安心してください、はいてますよ
「それじゃ、行くか」
10kgちょいある圧縮クッキー入りのダンボールを片手で軽々ブレッドは担ぎ上げる。見ていたらもっと軽い荷物と勘違いしそうだ。台車もあるけど、コレから山道を歩くのよね。
「あ、うん。ちょっと待って」
「っおい! ちょっ! まっ! なっ!?」
「ん?」
山道は歩きにくいからなー、とスカートをたくし上げたら、ブレッドが悲鳴を上げた。
「安心してください、はいてますよ」
スカートの下にはちゃんとズボンを履いている。
「な、なんだ。驚くから先に言っておいてくれ」
「ごめんごめん。長いスカートは邪魔だからさ。見て見て、ちょっと工夫してみたの」
スカートの裏側、腰布部分に、一緒に買ってきたハギレをベルト状にして縫い付け、ボタンとボタンホールをつけた。たくし上げたスカートをこれで留めれば、手で持たなくても裾は持ち上がったまま、というわけだ。これを両脇につけている。
初めはボタンをつけて、ループでもつければいいかな、と思ったんだけど、一点に負荷がかかりすぎて布地を傷めそうだったので、幅広めのベルトにすることで負荷を分散させた。
ドレープっぽくなってなかなか可愛いんじゃないかと自負している。
「へぇ、器用なもんだな。リサは料理だけじゃなく裁縫もできるのか」
「どんなもんだい」
「すごいと思うよ。けど、こんな服を持っていたなら、領都に行く時もこれでよかったんじゃないか?」
不思議そうなブレッドに、笑いも浮かぶってものだ。
「ふっふっふ、この服は領都に行った時に買ったヤツだよ」
「え? そんな色の服を買ってたか?」
「頑張って洗濯したら、こんな色になったんだ」
古着独特の匂いを落としたくてした洗濯だったけど、染み付いていた汚れが落ちたおかげで、色が明るくなった。
ノベルティやら付録やらでやたらにあるナチュラルコットンのエコバッグと合わせると懐かしの森ガールっぽい。現状ある意味リアルに森ガールしてるんだけども。
「洗濯も上手いんだな。それほど服を綺麗に出来るなら、洗濯で儲けられるんじゃないか?」
「え、イヤだ。洗濯なんて重労働だもん。やらなくていいならやりたくないよ」
「それはそうだ。俺だって兵舎の洗濯係に任せちまうもんな」
「へー、そんなサービスがあるんだ」
感心するわたしに、ブレッドは苦笑いしながら教えてくれた。
「兵舎で頼むと一回銅貨3枚かかるし、傷みやすい。孤児に頼むと服一枚鉄貨2〜3枚で済むが、あまり汚れが落ちないし、時々盗まれる」
「鉄貨……また知らないやつが出てきた」
「あぁ。鉄貨は私貨。この辺りでしか通用しないし、こどもの駄賃ぐらいにしか普通使わない賎貨だからな。こどもはこいつで商売や計算を学ぶ」
「へぇ〜」
実践式知育玩具?
