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今日から使える異世界ライフハック  作者: 白生荼汰


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圧縮クッキーで敗北を

 好奇心に負けた。

 完全なる敗北である。

 わたしはテーブルの上に積まれたブロックを眺めながら、コーヒーを啜る。

 今日はブレッドが休みで、町を案内してくれることになっている。

 見たいものはあれこれあるし、おむすび屋を始めるにあたっての市場調査もあるから、食べ歩きもするつもりだ。

 なので、お昼の用意は必要ないし、朝食は軽く済ませよう。

 なら、ビスケットか何かでいいか。

 一昨日の貴族体験の続きで、軽ーく、そう思った。

 ビスケットならばたくさんある。

 長期保存食の中で主食の次というか、ある意味で主食よりも多く用意されているのがお菓子だ。これはビスケットやクッキーをどちらの括りに入れるかによっても違うだろうけど。缶入りのパンも甘くて、どちらかというと菓子パン寄り。落ち込んでるときに甘いものってほっとするもんね。ビスケットなんかはよく見るメーカーのものも多くて、味の予想がつく。

 その中に、圧縮クッキーなるものがあった。

 何それ、面白そう。

 物置整理をした時に気になったそれ。

 例のごとく数もある品のひとつだったので、試しにと一箱開けてみることにした。

 しっかり糊付けされた厚紙製の箱の中身は、厳重なアルミのパッケージとビニールパックで二重に守られ、さらに一食分ごとに紙で包まれていて、一箱に一日三食三日分が入っている。

 開くと、ぱっと見はおしゃれな石鹸か軽石みたいな塊が2つ。

 意外に小さい。

 水なしでも食べられるというが、クッキーのお供にコーヒーを淹れ、いざ。


 一口、口に入れて、思いがけない食感に、まじまじと断面を見る。

 なるほど、圧縮クッキー。

 サクサクほろほろ、ではなく、表現するならモロモロじゃくじゃくサリサリ。

 カロリーメイトのようなブロッククッキー的なものを想像しながら齧ったら、まったく違う感触に驚かされた。さらに油脂分なのか、舌触りがぬるっとしてツルっとして、不思議な口溶け。

 クッキー……クッキーではないな。粉々に砕いたクッキーを押し固めたような感じ。まさしく圧縮クッキー。看板に偽りがない。

 味は……うっすら甘くてまずくはない。でも他に食べるものがあるなら、わざわざは食べないかな。

 で、他に食べるものはあるのだけど、残りはどうしよう。

「残り、8食分かー」

 密封容器に入れておいたら、どのくらい持つかな。

 8つの紙包みと、齧ったブロック、丸のまま残ったその片割れとにらめっこをしていると、もうすっかりおなじみになった声が聞こえた。

「おーい、リサー。起きてるかー?」

「起きてるよー」

 返事をしても敷地内からの音は聞こえないらしい。

 不便じゃん? って思ったら、ここがお屋敷だったときは、インターフォン的なものがあったとか。

 そういうものは残しておけよ、と思ったけど、もし入れ替わりが着の身着のままだったらと考えたら、もっとぞっとしない。

 なんでブレッドが敷地の外から声をかけたかというと、ここには、この敷地の主がいちいち招かなければ入れないという結界が張られているのだそうだ。しかも、入れる者も、あらかじめ登録されていなければならない、というめんどくさ……厳重な仕様。魔術研究をしていたので、情報漏洩しないためだったのだとか。

 登録されているのは、ブレッドが知る限り、ブレッド、おつきのメイド、料理人、かかりつけのお医者さん、ぐらいで他に実家関係者は登録されていないんじゃないか、ということだった。つまり、領主様が押しかけてきて片っ端から徴収していく、という事態にはならなさそうだし、泥棒や不審者も入れない。

