金貨の価値
領主様とのオハナシが終わったのは、とうに天高く日が昇る頃合いだった。
「おなかすいたー」
「屋台で串焼きでも食っていくか」
「わぁ! 屋台の串焼きって憧れてたのよね」
「ここらで食いでがあるのはここだな」
帰りもウォリアの馬車でフィーダまで送ってくれるということだったが、お昼は出なかった。
お昼は出ないんだ、ってちょっとブレッドに愚痴ったら、貴族の昼餐はまだだろ、って言われた。
「信じられない、絶対おなかがすくじゃない」
「領主様は朝から起きてることが多いけど、貴族は大体夜中に飯食うから、朝も昼も遅いもんだ」
「あんなちょっとの朝ごはんでこれ以上持たないって」
グーグー鳴りだしそうなおなかを擦っていると、ブレッドはくくっと笑った。
「あと朝出てくるのは、飯じゃなくてお茶、な。そこんとこ間違えるとえらい怒られるぞ」
「は? 意味わかんない」
「俺もわからないけど、腹を満たすのに執着するのは下品、なんだとさ。その割に、やたらとお茶受けたっぷりのお茶をお召し上がりになるみたいだけどさ」
「はー、なんかめんどくさいねえ」
ブレッドが勧めてくれた屋台は、食いでがあるというだけあって、夜店の牛串くらいに大きくカットされた肉が串に刺さっている。既に一度焼かれた肉を炙り直すと、温まって滴る肉汁がじゅうじゅうと音を立てた。
「これ何の肉?」
「……? 肉だな!」
「そりゃあ肉だけどヨォ」
少し考えたものの朗らかに不十分な答えを出したブレッドに、屋台のあんちゃんが苦笑いをしている。
「はいよ、3本お待ち。ちなみにうちの肉はねーレッドホーンブル」
「へー。これがレッドホーンブル」
「嘘をつくなよ。そんな高級肉、屋台で売るか」
「なんだよ、何食っても肉ならいい肉だと思って食う方が得だろ」
ははは、と茶目っけたっぷりに笑ったあんちゃんから受け取った串を一本くれながら、ブレッドは早速肉にかぶりつく。
いつも飯を食わせてもらってるから、と奢ってもらった串焼き肉は一本銅貨5枚で、他より大きい分お値段もお高めなんだそうだ。500円と考えると確かにそこそこいいお値段だ。りんごのような果実とニンニクか何かの搾り汁につけてから香草をまぶして焼いてあり、肉そのものが持つクセのある匂いが抑えられている。かなり歯応えはあるものの、噛み締めるたびに肉汁が染み出してくる。
「おいっし……」
異世界初の串焼き肉は想像していたのよりずっと美味しかった。
「そりゃよかった。今後もご贔屓に」
次から次に来る客を捌きながら、屋台のあんちゃんが快活に笑う。
うーむ、わたしにこんな接客ができるだろうか。
「あ、せっかく領都にきてるんだし、臨時収入あったから服を買いたい」
「それはいいな。洒落た服なんてフィーダでは売ってないし、トリビュースで買っていくといい」
ウォリアには少しだけ時間をもらって、服を買うことにした。
わたしは洒落た服じゃなくて、出歩いても目立たない服が欲しいんだ。
プレハブに篭ってる分には、ジャージでもマイクロミニ(持ってない)でもいいけど、おむすびを売りに行くのに、変に目立つ格好はマズい。ミモレ丈でも破廉恥なら、持ってる服はほぼほぼ全滅だ。今履いてるスカートはどうかというと、ここまで派手な色柄の布地がまずない。ならば当然似ているマキシワンピもアウトなわけで。
町をみていて気がついたのは、道を行き交う人達の服はバリエーション豊富なこと。柄のある布こそ見当たらないけど、単色でならかなり発色のいい生地で仕立てた服を着ている人もいる。刺繍の服は遠目には柄に見えなくもない。でもって、そういう服を着ている人はもれなく裕福そうだ。とても自分で店頭に立ってモノを売る人には見えない。
「わー、あのお姉さんいい足してるー」
なにより気になるのは、結構露出が激しい人が男女問わず少なくないってこと。
昨日のお着替えはなんだったのか。
そこまでわたしの足は見苦しかったんだろーか。ムダ毛はタイツで見えなかったはずなのに。
「あの美脚は気にならないわけ?」
「あれは、必要があって出してる足だからな。客にも仲間にもならない俺がどうこう言うのも違うだろ」
どうでもよさそうにブレッドは言う。
「足を出してる女は女を売る商売をしているか、襲われても身を守れるだけの力を誇示している冒険者だ。バカな男を引っ掛けるために足を出してる冒険者もいるけどな」
ふくらはぎどころか太腿に、ついでに臍まで誇示してる美人さんはめっちゃツヨってことか。
えぇ〜かっこよ。
見惚れてたら目が合って、バチンとウィンクまでされちゃった。ファンサまで抜かりないとか、ますますかっこよ〜!
