毒杯に散った母の願いを胸に、辺境で誇り高く生きる銀髪の貴公子オルディウスの物語
「オルディウス。貴方は生きなさい。誇り高くどんな時も品を持って、これが母の願いです」
そう言って、母はオルディウスの目の前で毒杯を飲み干した。
オルディウス・ブルド伯爵令息が23歳の時に、目の前で母であるアリディアが毒を飲んだ。
祖父であるブルド伯爵は、アリディアが毒杯を飲んで倒れた姿を見つめながら、
「娘はお前を守って死んだのだ。オルディウス。お前はどんな事があっても生きろ」
と言って、アリディアの亡きがらを抱き上げて、静かに涙を流した。
オルディウスは、ブルド伯爵家で母と、祖父である伯爵に育てられた。父の事は良く知らない。母に聞いても、
「高貴な方よ。わたくしはあの人を愛しているわ」
としか言ってくれなかった。
そして薬指の銀の指輪を、その細い指先で愛し気に撫でて。
それが、オルディウスがよく見た母の姿である。
母は父を愛している。そして父は生きている。それだけはなんとなく解った。
青い瞳に銀の髪。
オルディウスは美しい。
美しいが領地から出る事はなかった。
沢山の蔵書を与えられ、最高の家庭教師をつけられて、どこへ出しても恥ずかしくないような教育を祖父と母に受けさせられた。
あまりの厳しさに、母に文句を言えば、母に鞭で手を叩かれた。
そして母は言うのだ。
「貴方に流れる高貴な血を誇りに思いなさい。貴方はこうして外へ出る事は出来ないけれども、それでも最高の教育を受けさせているのです。学びなさい。いつか、それが貴方が外へ出た時に役立つ時が来る。高みに高みに登りなさい」
そう厳しく言われた。
そう言われたからには学ぶしかない。
身体も鍛えた。剣術の師をつけられて厳しく仕込まれた。
馬術も習って、馬を上手に操る事が出来るようになった。
乗馬は大好きだ。領地から出ることは許されないが、近隣を走る事は許されていたので、風を切って馬を走らせるのがオルディウスは好きだった。
普通の貴族の令息だったら、帝都に行って学園に通い、交流を深めながら勉学に励む。オルディウスが帝都に出るのを母も祖父も許さなかった。
「貴方は領地で学んでいればいいのです。帝都に行ってはなりません」
そう母に厳しく言われた。祖父に訴えても。
「お前が帝都に行って学ぶ必要はない。学園で学ぶ必要な事以上の教育をここで受けさせている」
そう言われたら、どうすることも出来なかった。
帝都に行きたい。本でしか知らない帝都。
そこへ行って色々と見たい。
憧れの帝都。だから23歳の時にこっそりと馬に乗って帝都を目指した。祖父にも母にも置手紙だけを残して。愛馬に乗って帝都に行った。
何日もかかったが、帝都への旅は楽しかった。
お金は持ち出していたから、宿に泊まって色々な人と話をする。
楽しい。見るもの聞くものすべてが楽しくて。
帝都にたどり着いたら、真っ先に皇宮に行ってみたいと思った。
ガルド帝国の皇帝が住む皇宮。
さぞかし巨大で立派なのだろう。
帝都自体も賑わっていて、人々が沢山行きかっている。
お店も見たことがない菓子や商品が並び、オルディウスの目を楽しませた。
領地へ戻る時に土産を祖父と母に買っていくのだ。
そうしたら手紙一つで領地を出た事を、許してくれるかもしれない。
皇宮へ行けば、人々が巨大な城へと入っていく。
許可証が無ければ入れないだろう。
だが、城を外観だけでも見ていきたい。
オルディウスが入り口付近で城を眺めていると、一人の男が立ち止まってオルディウスに話しかけてきた。
「お前はどこから来た?その髪は、その鮮やかな銀の髪は?首筋の痣は???」
オルディウスは首を傾げた。首に痣なんてないはずだ。
「私の首に痣なんてないはずですが」
「私の目には見える。首の後ろにある痣は‥‥‥皇族の証だ」
「皇族の証???」
オルディウスは衛兵に囲まれて連行された。
部屋に連れ込まれれば、そこには、高貴な装いをした男女がやって来て、オルディウスを見て、
「何故、帝都に来た?」
女性の方がヒステリックに叫ぶ。
「あの女を野放しにしたから。領地から出さない約束ではなかったの?やはり殺しておくべきだったわ」
「レリア。殺すのは許してやって欲しい。私の大事な息子だ。私とアリディアとの間の。オルディウス。お前はガルド帝国の皇帝ジェラルドの息子だ」
皇帝の息子?自分が?
