噂のNTR辺境伯
本日二話投稿。
20時にも更新します。
朝食は簡素だった。
小麦粉を薄く焼いたパンとクラッカーの中間みたいなものと、煮た果物と、お茶。贅沢を言えば果物は生で食べたかったな。ジャムと呼ぶには甘味が足りない。
そういえば舞姫の森鴎外も、桃まで煮て食べてたんだっけ。刺身にも火を通した森鴎外と、酒を沸騰させて飲んでた泉鏡花は、わたしの中で二大潔癖症。
ただこんな環境に来てしまうと、ちょっと気持ちもわかるような気がする。
食中毒 is dieみたいな世界じゃ、自衛するしかないもんな。
スッピンで辺境伯に会う事になるかと思いきや、ドヤドヤと侍女が来てメイクをしてくれた。身支度を手伝うつもりで来たらしいのに、メイク以外することがなくて拍子抜けしたみたいだった。
わたしが貴族女性ではなさそうだからか、メイクはおざなりで、白粉も塗られず、眉毛を描かれて、ちょちょっと口紅を乗せられておしまい。眉を描いたのは明らかに木炭だったからいいとして、口紅は材料がわからなくて怖い。
明らかにバカにした口調で「若いんだから高価な白粉なんて必要ございませんわ」なんて言われたけど、わたしいったいいくつだと思われてるの。でも、そういえば、昔の白粉には毒性があって……みたいな話はよく読んだから、下手に白粉を使われなかったのは良かったのかもしれない。
それにしても、侍女たちの程度の低さよ。
ラウムは職務に忠実な良い子なのに、この落差は何?
メイク後、ラウムが淹れてくれたお茶をいただきつつ、さていつまで待たされるのかな、と黄昏ているとお呼び出しがかかった。
案内されたのは昨日より格段に格式の高そうな応接室だ。周囲に置かれた飾り棚が来客を威嚇している。
別に取って食われるわけじゃなし。
落ち着いて事情を説明して、必要があればいくつか交渉すればいいだけだ。
自分を鼓舞しながら待つが、ここでも暫く待たされた。
待ってる間に不安も大きくなるが、冷静にもなる。
コレってアレじゃないか。
来客を待たせることで格を高く見せ、交渉を有利にしようとするテクニック。
貴族は成功した山賊の子孫で、着飾ったヤクザ、だったけ。誰が言ったのかは知らないけど、面子とハッタリでマウントとってこられるのに、わざわざ付き合う必要はないよね。
むしろわざわざ呼び出した向こうが部屋で待っていたっていいくらいなんだから。
タイムゲージでぐんぐん好感度が下がっていく。
鬼が出るか蛇が出るか。
ここは一発カマしてやろうじゃないの。
「お待たせした」
待っていてムカムカしてきたあたりで、ようやく部屋に入ってきたのは、白髪混じりの淡い紫の髪に金の目をした男性だ。
昨日の夢かわ甘味男子の配置に、ダスティローがいる。
ほう、これが噂のNTR辺境伯ね。
白髪はあるもののそれほど年寄ではなく、大体うちの父と同年代に見える。こっちの人の年齢はわからないから、うちの父よりは若いんだろうな、って気はする。一見柔和そうな、渋い感じのイケオジだ。
先入観がそう思わせているだけかもしれないけど、うっすらと浮かべられている笑顔がうさん臭くて、第一印象は『偉そうだな』の一点に尽きる。態度が偉そうなわけではないんだけど、にじみ出ている雰囲気が威圧的というか。いかにも堅気じゃない感じ。
実際偉い人ではあるんだけども。
こんな人から愛人寝取った下男はガッツがあるな。執務室で事に及んだあたり、スリルジャンキーだったのかもしれない。
「いいえ、それほどでも」
わざわざ立ち上がって出迎えたりはせず、こちらもうっすらとした笑顔を浮かべて、相手が着席するのを待つ。
領主様は意外そうに少しだけ目を開いて、何も言わずに向かいの椅子に腰かけた。
「アトキンス・ファダ・オウデルハインダーだ。先祖代々陛下よりこの辺境伯領をお預かりし、議会では外務副大臣の席を賜っている」
「蓮川理沙です。先日より、こちらの世界におります」
「ハスカーリサ? どうも聞いていた名とは異なるようだが……」
「蓮川は家名です。わたしの国では、名前の前に家名が来ます」
こちらの流儀に合わせるなら、リサ・ハスカワなんだろうが、知るか。
わたしは蓮川理沙であって、わたしの生まれ育った国ではこの名乗りが正しい。
「家名がおありになったのか。なぜ名乗られなかった?」
