寂しい朝市、魅惑のモツ煮
「なんだぁ、ブレッド。今朝は珍しく寝坊しやがったな」
屋台の影に腰掛けていたおじさんが揶揄いの声をかけてくる。
「お嬢様の客に朝市を案内しにきたんだが、これは……」
南西広場は、ござっぽいものやカートや木箱が並び、駅前マルシェやフリーマーケットの撤収中っぽい様相を呈している。
「かはは、朝市に彼女を連れてくるんならちぃとばかり遅かったな。この時間になっちまうとこんなもんだ」
おじさんは笑いながら、しょりしょりとヤツガシラみたいなのの皮を剝いている。
「そうなのか。昼まではやっているものだとばかり」
「農家の連中だって家のことをやんなきゃならんのだから、売り物が売れたら帰るさ」
ごもっとも。
「俺だって、こいつの下ごしらえが済んだら帰るさね。まだちぃとばっかり売れ残ってる粥を食ってくかい?」
「いや、いいよ。また朝の鍛錬後に世話になるとする」
「この時間まで残った奴は煮詰まってて旨いんだがな。ま、いつも通り俺の朝飯にするさ」
若干気まずくなりながらそれでも多少は残っている露店をのぞこうと歩き出すと、ブレッドは申し訳なさそうに後頭部を搔きながら言った。
「なんか、ごめん。この時間の市内の見回りはあんまり回ってこなくて……朝市に来るときは、朝の鍛錬を終えた後だからもっと早い時間だったみたいだ」
「朝の鍛錬? 仕事の後にそんなことしてるんだ。兵士って大変だね」
「あぁ。鍛えておかないといざって時に動けないからな。仕事の前後なら集まって対人戦の訓練もできるだろ? それで、夜番が終わった後あたりと、夜番が始まる前あたりの時間に集まって鍛錬している。参加する奴は、早く来るか居残るかでどっちかに参加するんだ」
「へぇー」
「夜番か朝番の時は、鍛錬前に兵舎近くの店で粥を食って、鍛錬後に朝市で粥を食って買い物して、それから兵舎に戻って休むなり仕事するなりする」
「めっちゃお粥食べるじゃん」
ボディビルダーって一日に何度も食事するんだっけ?
食事の回数を増やすダイエットとかもあったような。
「粥だとすぐに腹が減るんだよ。でも、朝だと粥かパンかぐらいしかないから仕方がない。鍛錬後だと腹は減ってるけど、ちょっとパンは喉に詰まって食いにくい」
運動直後で唾液が出づらくなってるのかな。
そんなことをぼんやり考えながら露店を冷やかしていると、鈍い音と共に「ぎゃっ」という悲鳴が聞こえた。
びっくりして振り向いたら、逞しそうなおばちゃんがへたり込んでいる。
「ど、どうしました?」
焦って声をかけると、おばちゃんは苦笑気味に顔を上げた。
「いやね、背負い籠が壊れちまってね。売れ残りと背負い籠、両方抱えて帰らなきゃならなくなって落ち込んでたところさ」
見せてもらうと、肩にかけるところが折れたのと底が抜けている。
「家に帰れば修繕できるけど、ここじゃどうしようもないからね。ま、売れ残りは諦めて少し捨てていって、ぼちぼち帰るよ」
「え、捨てちゃうんですか?」
今日は欲張って持ってきすぎたね、なんて呟いてるおばちゃんが寂しそうで、ついつい引き留めてしまった。
おばちゃんが売っていたのは大根だ。
他にも荷物があるのに壊れた籠と一緒では持ちにくそうではある。
「良ければ持っていくかい?」
「おいくらですか?」
「銅貨一枚でいいよ」
葉っぱ付きの立派な大根一本百円か。安いなぁ。と小銀貨一枚を差し出したわたしに、おばちゃんは「まいどー」と言いながら銅貨24枚を返してくれたから油断してたら、どさどさと残った5本全部を渡してきた。
「やれやれ助かった。美味しく食べておくれ」
「はは、どーも」
渡されてしまったものを今更いりません、とも言い出しにくく、わたしはしばし途方に暮れる。
「あー、持つか?」
「持ちにくいし、2本だけお願い」
エコバッグに2本入れ、1本は手に抱える。
これは今日はこれ以上の買い物は無理かな……。
「……少し早いが、そろそろ店も開いてるだろうし、飯にするか」
「……うん」
ブレッドの案内で、広場から少し離れた店に入る。
「いらっしゃい。まだ開けたばかりだから、少し時間をもらうよ」
「おぅ」
「なんだ、店に来たのか。ちょっと待ってな。すぐだから」
店の奥から顔を見せたのは、さっき広場で皮剥きをしていた粥屋のおじさんだ。
「朝市で何かいいものは買えたかい?」
「大根がかなりお安く買えました」
「そうかい。無駄足にならなかったんなら良かったなぁ。まぁ、いい物を仕入れたければ、あと一時間は早く来ることさ」