レリアと呼ばれた女性は、
「わたくしは皇妃レリア。領地から出さない約束だったのに。お前は帝位を狙っているのね」
「私は知らなかったのです。皇帝の血を引くだなんて」
「言い訳無用だわ」
オルディウスは拘束されて、馬車に押し込められ、何日もかけて、領地へ連れ戻された。
領地へ戻ったら、母がオルディウスを睨みつけて。
「帝都に行っては駄目と言っていたのに」
一緒に来た男から渡されたという箱を開ければそこには瓶が二つと杯が二つ入っていた。
「わたくしは毒を飲まねばなりません。お前も」
「何故、私が殺されなくてはならないのですか?」
「お前が皇帝の息子だからです。わたくしはジェラルド陛下を愛しておりました。でもレリア皇妃がそれを許してはくれなくて。領地から出さない約束で、貴方を産む事を了承して貰ったのに。貴方は帝都に行ってしまった。だからわたくしは命を終わらせなくてはならない。
貴方への毒は、命だけは助けてくれたようね。でも、この毒は子種を殺す毒。今度、領地を出たら貴方の命はないという事だわ」
そう言うと、母は立ち上がって、杯に躊躇なく毒を注いだ。
「オルディウス。貴方は生きなさい。誇り高くどんな時も品を持って、これが母の願いです」
そう言って、母はオルディウスの目の前で毒杯を飲み干した。
自分が帝都に行ったせいで母は死んだ。
祖父が母の亡きがらを抱き締めて涙を流している横で、オルディウスは後悔のあまり、泣き叫んだ。
自分が飲む毒を杯に注ぐ。
子種を殺す毒。
これを飲まないと、皇帝に、皇妃に殺されるだろう。
祖父に迷惑をかける訳にはいかない。
「おじい様。私の軽率な行動を招いたことです。申し訳ございませんでした。私は自分に与えられた毒を飲もうと思います」
杯の中の毒を口の中に流し込む。
苦かった。そして身体が熱くなる。
涙がこぼれる。
厳しい母だった。誇り高い母だった。
その母を殺してしまったのは自分だ。
そのまま気が遠くなった。
オルディウスは高熱を出して、一週間寝込んだ。
その間に母の葬儀は終わってしまって。
何もやる気が起きない。
祖父であるブルド伯爵はオルディウスに、
「私が死んだら、お前はどうする?爵位を継ぐか?それとも、爵位を返上して別の生き方をしてみるか?」
「皇帝に睨まれているのです。爵位を継ぐ訳にはいかないでしょう」
祖父は一人息子、母にも兄弟はいない。
どんな時でも誇り高く‥‥‥そう母は言い残した。
どう生きれば母の言うように生きられるだろう。
そんな時に一人の男が訪問してきた。
客間で祖父と二人で応対した。
「ヴォルフレッド辺境騎士団のバルトスだ。オルディウス。私の元で働いてみないか?」
「ヴォルフレッド辺境騎士団?」
「変…辺境騎士団と言えば解るか。屑の美男を教育することで有名になってしまったが、どこの王国にも所属していない。辺境の山地を拠点としている。魔物討伐が本業だ。私ならお前を守ってやることが出来る。我が辺境騎士団も情報部を作ろうと思ってな。お前の頭脳を我が辺境騎士団の為に役立てて欲しい」
祖父のブルド伯爵はオルディウスに、
「帝国を出るいいチャンスだ。帝国にいて命の危険に震えて生きるよりも、自由に生きられる」
確かにそうかもしれない。ヴォルフレッド辺境騎士団なら、帝国の影響を受けずに生きる事が出来る。
情報部?自分の頭脳が必要ならば、役立てたい。そう思えた。
「承知しました。私でよければ、そちらで働かせて頂きましょう」
「そうか。よかった。優秀な男が手に入った」
がっちりとバルトス騎士団長とオルディウスは握手した。
数日後、オルディウスは生まれたブルド伯爵家を出る事になった。
ブルド伯爵は涙を流して、
「元気でいてくれ。資産はお前が相続するように手配しておく。好きに使うがいい」
「有難うございます。おじい様」
育ててくれた祖父との別れ。抱き締めて、別れを告げた。
そして、母の墓に行って花を捧げた。
「母上。私は辺境騎士団で生きる事にします。どうか誇り高く生きられるように見守って下さい」
魔族が迎えに来た。
転移魔法が使えるので、辺境騎士団の詰所まであっという間に連れて行ってくれる。
魔法陣が起動した。
オルディウスは魔法陣に向かって歩き始め、最後に母の墓に向かって振り返った。
母が喜んでいてくれる。そんな気がした。
そして現在。オルディウスは変…辺境騎士団の情報部長を務めて3年経つ。
四天王のアラフがやって来て、
「屑の美男情報はないのか?騎士団長に言われているだろ?隠せって」
オルディウスはワイングラスにワインを注ぎながら、
「何で屑の美男情報を集めねばならん。業務に入っていない」
「えええ?それはねぇだろ?」
ムキムキの一人がチョコレートを持ってきて、
「情報部長。情報部長が好みそうなチョコレートを持って参りました。是非、屑の美男情報を」
オルディウスはムキムキに屑の美男情報が書いてある紙を手渡した。
「ここに書いてある」
「さすが情報部長。さっそくさらってきます」
アラフが文句を言う。
「なんだよ。賄賂かよ。賄賂がないと教えてくれないのか?」
「騎士団長に禁止されているからな」
「えええ?賄賂反対っーーー」
マルクが背後から腰に触手を絡めてきた。
「オルディウスっ。屑の美男情報、ムキムキに教えたんだって?俺達にも教えてくれよ。さらいに行きたいからさ」
「触手で甘えるな。屑の美男に関しては騎士団長に禁止されている」
「でも、チョコレート賄賂で教えてくれるんだろ?」
他の四天王ゴルディルやエダル達もやってきた。
賑やかになりそうだ。
でも、こういう連中とのやりとりは嫌いではない。
すっかり変…辺境騎士団に馴染んでしまったなと思うオルディウスであった。