閑話・入れ替わりの娘 / side領主家
28日二回目の投稿です。
三人称視点
領主館の人たちから見たルディアーナとリサについて
勘違い回
辺境伯家の娘ルディアーナが異世界に行ってしまった。
その知らせを届けたのは、幼いころから娘を知る兵士、ブレッドだ。
婚約破棄されたのを機に、領都から離れた町で暮らすことを決めたルディアーナには、料理人とメイド一人をつけていたし、月に一度は様子を確認して報告を上げるように、とブレッドに言いつけてあった。
結婚間際になって婚約破棄をされるような娘は、もはや政略の役に立たないし、しばらくは動かせない駒となったので、ある程度ほとぼりが冷めるまで魔術研究でもなんでも好きにすればいい、と放っておいた。
相手方の不貞からの婚約破棄は辺境伯を激怒させたが、先方からの言い分ではルディアーナの魔術狂いも度を過ぎる、とのことだった。
だからと言って、公衆の面前で婚約破棄を突き付けた不義理が許されるはずもない。当人からきちんとした相談があればルディアーナの研究をやめさせることもできた。逆にルディアーナが相談していれば、婚姻前の不貞を嗜めることもしたはずだ。
第一、貴族の婚姻とは政策そのもので、惚れた腫れたの問題ではない。
恋愛などという軽薄な遊戯を楽しみたいのなら、結婚し貴族の義務を果たした上で楽しめばいい。辺境伯自身そうしてきたし、周囲でもまともな貴族であればそうしている。
婚約者を繋ぎ留められなかったルディアーナも問題だが、下半身に浮ついて、当主の許しもなく婚約破棄などという恥知らずな所業に至ったブリケンフログ侯爵家の若造マールドンはもっと問題だし、家格を理解せず何の利もなく侯爵家と縁を繋げると思った男爵家の庶子など話にならない。
男爵家の娘を嫁がせることでマールドンにスライドさせる形で爵位を取り上げ、その分オウデルハインダーに便宜を図るようにブリケンフログとは話し合ったし、侯爵家からの物とは別に慰謝料として男爵家が運営していた商会をオウデルハインダーのものとした。平民の目には恋物語が成就したように見えるかもしれないが、男爵家の名は無くなり、血も途絶える。実質的な取り潰しだ。
そもそもが平民などに爵位を与えるから思い上がるのだ。叙爵した者は如才のない男だったかもしれないが、平民の卑しい血では爵位を維持できるものではなかった。
これらの調整をし、統治を行えるからこそ、貴族は尊い血が流れていると尊ばれる。
名ばかりの爵位を二代や三代継いだところで、本当の意味で平民が貴族に成り上がれるわけがない。
愚かな子供たちが起こした事件の収集を何とかつけ、そろそろルディアーナの去就についてどうにかしてやらねばならないな、と考えていたところでの出奔だった。
ルディアーナは幼い頃から稀人伝説に夢中だった。
突如として現れた異邦人があらゆる祝福や災禍を残して去っていくという、各地に残る似たり寄ったりなお伽噺。実在した証明として遺物が残されていることもあるけれど、大抵は謎のオブジェクトに過ぎず、しかもそのほとんどが捏造で、信用性など皆無に等しい。
仕事に社交に長男の継嗣教育、長女の王子妃教育と、領主夫妻が忙しく、構ってやれなかった第三子で次女のルディアーナはいつしか、稀人が実存したと仮定すると辻褄が合う魔術進化の過程などを研究するようになった。
幼子が注目を集めようと荒唐無稽なことを言い出すのはよくあることだ。
それと同じようなものであろう、とアトキンスはルディアーナについての報告を取り合わなかった。
ルディアーナは魔法に傾倒し、魔術研究に励んでいると聞いても、女がどれほど熱心に学問に励もうとたかが知れているとたかをくくっていた。女など、いずれ家に収まり家政を回すより他の能力があるわけがないのだから。
婚約破棄後にルディアーナがフィーダに研究所を建て、そこに移り住んだのも、女子供によくある拗ねて部屋に籠るのと同じようなものだと思い、放置した。
その結果が異世界転移による出奔だ。
異世界に転移してしまったルディアーナの研究所に代わるように、異世界から野営地と共に女性が現れたという。
接触したブレッドによれば、手ずから茶を入れ、魔道具ではないコンロを使って調理までしてみせたという。平民なのかと思いきや、茶には砂糖を惜しげもなく使い、その際に振る舞われたエールは美しい絵が描かれた金属の筒に詰められていたそうだ。