ことり、と置かれたのは、具沢山のチリコンカンとかフェイジョアーダっぽい何かとパン。
パンは領主館で食べたものより二回りは大きく、黒っぽい。前の世界でいうブールくらいの大きさだ。
「いつもならもうちょっと煮込みたいところだが、内臓肉は柔らかいからな」
うぉおお。異世界料理ビギナーなのに、モツ煮込みとは、ハードルが高いのが来たな。
でも匂いは悪くない。っていうか、美味しそう。
「あ、美味しい。うわぁ、お酒が欲しくなる味」
新鮮だからか不安だった臭みなんてなくて、たっぷりの野菜と煮込まれた内臓肉は塩味だけなのにまったりとして美味しかった。歯ごたえも柔らかかったりコリコリしたりと食べていて楽しい。
「お、わかってんな。だが、うちは定食屋で夜はやってないんだ」
「それは残念。持ち帰りってやってます?」
この煮込みでビール飲みたい。
「器を持ってきたらな。もしくは汁は諦めてパンに挟んでいくか。持ってくるなら鍋がいいぜ。そのままあっためなおして食える」
「あぁ、残念。次は絶対お鍋持ってきます!」
千切ったパンに汁を吸わせて食べながら、わたしは身もだえる。
パンはザラっとした舌触りでみっちりめ。千切るのは割と大変。すっぱくてパサパサしたパンが、またこの煮込みには合っている。
入ってる野菜はセロリと人参と下仁田ネギみたいなの、ほくほくしたのはおじさんが朝剥いてたヤツガシラっぽい芋でしょ。ここまではわかるけど、このサクサクした歯触りの野菜は何だろう。
「屠殺の日なんていい時に来たな。これは屠殺の日の特別メニューなんだ」
ブレッドもこの煮込みは好物なのか、ホクホクした様子でスプーンを口に運んでいる。
「屠殺の日?」
「領都ではまた違うが、フィーダじゃ星の日に豚を潰すことになっている」
「ほうほう、カレー曜日みたいな?」
「カレー曜日?」
ブレッドに不思議そうな顔をされてしまった。
「わたしの国の軍隊が、船で生活するときに日付感覚を忘れないように始めたって話だけど、週に一回休日の前にカレーを食べるって決まってるんだって」
「カレーってあの香辛料たっぷりの? 休日前に? なるほど……」
ブレッドはまじめくさって頷く。
「リサの国は軍人に手厚いな」
「……どうなんだろ」
おじさんの店は人気があるのか、だんだんにお客さんが増えてきた。
「ねぇ、ブレッド。食べきれなかったらどうすればいい?」
「そのまま残していけばいいが、こっちにくれ。親父が言ってたみたいにパンに挟んで持ち帰るか?」
定食は美味しいけど、わたしには量が多い。
「パンを持ち帰る時ってどうするの?」
「どう……? そのまま、ふところにこう」
ブレッドが自分の襟元を掴んでシャツの中にしまう真似をする。
ぎょえ〜、包んだりもしないのか。
いや、この場合、パンが包み紙がわり?
「残りのパン、お願いしていい?」
「……おう?」
千切って食べてるとはいえ、手をつけたものを他人に食べさせるのは抵抗がある。でも、ブレッドは何も気にせずパンを食べる。
「早めに入ってよかったな。この店はたまに満員で入れないことがある」
「そうなんだ。この味じゃ、そうだよね」
煮込みを食べながら聞く。
「屠殺の日って、他に日によって決まってる行事があるの? あと、星の日って何日ごとにある感じ?」
わたしの質問に、ブレッドは目を見開いて、それから手を広げてテーブルの上に出した。
「風の日から始まって、風、火、水、土、星、闇、光、で一週間だ。水の日は洗濯の日で、光の日には礼拝がある。兵士の場合は風の日に訓示があるな」
一本一本指を折りながら、ブレッドが教えてくれた。
礼拝が日曜学校みたいなものだとすると、土の日で混乱しそう。
「ほほう。礼拝の日はなんとなくわかるけど、洗濯の日、とは?」
「洗濯女や家の洗濯当番が集まって洗濯をする。もちろん、汚れものが出たら他の日に洗濯してもいいが、洗濯の日は人が集まるから情報交換の場になる」
「へー。毎日洗濯するわけじゃないんだね」
「洗濯は重労働だし、そんなにしょっちゅう洗濯をしていると布が傷む」
古着の匂いが結構すごかったけど、傷むよりは汚れたままの方がいいってことなのかな。
もっとも、何かつけちゃったんならともかく、着ているだけで汚れるって感覚がないからかもしれない。
こっちに来てから一応寝間着と使い分けてたとはいえ、洗濯魔法を教わるまでジャージを着っぱなしだったわたしが言えた話じゃないけども。あ、下着だけはちゃんと毎日洗ってた。汚れが気になるのと、布面積が小さいからっていうのも、もちろんあるけど。
