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今日から使える異世界ライフハック  作者: 白生荼汰


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角煮は恋の媚薬

 住民登録を済ませて、商業ギルドで食べ物屋さんを開業するのに必要なことを聞きにいく。

 商業ギルドの看板は契約書を模したシンボルマークだ。職人ギルドは槌、冒険者ギルドは剣、農業ギルドは麦がそれぞれシンボルマークになっている。フィーダはそれほど大きな町ではないからこの4つのギルドしかないが、領都では人足ギルドなど、細分化されたギルドがあるそうだ。

「手売りですか? ははぁ、行商と言っても他所に行く予定はない。それなら手続きする人は珍しい。真面目ですねぇ」

 サトゥと名乗った商業ギルドの受付おじさんは、腕を曲げ伸ばしして領主様からの紹介状を確認しながら言った。透かしが入ってるわけじゃないから、多分老眼だろう。

 こめかみのあたりからペッタリと撫でつけられた髪型といい、あちらの世界ならばアームウォーマーをしていそうな、いかにもな中間管理職っぽさだ。

 思わず「佐藤さんですか?」と名乗られた時に聞き返してしまったが、濃い緑の髪と顔立ちは明らかに日本人とは言い難い。なのに、どこか馴染み深さを覚えさせる雰囲気をしている。

「真面目、ですか?」

「本当は届け出てもらわないと困るんですけど、手売りくらいの小商いだと、本業の片手間に小銭を稼げれば、みたいなところがありますからね。我々もこう、薄目で見て」

「薄目で見て」

「敷物しいたり屋台出したり露店と呼べるようになったらちゃんとしていただかないと困りますが、まぁ、モグリの行商はそれなりにいますよ。はは」

 サトゥは肩を竦めながら、露店を出す際の注意を説明してくれる。

 朝市は早いもの勝ちで店主が両手を開くだけの幅の敷物を用意して、一回銅貨3枚。揉め事を起こしたら退場。というシンプルさ。

 それ以外の露店は、1日小銀貨2枚。

 場所代はギルド員が見回りをしているので、その人に支払い、支払い札を貰う。あるいはあらかじめギルドで支払い、支払い札をもらっておく。出店場所については半径5メートル以内の居住者等、もしくは兵士に注意されたら速やかに移動すること。参加費や場所代に税金が含まれている。

 どちらも簡単に詐欺や不正が出来そうなシステムだ。

「今年含め来年から2年は免税になりますから、今のうちに店舗を構えるのはどうですか?」

 領主様と交渉したのは、これ。囲い込みを匂わせる向こうと、ある程度は自由を保証してもらいたいこちらで、落とし所が免税だった。

 店舗を構えるとなると、どんと税金の額が跳ね上がる。なので税金が免除されてるうちに、安定した事業が展開出来るなら店舗を構えてしまえ、というのは当然のアドバイスだ。

 だけど、今はちょっと考えられない。

 毎日十食程度だとしても、おむすび屋さんを続けられるのは半年くらいなものだろう。店舗を開いてしまえば、手元にあるものを売りつくす前に次の商材を見つけられなきゃ詰む。

「まだこちらに来て慣れないので、おいおい考えさせてください」

「そうですか? 揉め事があればギルドに相談してください。何もないのが一番ですが」

 そう言ってサトゥ氏は今日から3年後の年末までの朝市と露天の場所代支払い札を渡してきた。

 ほーらー! この雑なシステム!

 どうすんの、わたしがこの札横流ししたら!

「新しいお店が出来るのは私どもも歓迎です。楽しみにしていますよ」

「その時にはよろしくお願いします」

 愛想笑いで締めて、商業ギルドを出る。

「あと行きたいところとか、買っておきたいものとかあるか?」

「あー……できればお肉も欲しかったんだけど……」

 抱えている大根に目を向ける。

 この大荷物でさらに買い物とか、厳しいものがある。

「肉? 肉で遠慮してるのか?」

 ブレッドは笑い出した。

「遠慮しなくていい。今日は荷物持ちをするつもりだったんだ」

「そっか、じゃあお肉も買っていっちゃおうかな」

 お肉屋さんまでの道すがら、お店についていろいろ聞く。

 防具屋さんとか武器屋さんとかが並んでるのは、さすが剣と魔法のファンタジー。

「魔道具屋さんとかはないの?」

「魔道具屋は領都までいかないとないな」

 湯沸かし器欲しかったんだけど、領主様に交渉するの忘れてたんだよね。

 昨日は地道にお湯沸かしてお風呂入った。

 めっちゃ面倒だった。

 魔法のおかげで水を入れるのは楽だったけど、投げ込みヒーターがね……。あるだけありがたいといえばそうなんだけど、加熱中は水に触ったらいけなくて、様子を見て引き上げ、湯温を確認すること数回。見てるからなかなか温まらないんじゃないかと思ったくらい。

 あれ、でも魔道具でもそんなに手間は変わらない?