親しくなれば気さくだが、警戒されていた当初の言動からしてかなりの知識人に見え、きちんとした教育を受けてきているようだ、と。
稀人の伝承が本当であるならば、そして、その女が有用であれば、婚約破棄の瑕疵が付き、魔術狂いの変人と認識されている娘よりも、よほど良い駒になりうるかもしれない。
持ち込んでいる物品は、食物の他は魔石ではない動力を必要とするコンロ、二輪で移動するのに支えねばならない荷車、金属製の大きな馬車、イスとテーブルなどを確認したそうだ。正直なところ、どれも然程魅力的には思えない。コンロなど、使用中にガスとかいう燃料が切れ、そうなると捨てるしかないという。ガスなる燃料を作る技術を異邦人の娘は知らないそうだから、これはもう役に立たないだろう。金属製の大きな馬車はハーネスの連結部が見当たらなかったそうだから、馬か、もしかするとゴーレムは転移しなかったのだろう。動かない馬車などただの置き物だ。
転移してきたのは野営地とのことだから、ろくな財産を持ち込めなかったものと思われる。
娘本人が役立つ可能性を鑑み、ブレッドには早急に娘を連れてくるように命じた。
「食事を販売したいという話は聞いていたが、あらかじめ実物を持参するとは、商取引の経験もあるのか」
訪れた娘は、年齢のわかりにくい姿形をしていたものの、残念ながら娘と呼ぶにはいささか董が立っているように見受けられたという。
「いえ。商売人というには品が良過ぎるような……目下の者に施しをするのになれている風情がありました」
「なるほどな。このような料理を作るだけのことはある」
娘が持ち込んだウォムスヴィなるものは、粒状の穀類をそのまま纏めた素朴な見た目のくせに、ふんだんに香辛料が使われ、肉の風味までする不均衡な代物だ。味は悪くないが、何故穀類を粒のまま使ったのか理解し難い。手に持って食べる想定だというが、庶民向けならば何故香辛料を多用したのか。姿を消すまで肉には手間を掛けているのも謎だ。
非常食として持ち運んでいるというチョコレートとヨーカンも味をみたが、比較的安価に使用できるハチミツなどではなく砂糖が使用されている。味の濁りなさから察するにかなり高い技術で精製された高級な砂糖だ。
水も保存食も執拗なまでに封印の施されたものを持参するということは、それほどまでに身辺に警戒しなければならない立場にいたということなのだろう。
娘は故国での身分を明らかにしなかったし、ことさらに粗野に振舞っていたが、つけたメイドに依れば、部屋では気が抜けたものか、高位貴族らしき言動も見せていたらしい。
メイドをまだ子供だと言い、自分がその頃には遊んでいた、と、若年での就業を憐れみまでしたそうだ。
お茶にも興味を持ち、手づかみではなく当たり前にカトラリーを使っていたらしい。また同性であっても肌を晒し触れられるのには抵抗があったようだが、湯に浸かることそのものに躊躇いはなく、髪を洗われたりといった施術は受け慣れている様だったという。
魔素がない世界から来たとの申告通り、魔法に対する質問はトンチンカンだったが、ルディアーナについても気にしていたようだ。
「お待たせした」
しばらく待たせて部屋に入ると、リサという異邦人の娘は、アトキンスを値踏みする視線を見せる。
「いいえ、それほどでも」
座ったまま浮かべる冷笑は、貴族が平民に向けるそれだ。
「アトキンス・ファダ・オウデルハインダーだ。先祖代々陛下よりこの辺境伯領をお預かりし、議会では外務副大臣の席を賜っている」
「蓮川理沙です。先日より、こちらの世界におります」
アトキンスが名乗ると、リサは聞いていたのとは異なる名乗りを上げ、ここで初めて家名持ちだと知らされた。そして、家名を名乗らずにきたのは相手の礼儀に合わせたのだという。
これは平民として扱ってはならぬ。
やはり統治者層、それもかなり高位の血筋ではないかと伺えた。下手をしたら王族の可能性すらある。
あちらの世界では家を出たのかと問えば、既に財産を継いだ身だと応えられた。
「なんと……」
職業に貴賎はないと言うが、王族ならば、なるほど他の者は全て臣下であって、そこに貴族や平民の区別がないのも頷ける。アトキンスにとって、家人以外は豪商も貧民もさして変わりないのと同じだろう。
