笑ってはいけない領主家24時
ちょこちょこ休憩を入れながら馬車を走らせて半日、領都トリビュースについた。
考えてみたら当たり前なんだけど、馬は生き物なので、適宜休ませつつ走る必要があるらしい。
重たいもんを曳かせてるから休ませてやんなくちゃ、というのは、御者のおじさんウォリアの弁。
ウォリアは最初わたしのことを貴族のお嬢様だと思っていたのだけど、侍女も何も連れていなかったのを不思議に思っていたそうな。
普通のお貴族様は侍女に支度をさせて、休憩ごとにお茶を召し上がるのだとか。
御者も御者でお茶を飲むのだけど、こどものころからの顔見知りであるブレッドはいいとして、お貴族様はどうするんだ、と声をかけられて、わたしもご相伴にあずかることになった。
記念すべき異世界初の飲食物はウォリアの特製煮出し茶。そして、異世界に来て初めて野ションをすることになった。
こどもならいざ知らず、大人になってからマキシスカートでっていうのは、心理的ハードルが結構高かった。それでも背に腹は代えられないから仕方がない。
長く御者を務めているウォリアは、経験則から排泄を厭って水分補給を怠ると具合を悪くするのを知っていた。なので、わたしのことも気にかけてくれたそうだ。ありがたい。
水分不足でずっと同じ姿勢でいると、エコノミー症候群を起こすからね。
「フィーダのブレッドです。お客様をお連れしました」
「ご苦労様でした。お話は伺っておりますから、ブレッドも休んでいきなさい」
「はい」
馬車から降りてすぐに出迎えてくれたのは、わたくしが執事でございます、と言わんばかりのモノクルをつけたおじさまだ。ロマンスグレーの髪は紫色で、ここが異世界じゃなかったら染めてるのかな、と思うところだ。彼の後ろに立つ青年の髪は青緑でとてもファンシー。
「わたくしは当家にて家令を拝命しております、ダスティローと申します。ようこそお越しくださいました」
「どうか、リサとお呼びください」
深々と礼をとられて、こちらはスカートの両側を指でつまみ、軽く膝など曲げてみる。
これがこの世界で正しい挨拶かどうかなど知らん!
だが、堂々と振舞えばそれっぽく見えるだろうし、異国の礼儀作法だと思ってくれれば、無作法を責められることもないだろう。
まるっきりこどもがするお姫様ごっこだな、とは思うが、ここで舐められるわけにはいかないのだ。
「ご丁寧なお出迎え、痛み入ります。些少ではありますが、手土産をお持ちしました。また、今後につきましてご相談したく持ち込んだものもございます」
「手前どもでお受け取りしても構いませんでしょうか」
「えぇ、ご随意に。ブレッド、布袋の方をダスティロー様にお預けして。紙袋はわたしに」
紙袋を受け取ろうとすると、ダスティローはそちらにも目を光らせた。
「申し訳ないのですが、当家にお持ち込みいただくとなれば、そちらも確認させていただいてよろしいでしょうか」
「もちろんです。ですが、荷物を改めるのであれば、ご説明しなければならないこともございますし、同席の上で調べていただいてからお願いします」
貴族の家に招かれるなら、持ち込み検査ぐらいあるよね。
いくら疑ってくれても構わないが、面倒ごとは御免なので、まずは自分の口から説明したい。
「もちろんですとも。わたくしどもとしましても、ご説明を頂けるのならばありがたい話です。どうぞ、こちらのお部屋に」
ダスティローが移動を促すと、ブレッドが手を上げた。
「あ、俺も同席しても構いませんか?」
「え? 来てくれるの? ブレッドがいてくれると心強いけど、送り届けるまでが仕事だったんでしょ? 甘えちゃっていいの?」
「あぁ。おむすびのことなら、実際食べた俺の方が説明できると思うし」
「助かる」
ダスティローは受け取ってすぐに同行していた青年に持たせた布袋と紙袋に目を向けた。
「食べ物、ですか」
「ええ。実はフィーダで食べ物を売る商売をしたいと考えております」
「なるほど。先に当家にご相談いただけますのはよかったかもしれませんね」
にこやかにダスティローが案内してくれたのは、エントランスに比べると幾分質素なテーブルセットが置かれた部屋だ。
「では、こちらでお荷物を確認させていただきます。まずは最初にお預けいただきました品からでよろしいでしょうか? ……冷たい?」
テーブルセットに不似合いなエコバックから取り出される、コンドームをかぶせた空き缶。
シュールだな。
「そちらは食べ物である『おむすび』が悪くならないように冷やしておくため一緒に入れていただけのもので、どうぞ氷が解けたら廃棄してくださいませ」
「これほど美しい器を廃棄ですか? それはまた……」
ダスティローは絶句して空き缶を見ている。
空き缶っていうだけならともかく、コンドームがかぶさっているんだよなー……。
「こちらが相談のために持ち込まれた『おむすび』ですね。こちらの布は?」
「冷えた金属についた水滴が差し上げますお土産を濡らさないように間に挟んでおりました。濡れた紙は見苦しくなりますから」
「では、こちらの真っ白な布も、献上するためのものではない、と。なんと、もはやまぁ……」
丁寧に並べつつも、ダスティローにはやや動揺が見られる。
「そちらの紙で包まれた金属缶がご所望いただきました、金属の筒に入ったビールという、エールに近い酒でございます。醸造所の異なるものを6缶ずつ3種お持ちしました」
星のヤツと七福神のヤツは同じ会社だから、醸造所が違うかどうかは知らないけど、ブランドが違うから多分違うよね?