「洗濯場は確認した方がいいかもしれないな。洗濯は……自分でするのか?」
「あぁ、うん。服なんかは自分でしてるよ。領都でラウムちゃんに洗濯魔法を教わって、脱水と乾燥はばっちり。ただ、いい加減、シーツも洗いたいかな」
服ぐらいは手で洗うけど、シーツや布団カバーは洗濯機が真剣に欲しい。
汚れがひどいわけでもないし、もし孤児に鉄貨でお任せできるならお願いしちゃってもいい。
「それだけ綺麗に洗濯できるんだもんな……すごい洗濯魔法だな」
ブレッドの勘違いに少し笑ってしまう。
「違うよ。洗濯自体は手洗い。今のところ魔法でできるのは脱水と乾燥だけ。それだけでも助かるけどさ」
「なんだ。じゃあ、リサの洗濯技術は魔法よりすごいな」
褒められていい気分になって、食後に大根を持ったまま洗濯場に向かった。
洗濯場自体は何か所かあって、北東側の冒険者向け宿が多い洗濯場は、流れ者が多いせいか利用ルールが比較的緩いそうだ。
「……利用ルールが緩いって何?」
「あー、そうだな……よそ者が場所を守らない、とか、魔法が使えるなら周囲を手助けすべき、とか、そういうもめごとが少ない」
「……こわっ」
住居区域の洗濯場には近寄らないでおこう。
洗濯場には先客がいて、まさに洗濯の真っ最中だったのだけど……。
「あれ、何やってるの?」
「ん? 洗濯してるんだろ?」
わかっていたけど、見ているものが信じられずに呟いてしまった。
行われていたのは文字通りの叩き洗い。あて布をしてポンポン叩いてシミを落とす、なんていう方法じゃなく、棒で洗濯ものを叩きのめして洗うやつだ。
海外の風景とかで見たことあるけど、リアルでは初めて見た。
「割と力いっぱい叩くんだね」
「じゃないと汚れが落ちないだろ? 孤児なんかだと力が弱いから洗濯物が傷みにくいけど、汚れ落ちは悪いんだ」
ラウムの洗濯魔法は、これが元になっていたのか。
水でこれを再現すると、あぁなるんだな。
なるほどなー。
ってことは、わたしも洗濯機を思い浮かべれば、できそうな気がしてきた。
あぁ、うん。シーツも自分で洗おう。
洗濯風景を眺めていると、洗濯している人に近づいて仕事を頼んでいく人がいる。
「あぁやって頼むんだね」
「頼むときに金額交渉するんだ。孤児なら服一枚につき鉄貨2~3枚、洗濯女なら銅貨2枚ってところかな」
へー、と感心しかけて気が付く。
「兵舎で頼んだ方が高いの? 一回銅貨3枚って言ってなかった?」
「あんまりひどい汚れだと洗濯女には嫌がられるし、兵舎で頼む分には上着とズボンと下ばきを出しても一回銅貨3枚だから、兵舎の方が得だな。洗濯係も持ち回りで、洗濯当番は集めた金をもらえる」
「それだと洗濯ケチる人とか自分でする人がいるんじゃないの?」
あー、と、ブレッドは目を逸らした。
「あんまり臭いと周りから言われるし、下手したら上官に注意を受ける前に袋叩きだ。だからって自分で洗濯しようとするとついでにって自分の分まで押し付けようとする奴がいて面倒臭い」
それでも臭い人もやっぱりいるんだろうな。
洗濯場を見た後は役所で住民登録をして、ギルドの位置と大きめの商店と馬車屋さんを教えてもらう。役所にはこの町と領都と国のざっくりした地図があった。
地図によればこの国は割と大きいみたいだけど、縮尺おかしいんだろうな、多分。
住民登録もわたしはお嬢様の遠縁てことになってて、お貴族様関係の人が世を忍んで社会勉強しつつ、みたいになってた。
我ながらアンタッチャブル極まりなくて笑う。
おじさんの一日(屠殺の日)
朝、夜明け前に牧場に足を運ぶ。
まだ温かい内臓肉を買い付け、その場で水洗いする。
店に帰って、下処理と下茹でする。
片付けと店の掃除などを奥さんに任せて広場に向かう。
下茹での残り汁と砕いた雑穀と昨日の残り物などで粥を作る。
掃除が終わった奥さんが朝市で仕入れをする。
奥さんと粥を売りつつ野菜の下処理をする。
客足が落ち着いたら奥さんは下処理の済んだ野菜を持って帰る。
奥さんはお店で野菜とお肉などを煮込み始める。
おじさん、お店に戻ったら今日の煮込みの味調整をする。
昼営業。
落ち着いたら肉や乾物の仕入れに行く。
戻ってきたら昼営業の残り物で晩ごはん
こんな感じ
安くて美味しい
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