水魔法の思いがけない罠
買ってきた服は翌日洗濯して、さっそくラウムに教わった洗濯魔法を駆使して乾かしてみた。
やれるとわかると、水魔法は普通に使える。
洗剤を溶かした水は動かしにくくて、結局手洗い後にすすいでから、脱水・乾燥だけ魔法ですることになったけど、この辺りは要修行ってことなのかもしれない。
ラウムがうにゃうにゃ言っていた呪文を覚えていないのがいけないのかとも思ったけど、氷魔法は別に詠唱しなくてもできてるし、ラウムも脱水の時は呪文唱えてなかったし、と、脱水・乾燥だけは何度かチャレンジしたら上手くいった。
ブレッドは、今日報告書を書いたら明日は一日休みになるそうで、朝から買い物に付き合ってくれるというから、なるべく今日中に何とかしてしまいたいのだけど……。
「……だめかぁ」
染みついている匂いが落ちない。
もっと何度も洗濯して、お日様にあてて乾かしたら違うかもしれないけど、それじゃ明日着られないしな……。
乾いてから再度洗濯すべく、しばらく重曹を溶かした水に漬けてみる。
その間に、洗米しておいたお米を炊いて朝食にする。
洗米、というのはちょっと手間がかかるけど、昔からのお米を炊く際の技法の一つだ。
お米を研いでから、ざるに上げて乾いてしまわないように濡れ布巾をかけて、小一時間水切りをする。これが洗米。あとは、しっかり水気を切ってから、あらためて水加減をしてご飯を炊く。お米を研いですぐに水加減して、そのまま放置するのと違って、ざるに上げるひと手間がかかる。その分新米でも水加減を失敗してべちゃっとなった、なんてことになりにくい。
それから蒸らすときも、炊きあがってすぐに蓋の間に清潔な布巾を挟み、水滴が落ちるのを防ぐ。
なにせ玄米から精米して炊く、なんて初めての経験だから、炊き方にもこだわってみた。
使い残していた玉ねぎのお味噌汁と、海苔の佃煮がご飯のお供。
うーん、納豆が欲しい。
味噌は自分ではもってきてなかったから、お味噌汁は祖母の遺産の中にあった顆粒みそを使った。出汁入りでお湯で溶くだけ。便利。未開封なら3年も持つ優れもの。
味噌汁は幸いこの顆粒味噌もあるし、長期保存食の中にも何種類か味噌汁があったから、しばらくは食べられるけど、さすがに納豆はない。
幸いわたしは大量の備蓄と一緒にこちらの世界に来たけど、それでももう食べられないもの、作れないものがたくさんあるんだな、と思うと朝からしんみりしてしまう。
納豆とか、作れても作る気しないし。
「あ、うんま」
炊き立ての新米は、もうそれだけで美味しい。
しかも精米したてのブランド米だもんなー。
昨日まで食べてたブレンド米とはダンチですよ、ダンチでレベチ。
ふっくらしてて嚙むと弾力があって、口に入れた瞬間もう甘くて美味しいんだけど、その甘さが口の中でさらりと溶けていく。
これはもう、一食で2合いけてしまうかもしれなくて危険。おかずなしだと逆に食べ過ぎちゃう。
あと四種類ブランド米があるんだよな。
まずは食べ比べから始めるべきかしら。
今日炊いたお米はあっさりしっかりタイプらしいのに、これで甘くてもっちりタイプだとどうなってしまうんだ。
一袋30kgあるのだからして、約200合。2合ずつ炊いて百回分。それが5袋。一種類ずつ食べていたら、せっかくの新米が古米になってしまう。
本当になんで、こんなに買い込んでしまったんだろう。
異世界に来てしまったからには、備蓄の多さは心強いけど、あの頃のわたしはどう考えても病んでいた。
しかし、この美味しいお米でカップ麺炊き込みご飯を作るのは、お米に対する冒涜な気がしないでもない。
やっぱりせめて一食分ずつくらいはそのまま炊いていただくべきか。
佃煮だけで、しっかり一合分は食べてしまった。残りの一合分はおむすびにして竹の皮で包んでおく。竹の皮は雰囲気が出て素敵な上に、繰り返し使えるのがエコだ。きちんと洗って乾かしておけば、何度も使えるらしい。
