【紫陽花のそばで】
※挿絵はAIイラストを使用しています
ピカルは一輪の紫陽花のそばにしゃがみこんだ。
手には透明な傘。
指先には、小さな一枚の葉。
そっと差し出すと、ぬれた石の上をノソノソと進んでいたかたつむりが、その葉にゆっくり触れた。
「……君にとっても旅の途中なのかい?」
思わず零れた独り言。
かたつむりは急ぐでもなく、ただ静かに、そして自分のリズムで進んでいく。
その姿に目を細めながら、ピカルは自分へ言い聞かせるように呟いた。
「焦らず、着実に行くことも大事だね」
傘を叩く雨粒が、一定のリズムを刻む。
小さなかたつむりは葉の上に身を移すと、触覚をすっと伸ばし、またゆっくりと前へ進み始めた。
ピカルはじっとその様子を見守り、小さく息を吐く。
「どんなに小さくても、自分の力で進むんだな……」
そのときポケットの中で、通信端末が小さく震えた。
画面を覗けば、映っているのは心配そうな妹の顔。
『お兄ちゃん、どこー?もう雨すごいよー!』
眉を下げて呼びかけるキララの声に、ピカルの口元が自然と緩む。
「すぐ戻るよ」
短く返事を打ち、視線を再び葉の上に戻した。
「……君も、気をつけて行くんだぞ」
ぽたり。と雨粒が落ち、葉を伝ってかたつむりの殻をやさしく濡らす。
それはまるで、誰かが手を添えて守っているかのように見えた。
ピカルはゆっくりと立ち上がり、傘を軽く揺らして雨粒を払った。
振り返れば、紫陽花の群れの向こうに小さな人影がこちらを探している。
「キララ」
静かに呟き、歩みを進める。
雨は相変わらず降り続いていたが、その胸の奥はほんの少しだけ軽くなっていた。
_________________________
「お兄ちゃーん!」
紫陽花の向こうから、キララがぱたぱたと駆け寄ってきた。
傘を持つ腕は少し傾いていて、髪先が雨に濡れている。
「もう!こんな雨の中でなにしてたの?すっごく探したんだからね」
頬をふくらませて言う妹に、ピカルは苦笑を返した。
「ちょっと観察をしていただけだよ」
「観察?」
「かたつむりをね」
そう言って指さすと、キララは驚いたように目を丸くした。
「え、この雨の中で?まぁ、お兄ちゃんらしいけどさ」
少し呆れたように笑いながらも、彼女はピカルの傘に潜り込むように寄ってきた。
小さな肩が触れ、ほっとする体温が伝わる。
「もう!濡れて風邪ひいたら、私が看病することになるんだから程々にしてよね!」
「……心配をかけた」
真面目に謝る兄の横顔を見て、キララは小さく笑った。
「じゃあ今度は、かたつむりじゃなくて紫陽花観察しよ?二人で」
「そうだな。きっとそのほうが、楽しいはずだ」
ふたりは並んで歩き出す。
紫陽花の群れを抜ける頃には、雨音が少し優しく聞こえていた。
参加者リクエスト:「ピカルのかたつむり観察」
お読みくださりありがとうございます!
ブックマーク、評価、コメントを頂けると大変嬉しいです!!
リクエスト企画の方は不定期で参加者様を募集してます。
Xで最新情報を投稿してますので、よかったらご覧ください。