 求む、自動湯沸かし器。


 商業ギルドから肉屋はすぐだった。

「おや、ブレッド。どうした、おつかいかい?」

「いや、付き添い」

「付き添い?」

「あ、ども」

 ヘラっと笑うと、肉屋のおじさんは目を丸くして面白そうな顔をした。

「なんだい、見ない顔だね。ブレッドやい、どっから嫁を取ることになったんだね」

「違う。お嬢様の客だ。そのうち食い物屋を始めるから、得意先になるかもしれないぞ」

「そうかい。マグの肉屋にようこそ。俺が店主のマグだ」

「リサです」

 柔らかな赤茶色の髪を短く刈り込んだマグは、背も高く、肩も胸板も分厚くて、プロレスラーのような体格をしている。顔立ちは優しげだけど、初めて会ったらその体格だけで怯えてしまったかもしれない。

「で、今日は星の日。週に一度、塩漬けでない肉が買える日だ。早速買って行くかね。どこがいい?」

「じゃあ、バラ肉……脂肪とお肉が層になったところ、貰えますか?」

「あいよー。まだ骨外してないから、ちょっと待ってな」

 どどん、とまな板の上に乗せられた肉塊は生々しい。肉は手際良く切り分けられていく。

「塩漬けじゃないお肉は星の日にしか買えないんですか?」

「ん? 狩りの獲物や注文が入れば別だがね。鶏なんかは家で締めちまうことも多いが、うちでも受けてるよ。なんなら、ボアでもオークでも任せな。お代は払ってもらうけどな」

 あっはっは、と笑ったマグは、ある程度形を整えた肉をベシベシと叩いた。

 ちょっと話しただけでも朗らかな人柄が伝わってくる。

「ブレッドの紹介だ。お近づきの印に、今日は小銀貨一枚でいいや」

「え、安……」

 某会員制スーパーの塊肉みたいな大きさで2500円。向こうなら4000円〜5000円くらいはするはず。値段と肉の大きさに圧倒されているうちに、マグは肉塊を包み始めてしまう。

「……っあ」

 そんなには要らないです。と、声を上げる前に、塊肉は大きな葉っぱで包み込まれた。

「ちょ、ちょっと多い、かもしれませんね」

「どうせブレッドが持って行くんだろ? 遠慮しないでこき使ってやんなよ。はい、小銀貨一枚」

「……はい」

 既に包まれてしまったものを断るのも気がひける。

 ブレッドはなんの疑いもなく、買った肉を受け取った。

「……帰ろうか」

「毎度あり。今後ともご贔屓に」

 笑顔のマグに引き攣り笑いを返す。

 この肉塊どうしよう?


 プレハブに帰ってきたわたしは、グリルテーブルにまな板と包丁を持ち出して、ざっくりと肉塊を切り分ける。このサイズのお肉、プレハブ内の簡易キッチンだとちょっと作業しづらい。

 いや、デカいわ。コレ。

 マグやブレッドが軽く持ってたから騙されてたけど、某会員制スーパーで見たものより一回りは大きい。ひょっとして、この世界の豚自体が大きい?

 なんとなくで6等分した一塊が保存バッグに入りきらないの。仕方なく周囲を削って形を整える。切り落とした肉だけで軽く一食分になりそう。

 ひとまずクーラーボックスに避難させるにしても、マヨネーズやめんつゆといった要冷蔵のものまで出すわけにいかないし、この肉を全部入れたらビールを冷やしておく隙間がない!