レンジも冷蔵庫もないのは不便だ。
ご飯ひとつとっても、まとめて炊いたものを冷凍してとっておいて、食べる時にレンジで温めるという小技がつかえない。
洗濯魔法が使えたら便利だけど、ボタンひとつで脱水までお任せできちゃう洗濯機にはかなわない。こんなことなら、冷蔵庫もレンジも洗濯機も買っておくんだったな。ついでにルンバもあれば良かったかもしれない。ここに来る時は、それらを買うだけの資産は充分にあったんだから。
ご飯を食べ終えて、食器を片付ける。お味噌汁はまだ残っていて鍋の中。お昼はこれと、保存食から何かおかずをつけようかな。長期保存食、大体はアルファ米とか、パンとかビスケットとか、主食がメインなんだけど、中には鯖味噌とか肉じゃがとかおかずっぽいものもある。いくら長期保存が利くといっても、賞味期限ぎりぎりになって慌ててそればっかり消費する、なんて生活になるのは嫌だから、少しずつ消費していかなくちゃ。あぁ、でも、おつまみになるし、って自分で買い込んだお高い缶詰もいろいろある。ぶりの照り焼きとかおかずによさそう。
まだ少しだけある長ねぎを刻んで、やたらとあるサバの水煮缶にのっけてお醤油かけるのもいいな。
缶詰はたくさん食べると金属味が気になるから、やっぱり小さめのおつまみ用から開けようか。
そんなことを考えつつも、重曹漬けの服を前に腕を組んだ。
「……重曹につけただけでそんなに変わる?」
毎年のようにパッケージをリニューアルし、酵素だ、殺菌だと、効果を謳っている昨今の衣類洗浄剤、きっとすごく進化している。
それなのに、落ち切らない匂いだよ。
何かもっと効果的な洗濯方法はないものか。
「そうだ、煮洗いしてみよう」
煮沸消毒にもなるし、いいかもしれない。
料理に使う鍋で服を煮るのは嫌だったので、物置にあった取っ手の付いた大きな洗面器みたいなものに、重曹水ごと服を移す。
ホーロー製で病院の備品に見えるんだけど、火にかけても問題はなさそうだ。
「うわ、すっご……めっちゃ発泡してる……っていうか、色落ちすごいな!?」
汚れだったのか、それとも落ちやすい染料だったのか、ただでさえ濁っていた水がみるみるエグイ色になる。
掻き回しつつ、沸騰したとこで火を止め、しばらくぐるぐるしつつ、適当に冷めるまで待ってから揉み洗いする。
「染めてあるからと思ったけど、ここまで来たら酵素系漂白剤もいっちゃうか」
わたしが持ち込んだのは普通の洗剤だけだけど、物置には重曹と一緒に漂白剤もあった。
混ぜるのは怖いから、よく濯いで脱水した後、今度は漂白剤液に再び漬け込み洗い。
水魔法が使えるようになったからって、今日一日でずいぶん水を使ったな。
手が荒れないようにつけていた手袋を外して、掻いてもいない汗をぬぐいつつ、浄水タンクを何気なく見ると……食器洗いにしか使っていないはずなのに、かなり水が減っていた。
「えぇ!? なんで!?」
焦って水回りを確認してみても、どこか漏れた形跡もない。
「……もしかして」
ふと、思いついたことがあって、特大の氷を作ってみる。
「やっぱり……」
浄水タンクの水位がググっと下がっていた。
「……って、ことは、水魔法っていうのは、水を動かす魔法ってこと?」
何もないところから水を生み出している、ってわけじゃないんだ。
「って、ちょっと待って!」
プレハブに入り、焦って使用中のウォーターサーバーを確認する。
「……あれ?」
使っているから当然減ってはいるんだけど、別に使いすぎてるって感じでもない。
注意深く残量を見ながら、再び水魔法を使ってみる。水位は変わらない。
コップに水を入れて水魔法を使う。明らかに水が減った。
「やっぱり減るよね……?」
今度は封を開けていないペットボトルを取り出し、そのそばで水魔法を発動させる。
ペットボトルの水は減らず、コップの水がさらに減った。
「……うぅん?」
つまり、蓋をしてあれば減らない?
