地球編・3 小さな種①
※挿絵はAIイラストを使用しています
部屋の中は、ひんやりとした静寂に包まれていた。
照明は落とされ、唯一の明かりはテレビの画面から漏れる青白い光だけ。
ニュースキャスターの低く重たい声が、機械的に部屋の空気を振るわせる。
「異常気象による被害は、今年だけで過去最高を記録し、森林面積の減少は止まる気配を見せません……」
画面にはひび割れた大地と、根こそぎ倒された樹木の映像が映し出されていた。
無数の緑が失われていく光景に、キララは言葉を失い、膝を抱えたままソファにうずくまる。
「このままいったら‥‥‥地球も壊れちゃうのかな?」
小さく漏れたその声に、隣でデータパッドに何かを打ち込んでいたピカルの指が止まる。
彼の瞳は、画面の奥に映る未来を見ていた。
表情はいつになく険しい。
「これは‥‥‥120年前、アルフィオスで起き始めた兆候と一致する」
キララが驚いて兄を振り返る。
「え?」
ピカルは立ち上がると、無言でカーテンを少し開き、窓の外へ視線を投げた。
遠くに見える街の夜景が、煌々と光を放っている。
その光に、彼は遠い記憶を重ねる。
「アルフィオスも、かつては循環型エネルギーの楽園だったんだ。自然と技術が調和し、五百年もの間、持続可能な文明を築いていた」
「でも‥‥‥」
キララの声が、小さく震える。
「でも、都市の拡大は止まらなかった。自然は次第に追いやられ、リアナス家は記録から未来を予測し、警鐘を鳴らした。『このままでは星がもたない』と」
ピカルの横顔に、悲しみと悔しさが滲む。
過去を思い出すように、目がわずかに伏せられる。
「だけど、その警告は政治的な対立に巻き込まれて、握りつぶされた。無視された記録は‥‥‥結果的に、取り返しのつかない未来を招いたんだ」
キララはそっと立ち上がり、兄の隣に並んだ。
「‥‥‥アルフィオスも、自然の声を聞かなかったから、こんなことに‥‥‥なっちゃったんだね」
静かに、沈黙が落ちる。
テレビ画面の中では今もなお、破壊された自然の映像が、何度も繰り返されていた。
―――――――――――――――
翌朝。
ピカルは部屋のテーブルに置かれた端末に向かい、カタカタと静かにキーを叩いていた。
その背後から、眠そうなキララが顔をのぞかせる。
「んー‥‥‥お兄ちゃん、なにしてるの?」
寝癖を直しながら尋ねた妹に、ピカルは画面から目を離さずに答える。
「提案書を作っている。アルフィオスの領地内の一部に『再生可能エリア』を実験的に設置する計画だ。生態系とエネルギーの自立を図る、小さなモデル拠点をね」
「そっか‥‥‥全部を一度に変えるのは、やっぱり難しいもんね」
キララの言葉に、ピカルはゆっくりと振り返る。
そして穏やかに微笑んだ。
「だからこそ、まずは守れる小さな範囲から始める。それが未来を変える一歩になるはずだ」
キララの目がぱっと輝いた。
「ねえねえ、地球にもそういう取り組みをしてる人たち、いるんじゃないかな!? 実際に見に行ってみようよ!」
「そうだな」
ピカルが静かにうなずいたそのとき、足元から尻尾をブンブンと振りながら、あの犬が元気よく飛び込んできた。
「それなら、ボクがいい場所を知ってるよー!」
コーギーちゃんが胸を張って得意げに言う。
「環境に優しい村や、循環型農園とかさ! 地球にはちゃんとあるんだ、そういう場所!」
その声に、キララは「やったー!」と手をあげて笑い、ピカルもどこかほっとしたように頷いた。
次なる探求の舞台は、地球の『ちいさな希望』へと広がっていく。
―――――――――――――――
それから数日後。
2人と1匹は、郊外にある小さなエコビレッジを訪れていた。
柔らかな風が吹き抜けるその場所には、太陽光パネルや風車が点在し、村のいたるところに菜園が広がっていた。
土の香りと風の音。
人々の笑い声が、穏やかに空へと溶けていく。
キララはというと、地元の子どもたちと一緒に小さな苗木を植える真っ最中だった。
「きゃーっ、土が手についちゃった!」
土の感触に思わず声をあげるキララに、隣の男の子がにこにこと笑いながら言う。
「だいじょうぶだよ、キララお姉ちゃん! 土はね、生きてるんだよ!」
その無邪気な言葉に、キララは一瞬きょとんとしてから、ぱっと笑顔になる。
「そっか、生きてるんだ‥‥‥すごいなぁ」
一方その頃、ピカルは村の技術者と並んで歩きながら、端末にデータを記録していた。
「雨水の循環システムと、廃棄物の完全リサイクル‥‥‥とても興味深いデータですね」
「ええ、小さな村だからできることかもしれませんが」
技術者は謙遜気味に笑いながらも、どこか誇らしげに語る。
「それでも、ここで育った子どもたちは、こういう持続可能な暮らしが『当たり前』だと思って育つんです」
ピカルはその言葉に、静かに深くうなずいた。
目の前にあるのは、数値や仕組みだけではない。
人々の意識そのものが、確かに循環している。
それはきっと、アルフィオスに最も必要なもの。
星を再び育てるための、本当の種なのかもしれない。
―――――――――――――――
その夜
宿泊施設の一室で、ピカルはノート端末に向かいながら、今日一日の記録と分析をまとめていた。
静かな空間に、キーを叩く音だけが響いている。
すると、ベッドの上で丸まっていたコーギーちゃんがぴょこんと顔を上げた。
「ピカル~、AURORAから通信がきてるよ~」
軽やかな声とともに、通信装置が起動される。
スクリーンに浮かび上がったのは、金の長髪をなびかせ、紅い瞳を鋭く光らせた青年──ノヴァだった。
「報告を聞いた。地球の『循環システム』とやらの視察、ご苦労だった」
ノヴァの声は相変わらず冷静で、どこか冷ややかにも思えるが、その瞳の奥には微かに“興味”の色が揺れている。
ピカルは無表情のまま、わずかに頭を下げた。
通信越しに、彼らが訪れたエコビレッジの映像データが共有されていく。
「それで? この地球の点が、星を救えるというのか」
挑むようなノヴァの問いに、ピカルはまっすぐ画面を見つめながら答えた。
「可能性はゼロではないと思います。小さな点も、やがて線になり、未来の形を描けるはずです」
「だいぶ理想論だな」
「‥‥‥かもしれません。しかし、現実を受け入れるだけでは、何も変わらない」
一瞬だけ、ノヴァの眉がわずかに動いた。
その表情に、微細な“感情の揺らぎ”が垣間見える。
「‥‥‥なるほど。君らしい答えだ」
ピカルの口元が、ほんの少しだけ緩む。
そんな空気を破ったのは、部屋に勢いよく飛び込んできたキララだった。
「お兄ちゃん! 今日植えた苗木がね、もう‥‥‥あっ」
キララは画面に映るノヴァの姿を認めるや否や、慌てて背筋を伸ばして姿勢を正した。
「あ、えーっと‥‥‥ノヴァ様、こんばんは!」
「‥‥‥ああ」
ノヴァは短く頷いた。
その仕草には、わずかに柔らかさすら滲んでいた気がした。
そう少なくとも、キララにはそう見えた。
静かに続く通信。
その光の向こうで、星の未来へとつながる対話が、確かに始まりつつあった。
地球編3・小さな種②に続きます。
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