「もちろんパンや何かの現物で駄賃をやることもあるが、鉄貨の駄賃は喜ばれるな。10枚集めると銅貨に交換してもらえるから」
「パンがひとつ銅貨一枚なのに、パンよりも?」
「あぁ。銅貨一枚で買えるパンは真新しい焼き立てのパンだし、パンは食べたらおしまいだが鉄貨なら貯めておいて好きなものを買える。こっそり隠しておくのも楽だしな」
なるほどなー、お駄賃のパンは売れ残りってこともあるわけか。
「あと、自分で稼いでモノを買うのはやたらに嬉しい」
懐かしそうにしているブレッドも、こどもの頃は鉄貨を貰ってお手伝いしてたのかな。
「そういえば、両替ってどこでしてるの?」
「鉄貨は両替じゃなく買うんだ。雑貨屋や鍛冶屋で売ってる。交換してもらうのも同じだな。金貨や銀貨は商店ならどこでも両替してくれることになってはいるが、そんなに店に金を置きっぱなしにしてるところはないから、大抵断られる」
なんじゃそりゃ。
「えー、じゃあどうすんの?」
「警備がしっかりしている大店で頼むか、役所か、騎士の詰所か、関所か、ギルド。そんなところだな。両替を頼む時は最低でも100枚につき5枚の手数料が取られる。だからトリビュースの古着屋では細かいので釣りをくれと頼んだんだ」
「え、じゃあ、あのお店には迷惑だったんじゃ……」
慌てるわたしにブレッドはなんでもなさそうにいう。
「銅貨一枚の買い物で金貨を出したならともかく、大銀貨の買い物をした客なら文句は出ないさ」
「……なら、いいけど」
次に金貨を崩そうと思ったら、5万円払うか、また7〜8枚服を買うか、中古ドレスを買うか、服を仕立てるかしなきゃならないのか……どれもちょっともやっとする。しばらく予定はないから、その時のことはその時考えればいいんだけども。
「それと役所など公式に両替を請け負っているところで扱うのは金貨と銀貨と銅貨だけだ。大銀貨、小銀貨は、昔は商人が用いていた私貨だった名残で、公的な硬貨としては扱われない」
「ふへぇ〜めんどくさい」
「そういうな。90枚も銀貨を数えるより、楽にはなってるんだから。ほら、慣れないうちはこの横に伸びるプリニを目印にするといい。あと、この木の実は美味い。ここを右だ」
ポカっと空いた草原に生えた針葉樹は独特な枝ぶりをしている。この木に実るなら松の実かな。
「いやー、木の見分けとかつかないし、いつになったら道が覚えられるやら」
「何、すぐに覚えられるさ。ここまでくれば町を囲む壁が見える」
要所要所で道案内してもらいつつ町まで辿り着くこと二回目。前回は中に入らなかったから、初めてのフィーダだ。
ブレッドは20分と言っていたけど、体感ではもう少し掛かっている。それほど険しいわけじゃないとはいえ、毎日通うとなるとそれなりの運動になりそうだ。
門が見えたあたりでスカートを下ろして、ざっと整える。よし、完璧。
「よぉ」
ブレッドが門番に手を挙げると、門番は気の毒そうに言った。
「なんだ、また領都か? 最近忙しないな、おまえ」
「今日はお嬢様のお客様を案内してきたんだ。お嬢様のとこでしばらく暮らすんだとさ」
「あ、ど、どうも」
ブレッドに促されて、慌てて頭を下げる。
「どうもお嬢さん。俺はブレッドの同僚でワフタだ。よろしくな」
「リサといいます。こちらこそよろしく。そのうち食べ物を売りに来る予定です」
「おぉ、それは嬉しいな。楽しみにしているよ」
ワフタは深緑の髪をしていて、くしゃっとしわができるくらい顔全体で笑うタイプだ。兵士などという職についている割には優しげな風貌をしている。
……同い年くらいかな。
「朝市を案内することになってるから、じゃあな」
「おう。いいモノを仕入れて美味いモノを作ってくれ」
ワフタと別れてしばらく歩いたところで、ブレッドが聞いてきた。
「朝市の前に兵舎に寄って、コレを置いてきてもいいか?」
「もちろん」
「じゃ、こっちだ」
ブレッドはスタスタと町並みから離れる方向に向かう。
「入ってきたのが、領都との街道が繋がってる東門、兵舎近くの北門側にはダンジョンがある。西の草原側は魔獣が出ることもある。南門側には川が流れていて、職人街がある。朝市が建つのは中央から南西側の広場だ」
「ちょっと待った。そんなにいっぺんに覚えられない」
「なんとなくでいい。そのうち覚える」
兵舎の周りは殺風景だ。
広めの空き地を挟んだ並びに、樽や木箱が外に出された店舗と思しき建物がちらちらあるが、今は閉まっている。
「ここで待ってて」
「うん」
ブレッドはタタッと駆け出して、すぐに戻ってきた。
壁近くにある兵舎から中央を突っ切って、ちょうど反対側が朝市がある広場だ。南東側には住居が多いらしい。商店は緩やかに北西側が歓楽街、南東に向けて小売業的な傾向があるそうだ。
「……あれ」
南西側の広場に辿り着くと、ブレッドがポツリと声を落とした。
朝市が開かれているはずのそこは、想像以上に閑散としていた。
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