「陶器に入っているのは、祖母から伝わりましたウィスキーという蒸留酒でございます。長く時を経るごとに価値が出るものでございますが、何分古いものですので品質はブレッド様と共に確認してございます」
「伝説に聞く火酒のように酒精の強い酒でした。酒精は強いものの、香りは華やかで献上するのにふさわしいかと存じます」
ここぞとばかりに胸を張ってブレッドが報告する。
「エールとウィスキーが献上の品です。では、紙袋の中身のご説明に移らせていただきます」
「その前に一つ伺ってもよろしいですかな? こちらのエールを包んでいる紙もですが、こちらの袋に仕立てられている紙も、匂いがなく手触りもよく、美しく装飾され、わたくし共が知る紙とはかけ離れております。こちらはどのようにして作られたものなのでしょう?」
そこ気になっちゃうか。
だとすると、この世界の紙は、まだぼろ布を原材料にしてるのかな? それでも紙そのものは存在するとみてよさそうだ。
「さぁ……? 聞いた話によりますと、砕いた木を煮込んで潰して作るそうですが、そこまで詳しくは……」
根掘り葉掘り製造法を聞かれても、本当にわからないからね。
わからないことは、はっきりわからないと答えておく。
「木から……これだけ美しい紙ならば、装飾として利用されるのも頷けます」
6缶まとめるパッケージを装飾と言われると違和感があるけど、改めて見るとデザイン性が高いもんね。装飾だと思われるのも納得だ。
「こちらの紙袋に入っているのは、リサ様が使用するためのものということでよろしいですか?」
「はい。移動に半日かかると聞きましたので、用心のために準備しました」
「まず透明な……水袋ですかな、これは。水袋が二つ」
「はい、水を入れて封じたものです。異物の混入がないように完全に蓋が閉まっています」
「どちらかを開けても構いませんか。お戻しするときにはきれいな水を満たしてお返しいたします」
……生水チャレンジする覚悟はまだないし、本当なら開けてほしくないけど、疑いを残されても困る。ここは了承するしかないな。
「もちろんです」
「では失礼して……どのようにして開けたらよろしいので?」
「蓋の部分だけをつまんでぐっと回していただければ」
動作だけで示すと頷いて、ダスティローが手ずからペットボトルを開けた。
ペキッと音がすると、しげしげと開口部を見る。
「これはまた、しっかりと接着されていたのですなぁ。まったく隙間がない」
「水を入れて封をした状態で売られているものを購入しました」
なので、封緘方法は知らないよ、と言外に告げる。
「なんと、この状態で売られているのですか」
ダスティローがペットボトルを観察している横から、ゴブレットが差し出された。ペットボトルの水が少しだけ注がれる。
「では、失礼して」
横に立っていた青年がゴブレットをじっと見てから口をつける。
確かめるように少し時間を置き、頭を下げた。
「問題ございません」
ふたつ差し出されたゴブレットに等量水が注がれる。
これはアレだ。
自ら潔白を証明せよ、ってやつ。
ゴブレットに毒でも塗られてたらおしまいだけど、まだ海のものとも山のものともつかない女にそこまでしないだろう。
水は問題なく水なので、グッと飲み干す。
やー、ちょっと喉乾いてたんだよね。
「では、わたくしも失礼して」
わたしが水を飲むのを見届けて、ダスティローはゴブレットを手にした。
「……これは。皮袋に入れたものと違って匂い移りもなく、なんとも清らかな水ですな」
そうでしょう、そうでしょう。
500mlペットはあんまり数がないから、本当は開けたくなかったんだよね。持ち運ぶならこっちだしさ。
ダスティローはややギラついた目で空きペットボトルを見ている。
これ本当に返してくれるかな?