蓋を緩めてみたり、コップにお皿をかぶせてみたり、いろいろ検証してみた結果、零れない程度の蓋がしてあれば、その水を使うことはないみたいだ。それと手が届く範囲から外れると、また使うことが無くなる。じゃあ、水から離れたところで水魔法を使うとどうなるかというと、仮説ではあるけど空気中の水分を集めている、とかになるのかな。除湿器いらず。便利……かどうかは判断に迷うところ。
でも、この様子なら備蓄してある水が気が付いたらない、なんてことはひとまずなさそうで安心する。
ちなみに思い切って水魔法で出した水を飲んでみたら、美味しくなかった。氷としては何度も使っちゃってるから今更なんだけど、泥水とか気が付かずに飲んでたら嫌じゃん? 美味しくないって言っても嫌な味がする、とかじゃない。舌とか喉がキュッとするような味ではない味がする。
これ、飲んだらまずいヤツでは?
でも、今まで魔法で氷入れた飲み物飲んでおなか壊したりしてないし、ブレッドからもそんな話は聞いていない。
仮説、その2。水魔法で今わたしが動かせるのが水だけ。
コップの水に塩を溶かして、その近くで水魔法を使う。水魔法で塩水を動かそうとしたらめちゃくちゃ苦労したのに、隣に置いたコップに水を入れようとしたら、めちゃめちゃ簡単に塩水のコップから水が減った。なんでやねん。
そして塩水を入れていたコップには、塩の結晶が残った。
つまり、水魔法を使ったら、近くにあった塩水から水だけが使われた、ってことであってるのかな。
上達すれば塩水だろうが石鹸水だろうが動かせるような気がするけど、ただ水を出そうとすると、純粋な水だけを抽出してしまうようだ。
水魔法で出せる水はごくごく純粋な純水なんだろう。
そしてミネラル分がない純水は美味しくない。コーヒー淹れるのにはいいんだけどね。なお、お茶はミネラル分も重要らしくて、純水で入れても美味しくならないのは不思議だ。
「え、でもそしたらなんで……」
悩む前にそろそろ漬け置き洗い中の服を濯いでもいいかな、と外に出て、すぐに悩みは解決した。
雨水タンクだ。
わたしが洗濯をしていた近くに雨水タンクがあった。
散水や洗車用に置かれた雨水タンクは、雨どいからの水を受けているので、完全に密封されているわけじゃない。そして雨水タンクが枯渇すると、浄水タンクから供給されるようになっているのだ。
だから水魔法を使うと、浄水タンクから水が減ったってわけ。
え、もったいない。確認すると雨水タンクもどこかで電気使ってるみたいだし、なんでこんな構造にしたんだろう。
この構造、壊れてもわたしにはメンテナンスできないぞ。
「最悪生活用水は水魔法で何とかなる?」
水源から水を持ってくるのに、ポンプとか使わなくても魔法でいけるっぽいのはラッキー。少し離れて水魔法を使えば、空気中とかから集めた水分を浄水タンクに注水できるはず。
しかも水だけを移動させてしまうってことは、逆に言うと、わたしが人間浄水器みたいな役目を果たせるってことだ。
「まぁ、悪いことじゃ……ないかな」
とはいえ、汚れを残したまま水を移動させるんじゃ、洗濯する意味がないから、洗濯魔法はしばらく要修行だわ。
問題が解消したところで、再び手袋を装着して洗いかけの服をよく濯いで、脱水・乾燥した。
激しく色落ちしたはずなのに、汚れも落ちたせいか、むしろ残った色がはっきりした。こんなに色の違いがあったのね。おかげで、今度こそ着ても気にならなそうなぐらいには匂いがない。
ついでに昨日着た服も洗って、日光による消毒・消臭も期待して干す。
バタバタしたせいか、気がつけば昼食にちょうどいい時間になっていて、わたしははためく洗濯物を眺めながら、朝の残りといわしの蒲焼(缶詰)の昼食を優雅に楽しんだのだった。
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