外は売る予定はないけども。
「……よし、市場調査に行くか」
知りたいこともあるし、ひとりでフィーダに行ってみよう!
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