別に返ってこなくてもいいけど、一応返すって言われたからには気になるところ。
「……こほん。では未開封の水はそのままお持ちください。次にこの……大きさの違うインゴットですが」
取り出されたのは平たくて薄い銀色の板と、ある程度厚みのある塊がふたつずつ。
「それは非常食です。何かあった時に小腹を満たすため持ち歩いているものです」
「非常食ですか」
チョコレートと一口羊羹である。
ダスティローはチョコレートと羊羹をマジマジと眺め、ひっくり返しては観察し、匂いまで嗅いで首を傾げる。
「この薄い板は甘い香りがいたしますね。よろしければこちらもご相伴に預かれないでしょうか」
「そちらはチョコレートと申します。小さな方は羊羹。どちらも破いて開けて、中身を食べます。ご興味がございましたら召し上がってください」
「こちらも薄い紙で包んであるのですか。では、開けさせていただきます」
今度は皿が差し出された。
ダスティローは慎重が過ぎるのでは、と思うくらいにそっと銀紙を破いてチョコレートを出す。
「チョコレートとはかなり固いものなのですね」
「齧っても構いませんが、わたしは割ってひとかけらずつ口に入れます。温まると溶けて手を汚しますので、お気をつけてください」
「なるほど」
ダスティローがペキペキとチョコレートを割ると、さっきも毒味していた青年がさっとひとかけら口に入れた。
「……なっ」
上がった驚愕の声に、ダスティローがするどく視線を走らせる。
青年は両手で口元を押さえたまま、顔を紅潮させ、目を潤ませて、いかにも「はわわ」って言いそうな顔をしていた。髪色も相まっていきなり夢可愛い世界の住民になってしまわれた。
「も、問題ございません」
一瞬、静寂が部屋を支配した。
「スラハト、問題がなかったようには見えなかったね」
こほん、と咳払いして、ダスティローが嗜める。
「申し訳ございません。あまりにも美味しかったもので我を忘れました」
「それほどか」
「はい。口にした途端、固いカケラが蕩け、芳香を放ちながら、甘くもほろ苦い味わいが頭を満たしました。これほどの体験はかつてなかったように存じます」
恋する乙女みたいになるほど美味しかったんだね。でも、その説明だとヤバいクスリをキメたみたいにも聞こえるよ!
おかげでダスティローさんの目つきが探るようなモノになってるじゃないか。
「良かった。それほどお口に合いましたか」
わたしはなんでもない顔で、自分でもひとかけらつまむ。チョコレートは美味しいけど、食べ慣れたわたしにそこまでの感動はない。わたしの横で手を出したブレッドも口元を押さえているけど、そんなにわたしを陥れたいのかね。
「なぁ、リサ。これは危険だ……こんなものを持ち歩いていたなんて正気か?」
「ただのお菓子に何言ってんの?」
「これは……美味すぎるだろ。よく食べ尽くさずに持ち歩けたな。正直今俺は味見で留めず、もうひとかけら食べたい気持ちに抗いがたい」
ブレッドに同意するように、コクコクとスラハトが頷いた。
「それほどまでにですか?」
「それほどまでに、です!」
力強く答えるスラハトに、ダスティローは胡乱げな表情を浮かべたまま、チョコレートのカケラを口にした。
「……なるほど。その、リサ様。未開封のものはもちろんお持ちいただいてかまわないのですが、開けてしまったものはお譲りいただくことは可能でしょうか?」
「構いませんが」
「ありがとうございます。では、お次はヨーカンでございますね」
チョコレートの乗った皿を横に避け、新たに出された皿に羊羹が出される。
わたしの手を広げたのより大きい銀の皿に、割ったチョコレートを乗せたのも大概面白かったけど、同じ大きさの皿にちんまり一口羊羹が乗っているのは、所在なさげだ。
頑張って。あなたは日本のお菓子の王様よ。
……いや、一口サイズなら王子様かな。
羊羹が王なら、王妃はなんだろうな。
せんべいもどっちかというと王っぽい。
「ふぅむ。色味はチョコレートと似ていますが、こちらはあまり香りは強くなく、固くもないようですな。こちらも菓子ですか?」
「えぇ」
「失礼」
慣れた手つきで、スラハト青年が羊羹を薄く切って口に運び……ホッコリと顔を緩ませている。最初は存在感の薄い、何考えてるかわからない系の無表情だったのに、すっかりこの短時間で表情豊かな青年になっちゃってるな。
「先程のチョコレートほどの鮮烈さはありませんが、滋味深いこっくりとした甘さで、とても甘味は強いにも関わらずほっとする味です」
「お前の感想は報告せずともよろしい」
「失礼いたしました」
ダスティローもスラハトからナイフを受け取って羊羹を口にし、微かに頷くとこちらを見た。
「構いませんよ」
「感謝いたします」
わたしたちのやり取りにブレッドがショックを受けた顔をするものだから、まだ未開封の羊羹を手渡すと、途端に表情を明るくする。対照的にキューンとでも鳴き出しそうな顔をしたのはスラハトだ。
ごめんね! 飼い主に聞かずに餌をあげていいか、わたしにはまだ判断がつかないからね!