「予算は?」
「金貨2枚で足りる?」
「はぁ!?」
ブレッドはひどく驚いて声を潜めた。
「金貨ですぐ着られる服なんか買えないぞ」
「え!? マジで!?」
やけに恭しく金貨5枚を渡されたから、ペットボトルにチョコレートと羊羹、おそらく慰謝料とビール代も込みなんだろうと、それなりの金額だと信じてたのに。
金持ちほどケチって本当だな!
恨みを込めてお屋敷を振り仰ぐ。
「まいったな、俺はドレスを仕立てる店なんか知らないしな」
「いや、普段着がほしい……普通の服ならそこまでは掛からない?」
あれ、ケチってわけでもない?
「平民の服なら、金貨一枚で真新しいのが何枚も仕立てられるぞ。まさか頂いた金って全部金貨か?」
わたしが頷くと、ブレッドは深々と溜息をついた。
「せめて大銀貨にしてくれればよかったのに気が利かない。フィーダじゃ銀貨ですら釣りがないって嫌がられる時もあるから、少し崩していこう」
「う、うん……」
ブレッドが連れてきてくれたのは古着屋さんだ。古着独特の匂いがする。
「古着か……」
「こっちじゃ平民は古着を買うのが当たり前だ。その中でもこの店は程度がいいものしか扱っていない。大抵の平民が新しく服を仕立てるのなんて祝い事がある時くらいだな」
大人の女性はボディスかチュニックを重ねて着ている人が多い。フワッとした印象で上下を何枚か選び、ついでにハギレを何枚か頼む。ハギレはドレスを解体した時に出たものだそうで、とくに染色が鮮やかだった。併せて大銀貨一枚。
「釣りは大銀貨一枚分は銀貨でもらえないか?」
「へえへえ。たくさん買ってもらったことだし請負ましょう。ただ、うちもそんなに銀貨がないから、小銀貨も混ざっていいかね」
「むしろ助かる」
「お釣りもらう時、一緒に数えてもらっていいですか?」
ブレッドが交渉してくれたけど、何がいくらなのかよくわからなかったから、咄嗟にそう言うと、お店のおじさんが吹き出した。
「いいとこのお嬢様かと思ったらしっかりしてらぁ。よござんす。うちは釣りを誤魔化すような商売はしちゃいませんから、しっかりご確認ください」
「いえ、疑ったわけでは……」
「いいことでございますよ。あとでやったやらないの話になるより、その場で確認する。うちの丁稚にも見習わせたいご判断で。まずは大銀貨が2枚……」
金貨一枚渡して戻ってきたのが、大銀貨2枚と銀貨20枚、それから小銀貨20枚だ。
「……確かに」
ってことは、大銀貨4枚で金貨一枚、銀貨25枚で大銀貨一枚、小銀貨4枚で銀貨一枚?
わっかりにく……。
「もしかして、銅貨25枚で小銀貨一枚?」
「そうだな」
お店を出てからこっそり聞いたら正解だった。
銅貨百枚で銀貨一枚なら、金貨を銅貨に換算すると一万枚か。
普段銅貨一枚でやり取りするような世界で、それは金貨使えないわ。
で、銅貨一枚で大体百円くらいでしょ……うわ、ってことは金貨五枚で5百万!?
大銀貨1枚で銀貨25枚、私が今日買ったのがスカート3枚のパンツ1枚、ブラウスっぽいの2枚、オーバーチュニック2枚に端切れを何枚かだから……一着当たり、銀貨2~3枚ってところか。日本円にして3万くらい? 多分布は手作業で作ってるから高いんだろう。それでも古着で3万は高い気がする。
途中で売りつけられそうになったドレスは大銀貨1枚で、仕立てたら金貨3枚は飛ぶって言われてたけど、ドレス1着車並みのお値段だ。
それとも食料が安いんだろうか。
どっちもありそう。
七宝焼きの小さなペンダントトップ一つで5百万か……2万くらいのキットがずいぶん化けたものだ。
一瞬でもケチとか思ってすみませんでした。
心の中でそこだけは謝っておく。
「服って高いのね……」
「あそこは古着屋の中でも高い方だから、俺が普段買う店なら小銀貨1枚から買えるぞ。その代わり、穴が開いていたり、変なところが薄くなってる奴が紛れてるから、しっかり確認してから金を払わなきゃならんけどな」
それでも小銀貨1枚、2500円か~。
「安い店はたまに掘り出し物もあるけど、掘り出し物だって勇み足をすると、そういうのに限ってとんでもないところが破れてたりするからな」
馬車に乗って、ブレッドが親切に持ってくれていた服を受け取る。
「……うっ」
「どした?」
「いや、なんでもない……」
買ったスカートのうち一枚で包んだ服を膝に乗せたら、鼻にむわっと来たので、そっと横に置く。
古着屋では鼻が慣れていたようで、外に出てから馬車に乗ったら、古着の匂いが鼻を突いたのだ。
動物っぽい匂いと土っぽくカビ臭さが混ざったのに加えて、何かで燻したような匂いがする。
うぅ、どうしよう。
これをこのまま着たくないから、家に帰ったらいったん洗濯しないと。
でも、この匂い、落ちるかしら……。
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