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Ep.2残像

瞼の裏に焼き付くのは、あの転校生・月島さんの顔だった。何度も見た悪夢と似ていた、透き通るような白い肌と、獲物を狙うように細められた瞳。夢の中の彼女は、いつも俺の目の前に現れては、冷たい刃を突き立てようとする。心臓は警鐘を鳴らし続け、全身の細胞が恐怖で硬直する。これはもう、何度も繰り返された光景だ。なのに、どうしてこんなにも鮮明に、僕の心を揺さぶるのだろう。

はっと息をのんで飛び起きた。額にはびっしょりと冷や汗が張り付き、シーツが肌に貼りつく。夢だと分かっていても、現実との境目が曖昧になるほどの生々しさだった。ぼんやりとした視界の中、窓から差し込む朝日に目を細める。

なぜ僕の悪夢に現れるのか。あの夢は何を意味するのか。ただの偶然とは思えない、奇妙な符合に胸騒ぎを覚える。まるで、ずっと昔から知っているような、そんな既視感が僕の心をざわつかせていた。そして夢の残滓を引きずるように、重い足取りで学校に向かった。いつもと変わらない通学路も、また今日の俺にはどこか違って見えた。空は高く、夏を思わせる陽射がアスファルトに照りつける。しかし、俺の心は一向に晴れる気配がなかった。昨夜の夢に現れた月島さんの顔が、鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。

校門をくぐると、賑やかな生徒たちの声が鼓膜に届く。その喧騒の中に、ふと見慣れない光景を見つけた。中庭の桜の木の下で、数人の女子生徒が楽しそうに談笑している。その中心に、見覚えのある銀色の髪が揺れていた。月島さんだ。

「……もう、友達作ったのか」

思わず呟いた声は、誰に聞かれることもなく空気に溶けていく。転校初日だというのに、彼女はもう周囲に溶け込んでいるように見えた。その姿は、夢の中の儚くも恐ろしい存在とはまるで別人のようだった。屈託のない笑顔で、彼女は友人らしき生徒と顔を寄せ合って笑っている。その様子を見ていると、胸の奥に形容しがたい感情が込み上げてきた。

嫉妬、というにはあまりに漠然とした、しかし確かに胸を締め付ける感覚。たった一晩の夢に現れただけの彼女に、俺は何を期待していたのだろう。だが、この感情は夢から覚めてもなお、俺の心を囚えて離さない。

ふと、彼女の視線が俺の方を向いた気がした。心臓が跳ねる。だが、すぐにそれは気のせいだと悟る。彼女の視線は、友人との会話に夢中で、俺のことなど視界にも入っていないようだった。

「当たり前だろ、彼女はクラスの人気者になるタイプなんだから」

頭では理解しているのに、心が追いつかない。なぜ俺は、こんなにも月島さんのことが気になるのだろう。昨日会ったばかりだ。それなのに、まるでずっと前から知っていたかのように、彼女の言動一つ一つに心が揺さぶられる。

チャイムが鳴り、生徒たちが教室へと散っていく。俺も足早にその場を離れ、自分のクラスへと向かった。教室に入ると、すでに多くの生徒が席に着いている。窓際の席に座り、ふと視線を窓の外にやった。中庭にはもう、月島さんの姿はなかった。

しかし、彼女の残像は俺の心に深く刻み込まれていた。この奇妙な感覚は、一体何を意味するのだろう。ただの偶然ではない。そう確信できるほどに、月島さんの存在は俺の中で特別なものになりつつあった。

これは、俺にとっての新たな始まりなのだろうか。それとも、避けられない運命の始まりなのだろうか。俺の胸の中で、淡い期待と得体の知れない不安が交錯していた。


一週間が経った。あの日のこと、月島さんの姿、そして僕の胸に去来した奇妙な感覚は、未だに鮮明なままだ。しかし、日常生活は容赦なく僕を現実に引き戻し、僕は否応なく、いつもの平穏な日々に戻っていた。以前と何ら変わらないはずの日常。だが、決定的に違うことが一つだけあった。それは、僕の心の中に、常に月島さんの存在が認識されるようになったことだ。廊下を歩けば、どこかに彼女の姿を探してしまう。食堂で昼食をとる時も、ふと彼女が座っていた席に目が向く。まるで、僕の世界に新しい色が加わったかのように、全てが以前よりも鮮やかに、そして少しだけ特別なものに感じられるのだ。今の僕にはまだ分からなかった。放課後のチャイムが鳴り、教室に残ったのは俺だけだと思っていた。昨日の小説でも読もうかといつもの文庫本を開いたその時、背後から声がした。「ねぇ、ちょっといい?」

聞き慣れたその声に、俺は心臓が跳ね上がった。振り返ると、そこにいたのは月島さんだった。しかし、彼女の隣には、クラスの中でも一際目立つ存在である西山が立っていた。強面の彼が、俺を嘲笑うかのような表情を浮かべている。

月島さんは、普段の柔らかな雰囲気とはかけ離れた冷たい目で俺を見つめ、静かに、だがはっきりと告げた。「いつも私のこと見てくるのやめてくれない?ほんとに"気持ち悪い"」

その言葉は、俺の鼓膜を震わせ、そして心の奥底に深く突き刺さった。理解が追いつかないまま呆然としていると、西山が苛立ちを露わにした声で言った。「こいつがいつもストーカーみたいについてくるのか?」

次の瞬間、俺の視界は大きく揺れた。みぞおちに、鈍く、それでいて強烈な痛みが走った。息が詰まり、膝から崩れ落ちる。西山は冷酷な目で俺を見下ろし、踵を返して月島さんとともに教室を出て行った。

一人残された教室で、俺はうずくまったまま、倒れ込んでいた。身体の痛みよりも、心の痛みが、俺の全身を支配していた。どうして、こんなことに……。

どれほど時間がたっただろうか倒れ込んだまま時間が過ぎていた。。身体の痛みよりも、心の痛みが、俺の全身を支配していた。どうして、こんなことになったのか。月島さんへの切ない想いと、西山の冷酷な言葉が、胸の中で嵐のように荒れ狂っていた。僕は復讐心が芽生えつつ西山に嫉妬をしていた。

あの時、西山が月島さんの隣に立つ姿を見た時、俺の心臓は締め付けられるような痛みを覚えた。月島さんの優しい眼差しが、俺ではなく西山に向けられている。それが、俺の心を深く抉った。西山はいつもクールで、何事にも動じないように見えたけれど、俺には不快感を抱いていたのかもしれない。

俺は、月島さんの側にいたかった。彼女を守りたかった。けれど、現実は、俺が月島さんから遠ざけられ、西山がその位置を奪い取った。この屈辱感と喪失感が、俺の胸の奥底に復讐という黒い感情を芽生えさせていた。

そして、同時に嫉妬の炎も燃え上がっていた。月島さんの心を掴んでいる西山への、どうしようもない嫉妬。あいつが、俺の大切なものを奪ったのだ。このままでは終われない。俺は、必ず月島さんを取り戻す。そして、西山には、この屈辱を味わわせてやる。

そうやって俺はいつものように一人家に向かった。

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