ダスティローは彼らの様子を気にもとめず……いや、あえて見ないフリをしてるのかも……わたしに微笑みかける。
「どちらも砂糖を贅沢に使った菓子ですな。材料が何かは不勉強なものでまったくわかりませんでしたが、リサ様はご存じですか?」
「そうですね……チョコレートはカカオ、羊羹は小豆、それらの豆に砂糖をたっぷり加えて練ったものだと聞いております。砂糖をたくさん使うから腐りにくいのだとも」
「ほうほう、味の違いは材料の違いでしたか。他にも何か違いはあるのでしょうか」
「チョコレートにはミルクやら油も入るそうですが、チョコレートや羊羹は買って食べるもので、作るものではありませんでしたからねぇ。豆を擦り潰して練るだなんて、考えただけで気が遠くなります」
いや、本当。特にチョコレートなんて油が出るまで擦り潰して、油絞って戻して練ってとか、もはや狂気を感じるよ。美味しいものを食べたい人間の執念てすごい。
「何ごとも職人や専門家には頭が下がりますな」
「まったくです」
ほほほ、と白々しく笑いあう。
なんだか有益な情報を持っていないか探られてる感じがする。
「あとは布製の袋と……フワフワとした布ですな」
「ティッシュとハンカチですね」
ハンカチはタオルハンカチを愛用している。肌触りが柔らかくて、触ってるだけで和むし、水分をよく吸ってくれるから、汗をかいた時もちょっと濡らして使いたい時も、使い勝手がいい。
「ほう、コレはハンカチでしたか。ティッシュの中に入っているものは出しても構いませんか?」
「あぁ、いえ。その袋の中に入っているものがティッシュで、布の袋はティッシュを入れるためのカバーです」
ティッシュカバーを受け取り、中のティッシュを全部出す。貰った広告ティッシュをそのまま使いたくなくてティッシュケースに詰め替えて使っていたのだ。
「なんとこちらも紙ですか。これはまたずいぶん柔らかい……」
「鼻をかむのに使います。ハンカチでかむと後の始末に困るので、これでかんで使用後は捨てます」
「紙で鼻をかんでしかも捨てる!?」
「手軽に捨てられるように出来ている紙なのです」
気軽に紙を捨てるのはこの世界の人には理解しがたかったようで、ダスティローは額に手を当ててしまう。そして考えても仕方がないと割り切ったのか、やや引き攣った笑みを浮かべた。
「こちらの変わったハンカチはどのように作られているのかはおわかりですか?」
「なんでも糸を弛ませて織るそうですが、どのような機械を使うのかはサッパリ。よく水を吸ってくれるので、使い勝手がいいんですよ」
つかぬことを伺いますが、と、ハンカチを受け取って開く。ハンカチの間に挟んでひとつ持ってきたものがある。
「こういったものを買い取ってくださるところをご存じないですか? 食べ物屋を始めようにも色々と物入りですが金銭の持ち合わせがなく、今のわたしに売れるようなものはこれくらいしかなくて……」
「これは……」
それを見たダスティローは今日何度目かの絶句をした。
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