この世界の魔法、思ってたんとちゃう……
水に包まれた服は浮き上がって踊り狂った。
「え、えぇ~~~~~~~~」
ラウムは真剣な顔をしているけど、水の中で上に下に叩きつけられてるとでも言いたいような動きだ。
やめて、いったいわたしの服が何をしたというの。と言いたくなったが、ラウムの顔は真剣だ。
洗ってもらってるのに文句をつける気はないのだけど、貴重なブラが傷む……。ワイヤーが歪まないといいな……。
はじめは透明だった水が濁ってきたところを見ると汚れは落ちているんだろう。
ラウムが伸ばした手をきゅっと拳に変え、バスルームに向けて開くと、そちらにばしゃっと水だけが動いた。
「す、すごいド派手ー……」
「この魔法だけは母から習いました」
落ちてきた服をさっとつかんで、ラウムは得意げに笑う。
「わたし、ドレスの一枚くらいなら洗えるんです」
スカートを広げると、山歩きでついてしまった謎の草の汁や、跳ね上げた土汚れは綺麗に落ちている。この分だと下着も綺麗になっていることだろう。
しかもすっかり乾いている。
「魔法で洗濯ができちゃうなんて便利だね」
「全部魔法で洗濯できれば便利なんでしょうけれど、ランドリーメイドのほとんどは小さな染み抜きぐらいしかできないんですよ。普通の平民はそこまで魔力がないので。基本的にはこちらのお屋敷でも手洗いをしています。でも、緊急時にドレス一枚洗えるのは、わたしの強みになっています」
ワインをかぶってしまったご令嬢をお助けして、お褒めいただいたこともあるんですから。と、ラウムは誇らしげだ。
「いいなぁ、わたしもこの魔法覚えたい。氷魔法で飲み物なら冷やせるんだけど」
ブラは仕方がないから手洗いするけど、服は洗濯機が使えたら嬉しい。
わたしが羨ましがっていると、変な顔をされた。
「氷魔法が使えるのなら、水魔法なんて楽に使えるのでは?」
「なんで? わたしの魔法、氷が出せるだけだよ」
それしか練習していないだけだけど、氷で洗濯はできないでしょう。溶かせば水になるけど、そんなに冷たい水で洗濯したら汚れ落ち悪そう。
「魔力の多い方は大きな魔法をお使いになるから、一般魔法についてはご存じないのかもしれませんね。氷魔法は水魔法と火魔法の複合上位魔法なので……水の素質と、火の素質をお持ち? なのでは?」
「そうなの!? ブレッドからはそんなこと聞いてないけど」
「平民にとっては上位魔法なんておとぎ話のようなものですから。一般魔法にしても、少し便利な技だというぐらいで魔法がどのようなものかは知らないと思います。わたしも水魔法以外で何ができるかは存じません」
再びわたしの髪の水気取りを再開したラウムは、梳かす、水気をとる、を繰り返し、髪をつまんで状態を確認している。
「髪も水魔法でぱっと洗って乾かしてしまえないの?」
「傷みますよ?」
ラウムは子供を注意するみたいに苦笑して言った。
「それ、水の素養が判明した庶民が最初にやりがちなんですけど、洗濯みたいに叩きつけて洗うことになるし、元がまっすぐな髪でも膨らんで絡まって、艶もなくなってしまうんです。男の子ならそれでもいいんでしょうが、女の子はたいてい泣く結果になりますね」
「誰でも考えることは一緒か……」
キューティクルとか、保湿とかの考え方がないと、極限まで水気をとってしまうんだろう。氷は大きさを変えたりできたから、適切な魔力操作さえできれば、わたしならいい感じに髪を乾かすのも不可能じゃなさそう。
プレハブに戻ったら試してみようかな。
「リサ様は氷なんて珍しい素養をお持ちなんですね。この大きなお屋敷でも、確かふたりぐらいしかいなかったはずですよ」
「へぇ、そうなのね」
「料理番と仕入れ担当に一人ずついるのは知ってます。おかげで、このお屋敷の食べ物は傷みにくいんです。よそからいらしたお客様から聞いた話では、戦闘職でなくそれだけの魔法が使える使用人がいるのはすごいことなんだそうです」
「へぇー」
平民は魔力があまりなくて、ラウムは貴族の血を引いているのならば、その人たちも貴族か貴族の血を引いているんだろう。
能力のある人を雇えるのは、それだけ家の力があるからか。
さすが辺境伯。
この世界の辺境伯がどんな貴族位に属するのかは知らないけど、よく聞く公候伯子男なら侯爵相当ではなくとも貴族の上澄みなのは間違いない。
「ほかに珍しい素養を持った方はいるのかしら、光とか闇とか……」
「この国では光と闇はそれほど珍しくないです。リサ様のお国では珍しかったんですか?」
「え、珍しくないの? 光とか闇とか聖属性って珍しいものじゃないの? それでうん年ぶりの聖女が見つかった、とかテッパンじゃない」
びっくりして素に戻ったけど、ラウムはわたしが驚くのがわからない、といった調子で言った。
「騎馬民族が多いペルヴェントスでは風の素養を持つ方が多いと聞きますが、ベスツールで光と闇はむしろありふれた素養ですね。一般属性で珍しいのは星ではないですか? 聖属性というのは聞いたことがないです」
ラウムは納得するまで水気をとると、髪を緩くみつあみにしてくれた。
「あぁ、珍しい素養と言えば、ルディアーナお嬢様は空の素養をお持ちとのことでしたっけ。何と何の属性の上位に当たるのかまでは寡聞にして存じませんが」
「ルディアーナ様が……」
あえて聞いていないけど、ルディアーナとわたしが入れ替わった事件は、この屋敷のどのくらいの人が聞いているのだろう。
そしてわたしはどこの馬の骨として認識されているものやら。
「先の婚約はブリケンフログ侯爵家とこのオウデルハインダー家を繋ぐ意味で結ばれたそうですが、こんなことになってもお嬢様は希少な属性をお持ちで魔力も高いんですし、良い嫁ぎ先のひとつやふたつきっとすぐに見つかります」
「ルディアーナ様ってどんな方だったか聞いてもいいかしら」
「そうですね、ルディアーナ様は……大変集中力に恵まれた方でした。有用な術式もいくつも開発していらっしゃるそうですし、大変才長けた方かと」
一瞬躊躇したのは、わたしとルディアーナに面識がないとは思わなかったからだろうか。才能がある人だったらしいのはブレッドの話からしても確かだ。
でも、屋敷の使用人から出た形容が『集中力に恵まれた人』というのは……引きこもりがちのオタク体質だったのでは、という気がしなくもない。それでいくと、ブレッドがいう、ルディアーナにも問題はあった説に信憑性が増していくな。
あったこともない女の子をこき下ろすのもなんだけども。
ブレッドにしてみたら、男として同性である元婚約者の肩の方をあえて持っているってわけでもないのかもしれない。ちょっとルディアーナに辛辣だったのは、だから言っただろ、的な呆れみたいなものから来てるのかもな。
明日会うルディアーナの父は、どんなつもりでわたしを呼び出したのだろう。
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