「……何か手伝うことはあるか?」

 一休みしていって、と出しておいたお茶を飲んでいたブレッドが声をかけてきた。

「この後、時間ある?」

「この時間なら、戻ったら夕方の鍛錬に参加しようかと思っていたぐらいで用事はないな」

「そっか。それなら、食べるのを手伝ってほしい。割と真剣に。あ、あと火を起こしてくれると助かる」

 今日は今日の分と明日の分の調理を同時進行したいから、ファイヤーピットを使いたい。

 切り分けたお肉のうち5つはクーラーボックスに入れた。あと1つ入れちゃうと、氷まで入らなくなってしまう。

 ブレッドはさすがで、火起こしはスムーズだった。

「もう肉を焼くのか」

「これは下ごしらえで、食べるのは明日だよ」

「明日? この時間から料理してか。ずいぶん手間をかけるんだな」

 かなり強い焼き色が付くまで焼くと、染み出た油で肉が泳ぎそうだ。

「……うまそうな匂いだ」

「だよね。これだけで酒が飲める」

 焼いた肉を鍋に入れ、たっぷり水を張って火にかける。

「スープ?」

「お肉を煮るんだけど、スープではないな」

 沸騰するまでの間に、お米を精米する。

 さて、お米を研ごう、と思って、ふと気になって、大根の端っこを切って齧ってみる。

 ……割と野性的な味がする。

 サラダにするなら水にさらしたり、塩もみした方がよさそうだ。

 最近の品種改良した青首大根と違って、これは下茹で必須だな。

 大根は厚めに輪切りして、面取りはしないけど隠し包丁だけ入れておく。

 煮崩れが嫌なら、グラグラ煮立てなければいいんである。火のあたりが弱いところに鍋を置いてゆっくり茹でればいい。

 お米のとぎ汁で大根を下茹でしている間に、肉の鍋が沸騰する。

 肉の鍋を火からおろし、肉を取り出して洗い、ダッチオーブンに移す。改めて水を張ってネギの青いところと、軽くつぶしたニンニク、それから……。

「あ、生姜がない」

「生姜?」

「しょーがないなー」

 これは駄洒落じゃない、念のため。

 辛みが強くてそのまま食べるにはちょっと持て余していた生姜糖を代わりに入れる。

 何をするにせよ、生姜は欲しいな。

 どこで売ってるんだろう。

 八百屋か、薬屋か……。

「それ、生姜か?」

「砂糖で甘く煮て干した奴だけどね」

 わたしの答えにブレッドは信じられないものを見る目になる。

「……リサは惚れ薬を作っているのか?」

「はぁ!?」

 突拍子もない冤罪だ。

「なんで? なんのために?」

「いや、それは俺の方こそ聞きたい。もし俺に惚れ薬を盛るつもりなら、こうして堂々と調薬している意味が分からない」

 ブレッドの顔が赤くなっている。

「しないしないしない! っていうか、別に惚れ薬の調薬とかしてないから。それこそブレッドに惚れ薬飲ませるとか意味わかんないし」

「……だよな。えっと、じゃあ何のために砂糖漬けの生姜なんて入れた?」

「肉の臭みをとるため、だけど?」

 本当は生の生姜が良かったけどないものは仕方がない。

 はぁ、とブレッドはため息をついて、頭を掻いた。

「生姜や砂糖は媚薬の原料になると言われてるんだ。その生姜に精力をつけるにんにくを合わせたりしたら、惚れ薬を作ってると思うだろ」

「身体を温めたり、いい香りがするものはみんな媚薬になっちゃうあれかぁ。迷信だと思うけど……この世界って、回復ポーションとかあったりする?」

 気のせい、で切って捨てようとして、ふとこの世界が剣と魔法の世界だと思い出した。

「あぁ、あるぞ」

「じゃあ、本物の媚薬なんてものもあるかもしれないし、この世界の生姜にはそういう成分があるのかもしれないけど、原料になると言われてる、程度ならやっぱり気のせいじゃないかな」

 火が通って半透明になってきた大根の鍋を火からおろし、ダッチオーブンを大根があった場所に移動させ、水加減した炊飯釜を火にかける。

 ここからが今日の晩御飯だ。

 大根の葉っぱでお味噌汁を作り、切り落とした豚肉を肉自体の脂で揚げるように焼き付け、キャベツと玉ねぎと炒め合わせる。味付けはほりにしにお任せ。

 もうコレで、こちらに来る時は一玉あったキャベツもなくなった。

 出来上がる頃にはご飯も炊けて晩御飯だ。

「……あれは火にかけたままでいいのか?」

「弱火でゆっくり煮込まないと肉がホロホロのトロトロにならないんだよ。明日の朝には完成するから、よければ食べにきて」

「……ああ」

 晩御飯を食べ終わりブレッドを見送ってから、鍋を下ろす。

 一旦冷ましてから、別の鍋で大根と合わせて砂糖とめんつゆで味を付けて仕上げたら角煮の完成だ。


 朝になって温め直した時に半熟のゆで卵もしっかり漬けている。

 冷ますたびに浮いた脂を取り除いたりして、余分な脂が抜けた角煮は、臭みもなくトロトロで我ながらいい出来だった。飴色に煮えた大根にもよく味が染みていて美味しい。

 裏庭の元畑に自生していた小松菜っぽい葉っぱを茹でて添えたら見た目も完璧。芥子がないのだけが少し残念だ。

「……いや、これ惚れ薬だろ。肉ってこんなに柔らかいもんか? こんなん食ったら惚れるわ。リサ、俺の嫁にならないか?」

 ブレッドが割とガチなトーンで求婚してきた。

 そうかそうか、そんなに美味しいか。お姉さんは嬉しいよ。

「あはは、まずはお友達からで」

 朝から角煮なんて重いし余るかな、と思ったのに、たっぷり5〜6人前はあった豚の角煮は、一回の食事で綺麗さっぱりなくなった。

 大根も、臭み取りのネギも、ニンニクに生姜まで総ざらえだ。

 生姜が媚薬って話はどこに行ったの。

 今朝はお米も3合炊いたっていうのに、最後には皿に残った煮汁をご飯に掛けてまで食べてた。

 若い男の子はよく食べるなぁ。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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どうぞよろしくお願いします。

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