「こちらに来て、ご家名を伺ったのは閣下が初めてですので、それに倣った次第です」
「なるほど。ブレッドは平民であるし、アントニオも職務中に自身の家名を名乗りはすまい。そのような次第でしたか」
家名があると聞いたとたんに、少し態度が軟化した感じがある。
「ブレッドの話では、あちらでは絵描きをしておられたと聞き及んでおりますが、料理などの手際もよかったそうで。家を出ておられたのですかな」
この場合の家を出る、は家名を捨てたかどうか、かな。
ならばノー、だ。日本の法律では、例え勘当されたとしたって、血縁を捨てられるという風にはできていない。
「あちらでは身分問わず、料理や家事も学習の範疇です。また職を手につけることも同様に。職業に貴賎はないともされています。わたしは蓮川家の長女。些少ながら財産も継いだ身です」
「なんと……」
日本には貴族制度なんかないし、ましてやわたしは庶民だけど、こっちの人たちにそれを調べるすべはないのだから『へっへっへ、あっしはしがない平民でございまして……』なんて卑下する必要はない。昨日はマナーが不安だし、晩餐にお呼ばれとかしなくてよかった。って思ってたけど、こちらのマナーが向こうのマナーと一緒とも限らないし、いっそのこと『俺がマナーだ!』の精神でいいんじゃないかな。
対等に接してくれる相手には敬意をもって接したいけど、自分ルールで上からくる相手に気を使ってやる気はない。
せいぜい異世界で名のある名家の嫡子を巻き込んだとでも思い込んで焦るがいいさ。
「世界が違うとまで言わずとも、国によって常識や文化は異なるものですからね。外務に携わっておられるなら、閣下もよくご存じでしょう?」
わずかに首を傾けて微笑みかけると、アトキンスは少し警戒の色を浮かべ、それから表情を取り繕う。
「はっは、その通りですな。稀人殿は政治も明るいご様子。それがこのような事態に見舞われて、ご家族もご心配なさっているのでは?」
「まれびと?」
聞きなれない呼びかけだったけど、すぐに脳内で漢字変換できた。まれびと……稀人、かぁ。単純には外部からの来訪者を指すけれど、日本の民俗学的には稀人信仰と言って神様だと思われているパターンもある。よそから来た神様が一宿一飯に応えて祝福を残して去っていくってやつね。鶴の恩返しみたいな『〇〇嫁』もこの類型に当たると思う。
こちらの世界にも稀人信仰みたいなものがあるんだろうか。
「いかに心配をかけたところで、いまやわたしは家族の手に届かないところにおります。そして原因となったルディアーナ様が飛んだ先であろうわたしの祖国には、おそらく魔素がありません。なのでそのような世界から参りましたわたしでは、帰還に関しては閣下をはじめとしたお力ある方々におすがりするほかなく、わたしとしましては日々を精一杯生き抜くだけです」
白々しく目を細めてみる。
「よろしければ、このまま当家にご滞在いただいてもよろしいのですよ」
「まぁ、ありがとうございます」
「いえ、娘の不始末ですから」
ないわー。
じゃあ、お世話になります。なんて、話に乗った途端に身ぐるみ剥がされて、先行き不透明になる予想が否めない。昨日のダスティローとのやり取りでも、何を知っていて何を持ち込んでいるのか探られている節があった。
いくら大量に備蓄があっても、物資は有限なのだ。
総浚いで買い叩かれる前に、自分の足場を固める必要がある。
「ですが、ブレッド様がおっしゃるには、ルディアーナ様は『釣り合い』について言及されていたそうです。それが何を意味するのかはわたしにはわかりませんが、ルディアーナ様がお戻りになるに際し、わたしはあの地にいる必要があるのではないかと愚考します」
「しかし、いつ戻るともしれませんし、あるいはもう戻ることはかなわないやもしれません。そちらの世界に魔素がないのであれば、なお」
心配そうな口調、表情ではあるものの、その心配はどちらに向けてのものか中途半端だ。
あ、これは協力に期待できないな。
多分、この人はもう娘のことを切り捨てている。
わたしのこともどうでもよくて、何か利になることがあるかどうかを探っている段階なんだろう。
イラっとする。
わたしはこの人の娘、ルディアーナによって被害をこうむっている。