「世界が違うとまで言わずとも、国によって常識や文化は異なるものですからね。外務に携わっておられるなら、閣下もよくご存じでしょう?」
微笑み掛けられたアトキンスは、己の器を量られているのだと背筋が寒くなる。どうにか懐柔する糸口が掴めないかと家族のことを口にすれば、言外にお前がそれを言える立場かと叱責された。
この女性、ハスカーリサを当地に拉致したのは、アトキンスの娘ルディアーナなのだから。
娘の不始末の責を負うべく滞在を願うと、冷たい目で切って捨てられる。
信頼など初めからなきに等しい。
言を弄せば弄すほどに、対応が冷え込んでいく。
成人して家督を継ぎ、外務を担うようになって長いアトキンスにとって、これほどまでに手応えのない会見は初めてだった。
「わたしは信じて吉報を待つだけです。自分ができることをしながら」
後ろ盾などないこの地においても、誇り高く己が信条を貫こうとする姿勢は、まさに王でしかない。
何ということだ。
ルディアーナが巻き込んでしまったのは、異世界の若き女王だったのだ。
「その、ご自分が出来ること、というのが、あのウォムスヴィですか」
アトキンスの問いにハスカーリサは咳払いで答える。言葉を返す必要を感じない意思表示なのだろう。だが、アトキンスは高位貴族の矜持においてさらに問いを重ねずにはいられなかった。
「絵描きでいらしたのなら、何故絵ではなく料理を売ろうと?」
「こちらではわたしが望む画材が入手できません。わたしはこちらでいう商会に勤める絵描きだったのですが、画材の入手や調整、顧客対応は全て別部署の仕事で、わたしは絵を描くだけで良かったのです」
「画材は絵描きの秘伝だと聞きますから、それでは充分な画材を得るのは難しいですな」
この文明に劣る世界において、自分が望むモノを用意出来るとでも思うのか、そう聞かれている。アトキンスはこの世界が劣っているとは認められず、ハスカーリサの能力不足に責を擦りつける自分を恥じた。
「料理などせずともあの香辛料を売りに出せばよいのでは? 当家でレシピと共に買い取ってもかまいませんよ」
意地汚く他の地の王に力になれると嘯く傲慢さに、我ながら反吐が出そうだ。
「使用しました調味料の量も限られておりますし、残念ながらあのおむすびはそう数を作れません」
「そうですか、それは残念です」
ハスカーリサは多少の交渉こそしたものの、自身の才覚によって税も払うといい、その資金は形見の宝を手放して作ると言い放つ。
アトキンスは出来るだけの便宜を図るつもりであったが、返ってきたのは余計な気を回して構うな。と言わんばかりの返答だった。わずかばかりの温情を貰えたのはエールを入れていた美術品のような金属筒と、透明で軽く、固く蓋が閉まる水入れの空き容器を譲り受けることだった。
今はコレしか安心して飲める水がない、という言葉は如何にハスカーリサがこの地そのものを警戒しているかの表れだろう。
さらなる交渉のトバ口になればと、形見の品に金貨5枚と値をつければ、それがお前の価値か、と見限られたのか、何ひとつの文句もなく受け入れられた。
受け入れられてしまった。
異世界の地位など関係ないとばかりに、穏やかに権勢を振るおうとはしないハスカーリサに、アトキンスは軽くとはいえども頭を下げずにはいられない。
「我が豚児ルディアーナの非道、リサ殿に置かれては幾重にもお詫び申し上げる」
ハスカーリサの眼差しは最後まで冷え切ったままだった。
冷たい理由はそれじゃない。
なろうでよく初期に遭遇できる目端のきく貴族様ではなかった模様。
貴族視点の事情と庶民が知ってる噂は異なります。
ブレッドが知っているのは、アトキンスから聞かされたこととルディアーナから聞かされたことと、フィーダで流れてる噂のことだけ。
廃嫡等については「あんな男廃嫡されればいいんだわ」みたいなことを言った正義ちゃんがいて、聞き齧った誰かの妄想が加わって生まれたデマ。
矛盾した内容とかもあるけど、兵士なのでそれぞれの言い分があるのには慣れっこなため流してます。平民が貴族のお家事情に首突っ込んでもいいことないし。
ルディは友達だから、憤慨したり励ましたりはしたけど。
ちなみにルディアーナは一応マールドンの浮気について、アトキンスに何度か報告しています。
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