 おかげで防犯ばっちりではあるものの、下手をしたら初日の探索でわたし自身が戻ってこられなくなって詰んでたのでは? という恐怖体験をした。

 何はともあれ、ブレッドもわたしが招き入れなければ入れない。

 よっこいせ、と立ち上がり敷地の端っこへ。

「どうぞ、いらっしゃい。まずはお茶でも」

 山道を歩いてきてもらってるからね。お茶ぐらいはお出しさせてほしい。

「おう、ありがとう」

 うちに来ると何やら美味いものが出てくるぞ、と学習したらしいブレッドは、いそいそとグリルテーブルについた。

 一昨日送ってもらったときは、もう夕方だから、とすぐに帰ってしまったブレッドは、危機管理が中々しっかりしていてよろしいと思います。夜はゾンビとかレイスとか、リアルにお化けが出るんだってさ。しかも殺傷能力のあるやつ。ひぃ、おっかない。絶対夜間外出なんかしないわ。

「コーヒーでいい?」

「ミルクと砂糖を付けてくれるなら」

「りょ」

 ブレッドのマグにドリッパーを乗っけて、ペーパーフィルターをセットし、手動ミルでコーヒー豆を挽く。

 コーヒー淹れるのに豆を挽くところから始めると、丁寧な生活してる感があっていい。本当にこだわる人ならサーバー使うし、焙煎とかハンドピッキングとかからするのかもしれないけど、わたしにはこれぐらいがちょうどいい。

「あれ? この間と器具が違わないか?」

「淹れ方がね、違うのよ」

 ちゃんと蒸らして、粉を膨らませて一休み、と3回に分けてお湯を注ぐ。

 この豆は思った通り、ペーパードリップの方が断然好みだった。

「ミルクと砂糖は好きに使ってね」

 さて、お茶請けも欲しいよな、と、何を出すか迷っていると、ブレッドの目が圧縮クッキーに移った。

「朝からお茶か」

「お茶、っていうか朝ごはんがわりね。ブレッドも食べる?」

「もらっていいのか?」

「こんなもので悪いのだけど」

「朝から砂糖入りのお茶だなんて、なんだか俺まで貴族になったみたいだ」

 ブレッドは圧縮クッキー一塊を一口で食べ、嬉しそうにコーヒーを啜っている。

「このこぉひぃ、前のより好きだ。これから朝市で飯にするつもりだったが小腹塞ぎにちょうどいいな」

「え、朝市でご飯食べられるの? それなら開けなければよかった」

 齧った方は仕方がないとして、まだ手をつけてない方は残してしまおうかと悩んでいると「食わないならくれ」と、ブレッドが食べてしまった。

「何を躊躇ってたんだ?」

「このクッキー、一包みが一食分なんだ。食べちゃったら朝市で何も食べられないな、って」

「そんなにか? 俺はパンを食わなくても満足できそうで助かるけどな」

「まぁ、身動きしないでじっとしてて最低限の一食分だからね。これ、災害救助用の長期保存食なのよ」

「災害救助用?」

 ギョッとした顔でブレッドは残りの包みを見て、わたしの顔を見た。

「一日三食で三日分。助けをおとなしく待って、なんとか生き延びるための食事ってこと。幸いわたしはこれが食べるのは初めてだけど、そう考えるとあんまり食べたいものじゃないわね」

 美味しすぎないのは、うっかりつまみ食いしたり、一度に食べすぎたりしないためなのかな。行軍用のレーションなんかもそんなような話を聞いたことがある。美味しいものを食べられた方が『頑張ろう!』って気力が湧きそうな気がするけど、そうでもないんだろうか。

「これ、箱に入ったままだと5年は持つんだ」

「5年!? すごい保存魔法だな」

「魔法じゃないのよ。除菌……っていってもわからないか。腐る原因を取り除いて、悪くなる要因を近づけないようにして、って、工夫を重ねて保存を実現してるんじゃないかな、多分」

