番外編『風の通る家、光の差す部屋』
※挿絵はAIイラストを使用しています
「はーい、この本を片付けたらおーしまいっと!」
キララは満足そうに息をつき、手にした本を整えて本棚に戻した。
午後の光が窓越しに差し込んで、彼女の頬をきらきらと照らしている。
埃ひとつ残さないようにと丁寧に並べられた背表紙が、今日一日の成果を物語っていた。
部屋の主であるピカルはというと、机の上に積まれていた本の整理を途中で止め、少しだけぼんやりとその様子を眺めていた。
いつもなら効率よく作業を進める兄が、珍しく手を止めている。
その視線の先には、窓辺で伸びをするキララの姿があった。
「キララ、その窓……開けたのか?」
ピカルの声に、キララはくるりと振り返った。
「うんっ。だって、換気しなきゃ空気がよどむでしょ?お兄ちゃん、集中モードに入るとず〜っと閉めっぱなしなんだから〜」
そう言って、キララは笑った。
屈託のない、太陽のような笑顔だ。
確かにピカルの部屋はいつも静かで、きちんと整ってはいる。
けれど、どこか閉ざされた空気が漂っていた。
知識を蓄え、記録を残すことに専念するあまり、外の世界との接点を――いや、もしかしたら意図的に遮断していたのかもしれない。
今、その空気が大きく変わろうとしていた。
開け放たれた窓から、春の風がそっと吹き込む。
カーテンが優しく揺れ、机の上の紙がさらさらと音を立てる。
そして舞い込んだ淡いピンク色の花びらが、ゆっくりとピカルの足元に落ちた。
まるで、外の世界からの静かな招待状のように。
「……こういうのって、アルフィオスにはなかったよね」
キララがふと、ぽつりとつぶやく。
その言葉には、どこか懐かしさと寂しさが混じっていた。
母星の記憶――荒廃した大地、よどんだ空気、循環を失った世界。
美しい春の風景など、遠い昔の記録の中にしか残っていない。
ピカルはその花びらを拾い上げ、しばらく見つめてから答えた。
薄く、繊細な花びら。
それでいて、遠くからここまで風に乗って旅してきた強さを持っている。
「ああ。俺たちの家には、"風の通り道"なんてなかった。閉じて、守って、それでも少しずつ失われていったから」
静かに言葉を綴るピカルの声に、キララは耳を傾けながら兄の横に座った。
まっすぐに兄を見つめる。
「でもね、お兄ちゃん。今はここにいるよ。風も光もぜ〜んぶある場所で! ほら、気持ちいい風でしょっ?」
キララは両手を広げて、まるで風を抱きしめるような仕草をした。
その無邪気な姿に、ピカルは思わず小さく笑みをこぼす。
そして、手元のノートを開き、一言だけ書き記した。
『開かれた空間と、循環の始まり』
丁寧な筆跡で綴られた文字を見て、キララが首をかしげる。
「それ、また難しいこと考えてる〜?」
「いや……今、ひとつ気づいたんだ」
ピカルは花びらを机の上に置き、窓の外を見た。
風が木々を揺らし、光が葉を透かし、鳥が枝を渡る。
すべてが繋がり、すべてが動いている。
「"閉ざされた星"に必要なのは、たぶんこういうことなんじゃないかって。外と内を繋ぐこと。空気を動かすこと。小さなものでも、入れ替わり続けること」
キララの目がきらりと輝いた。
「うんうん、つまり"私が風を通したから星が救える"ってことだねっ!」
得意げに胸を張るキララに、ピカルは苦笑しながら頷いた。
「まあ、そういうことにしておくか」
ふたりの笑い声が、風に乗って部屋を満たしていく。
開かれた窓から流れ込む風は、ただの空気の流れではなかった。
それは、閉ざされた世界に新しい可能性を運ぶ。
希望という名の循環の始まりだった。
小さな発見が、やがて大きな未来の始まりになる。
そんな予感とともに、兄妹の地球での学びは、また一歩深まっていく。
「お兄ちゃん、次はどこに行く?」
「そうだな……今度はもっと"循環"を体感できる場所に行ってみるか」
「やったぁ!私、もっともっと地球のこと知りたい!」
窓辺で約束を交わす兄妹の姿を、春の陽射しが優しく包み込んでいた。
※星レベル3に達した際に発生した番外編ストーリーです
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