会社を辞め、備蓄を買い込み、ひとり世捨て人のように暮らそうとしていたわたしだけれど、しばらく休んで英気を養ったなら、社会復帰するつもりはあった。だから、こうして異世界に転移させられたのは迷惑でしかない。
でも、17歳の女の子を切り捨てる判断をする大人なんて信用ならない。しかも、婚約破棄されて傷ついていただろう自分の娘を。
こいつはわたしの敵だ。
たった今敵だと認識した。
「わたしは信じて吉報を待つだけです。自分ができることをしながら」
にっこりと意識して笑顔を作る。
笑え、わたし。
舐められて何もできずに搾取される立場に自分を追い込むな。
「その、ご自分が出来ること、というのが、あのウォムスヴィですか」
「ごふっ」
ひとが真面目に決意を固めてる時に、不意打ちはやめてほしい。なんだその幼児が英語にしたらカッコいいと思いました、みたいな名称。
「絵描きでいらしたのなら、何故絵ではなく料理を売ろうと?」
「こちらではわたしが望む画材が入手できません。わたしはこちらでいう商会に勤める絵描きだったのですが、画材の入手や調整、顧客対応は全て別部署の仕事で、わたしは絵を描くだけで良かったのです」
PCもタブレットもあるから、絵を描くだけならできる。でもプリンタがないからアウトプットは不可能だ。スタンドアローンだと使えない機能もあるものの、カレンダーや時計としては有効なんだけどね。使っているとつい検索に頼りたくなるのが玉に瑕だ。
絵を描くことを、改めてゆっくり楽しむつもりだったから、水彩やパステル、色鉛筆もあるけど、画材はそれこそ数が限られている。それにもうしばらくは、絵を描くなら自分のために描きたい。売るための絵を描くには、わたしはまだ疲れが癒えていないのだ。
「画材は絵描きの秘伝だと聞きますから、それでは充分な画材を得るのは難しいですな」
「はい、ですから絵以外でも多少覚えがあった料理を売ろうかと」
「なるほど。私もウォムスヴィを少しいただきましたが、料理などせずともあの香辛料を売りに出せばよいのでは? 当家でレシピと共に買い取ってもかまいませんよ」
「使用しました調味料の量も限られておりますし、残念ながらあのおむすびはそう数を作れません」
カレーヌードルにレトルトカレーにカレー粉はあるが、あのカレーうどんは残り10個だからね。
「そうですか、それは残念です」
それから、おむすび販売の話を詰めて、2年税金の優遇を受けられるように交渉し、『形見の』七宝焼きを金貨5枚で売りつけた。
アトキンスはチョコレートやペットボトルやビールを買い取りたがったけど、遠回しな要求はわからないふりで乗り切ってやって、代わりに空きボトルや空き缶を買い取ってもらうように交渉した。やっぱり預けたペットボトルは戻ってこなかったね。
金属自体希少らしいし、軽くて透明なペットボトルは中身が入っていなくても欲しいらしいから、どちらにとってもいい商談になったようだ。
七宝焼きの金貨5枚という価格はわたしが言い出したものではなくて、アトキンスの方から言い出したものだ。これが高いのか安いのかは、わたしにはまだわからない。
最後にアトキンスは軽くではあるものの頭を下げた。
「我が豚児ルディアーナの非道、リサ殿に置かれては幾重にもお詫び申し上げる」
お貴族様が頭を下げるなんて、そうはないことだろう。一応は真摯な謝罪、ってやつなんだろうけど、なんとなーく、なんとなーく……いい気はしなかった。
リサはあんまり気にしてないので聞き流してますが、領地の名前とそこを統治する貴族の家名は違います。
オウデルハインダー家はフェルバイデン領を主に統治しています。
ルディアーナの元婚約者はフェルバイデンの隣領ドリピボンス領を統治しているブリケンフログ侯爵家の次男。
侍女たち(10代後半〜20代前半)は『なんで平民のメイクなんかしてやんなきゃなんないのよ。まー、20代半ばよね。BBAの癖にこの肌は何よ(嫉妬)!?』ってなってた。行儀見習いにきてる中でもあんまり出来ない子達。良かったね、リサ。異世界産のお肌は多少荒れが残ってても10代後半並みだって。なお、チョコレートは上層部で消費しているため、使用人で口にしてる人はあんまりいません。
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