 ブレッドは感心した様子で箱を見て、読めないだろう説明書きを何度も指でなぞってる。

 おそらくはその字に魔法的な何かがあるんじゃないかと思ってるんだろうけど、多分それは由来とか材料とかが書いてあるだけで、保存技術そのものとは関係ない。

「封を開けたら魔法が解けてしまうのか?」

「封を開けてしまってもそもそも3日分の食料として想定されてるんだから、すぐに悪くなったりはしないと思う」

 アルミ包装から出したらどのぐらい持つんだろう。

 水分が少ない焼き菓子だから、湿気にさえ気を付ければしばらくは持つはず。

「すぐに悪くならないから、余計に困るのよね……」

 わたしはゲンドウポーズで組んだ手の上に額をのせた。

「なんで? いいことだろ?」

「すぐ悪くなるわけじゃないし今日食べなくてもいいか、もうしばらくは持つんじゃないか、その繰り返しで悪くなるまで放置しちゃいそうな気がするのよ。食べられるものをみすみすだめにしちゃうのは心苦しいけど」

「……あー」

 ブレッドは納得した様子で、ブロックを指先でつつくと「んー」と考え込んで、それから数を数えた。

「残り7つ、か。よければ買い取らせてくれないか? あんまり高いと困るけど」

「え?」

 わたしはばっと顔を上げる。

「普段、仕事の時に腹が減るから、昼飯以外にも間食用にパンを買って懐に入れておくんだ。懐に入れておくから、キャベツとか肉とか挟んでおくわけにもいかなくて。これなら軽くて小さいし、充分パンの代わりになりそうだから」

「あ、ありがとー! 引き取ってくれるんなら、無駄にしなくて済むし、お金なんていらないよ。だって、まだ未開封の箱が23箱もあるんだよ」

「23箱」

 ブレッドは目をぱちくりさせて、それから再び考え込み始めた。

「5年、持つんだよな。一包みじゃ足りないけど、一箱を3日に分けて食うとして……一箱銅貨20枚でどうだ?」

「へ? え?」

「一包みをパン一個分として、倍くらいなら払ってもいいかな、と思ってる。素のパンと比べるとそのぐらいに美味い。キャベツ入りと比べたら、その日の気分でどっちにするか悩むだろう。しかも日持ちがする。銅貨3枚って言われたらさすがに悩むけどキリよく一箱銅貨20枚なら許容範囲かな、と。本当ならもっと価値が高いものなのだろうが、全部買う約束をするからそこはマケてくれると嬉しい」

「え、全然いいよいいよ。役立ててくれるならお金なんかいらないのに」

 わたしがびっくりしながら言うと、ブレッドは困ったみたいにへにゃりと眉を下げて笑った。

「これから商売を始めようというのに、その考え方はいけない。価値のあるものを無意味に譲るのは施しというんだ。俺は施しは受けたくない。リサにはただでさえ美味いものを食わせてもらってばかりいるのに」

「……そっか」

 ただで押し付けたりしたら、ブレッドのプライドを傷つけたりするんだろう。だからわたしはニコッと笑う。

「パンの代わりにするんなら、一包み銅貨一枚だよね。じゃないとブレッドばっかり損をするじゃない。でも、日持ちする分高く買ってくれるっていうんなら、一箱で銅貨10枚。まとめて買ってくれるなら、なんと23個まとめてお値引き価格、銀貨2枚のある時払いでお売りします!」

「……いや、それは安くしすぎでは? しかもある時払いって……」

「いいの! わたしは持ってても食べないんだから。その代わりおむすび屋さんを始めたら、そっちの方も買ってよね」

「あ、あぁ……それはもちろん」

 強引にまとめて売りつけたわたしに、ブレッドは苦笑して納得してくれた。

「たくさんご購入くださったので、こちらの残りもおまけとしてご進呈いたします。ってことで、残りもよろしく面倒見てください」

「はいよ。じゃあ代金だ」

「まいどー」

 ある時払いでいい、って言ったのに、ブレッドは律義にも銀貨2枚を渡してきた。

「ありがとう、ブレッド」

「なに、朝番や夜番の時はうっかりパンを買い損ねて、空きっ腹を抱えて仕事をすることもあるんだ。これがあればそんなこともなくなる。こっちこそ助かったよ」

 箱を開けて一箱分空いた隙間には、同じくらい長期保存可能なようかんでも詰めておこう。

 チョコを気に入ってたようだから、チョコようかんを入れておいてあげようかな!

いつも読んでいただきありがとうございます。

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